60話 突撃訪問
秋の2の月、4の日。ドレスの最終調整のため、朝食後に師匠と二人だけで町へ行く。パールだけお留守番させるのが心配だったので、マリーベルもお留守番になった。アメリーさん達にいてもらえばいいのではと言ったら、自分たちがいない間に館に残しておけないとのことだった。まだアメリーさん達のこと信用してないんだ、とちょっと師匠の闇を垣間見た。
一時は硬貨を預けて買い物は頼んでいたのにと言うと、あれぐらい盗られてもどうもしないと鼻で笑われた。もう何も言うまい。
その点マリーベルのことは信用しているんだなぁ……あれかな。同類だからかなぁ……
ちょっと遠い目になった。
転移の魔術陣で町役場へ行く。すまし顔のドミニク様の姿を見つけてテオくんの家庭教師のことを思い出した。ドミニク様に言ったらもしかしたら改善するかもと思ったが、私がこんな人目が多い所でお願いするのは得策ではない。結局うーんと唸りながら外に出る。仕立て屋に向かって歩きながら師匠が私に、少し心配そうな視線を向ける。
「メル、どうした?」
「テオくんの家庭教師のこと、ドミニク様に相談しようかと思ったんですが、私と話す所をあまり人に見られない方がいいかなと思いまして……」
師匠がピタリと足を止めた。私は不思議に思いながら振り返る。眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げている様子から機嫌が悪いことはわかったが困惑する。
さっきまで普通だったのに何で!?
「……何でメルは俺に言わないんだ?」
「え!?えっと……あの……町役場に担当者がいるって聞いてたんで、同じ町役場で働いてるドミニク様に言った方がいいかなって……」
それにテオくんから家庭教師の所業を一緒に聞いていた師匠が、その後特に何もしていなかったので師匠は力を貸してくれないかなと思っていた。
「それくらい俺にも何とかできる」
「いいんですか?」
「ああ。だから今後は何かあれば俺に相談するように」
「わかりました。ありがとうございます」
なんかよくわからないけど、逆らわない方が良さそうだと思い、私は素直に頷いてお礼を言った。師匠は無表情で頷いただけだったけど、あからさまな不機嫌顔ではなくなったことに安心する。私はひっそりとため息をついた。
……ドミニク様と張り合ってるの?ちょっと面倒くさいよ、師匠……
「じゃあ今から行くぞ」
「え??」
急展開に私が戸惑っている間に、町の南東にある貴族街の門に着いた。貴族街は石壁で囲われている上に結界も張られており、魔術師たちを危険から守っているそうだ。この結界は強化結界ではないらしい。石壁は幅があるためトンネルになっていて、奥に扉があった。扉の側に門番が三人いた。中は薄暗く、灯りの魔道具により明るさを確保しているようだ。思っていたよりも広い空間だ。私たちが門番に近づくと、門番は丁寧に、しかし油断なく目を配りながら口を開いた。
「許可証をご提示ください」
貴族街に入るには、中に住んでいる貴族か、王族の許可証が必要だそうだ。急だったからテオくんからそんなもの貰ってないし、王族とは言っても私は許可証をどうやって発行するのかも知らない。
どうするんだろう……
「フレデリック・オルウェルだ。ロンヴィット男爵にお会いしたい。取り次ぎを頼む」
「少々お待ちください」
壮年の門番がそう言うと、別の若い門番が一人、駆け出して行った。私たちは端にある椅子を勧められ、そこで伝令が戻ってくるのを待つことになった。
あんまりいい顔はされないが、こうやって直接取り次ぎを頼んで、本人が許可を出せば中に入れるそうだ。
しばらく待っていると、伝令が見慣れた少女を連れて戻ってきた。
「まぁ……本当にお二人でしたのね。主がお待ちです」
無事、テオくんの許可が出たということで、門番が門を開いて私たちは貴族街へ入ることができた。貴族街は町中の喧騒が嘘のように、静まり返っていた。立派な屋敷が整然と立ち並んでおり、道も綺麗に舗装されている。同じ町とは思えない洗練された雰囲気だった。綺麗な景色なのに何となく息が詰まる。
少し歩き、門番から離れて周囲に誰もいなくなってから、私は口を開く。
「ミレイナ、今日は下女のお仕事をしてるのね」
「当たり前でしょう。商人も下女もしっかりやるわよ。それより急にどうしたの?メルたちが町に来るなんて珍しいわね」
ミレイナは先程の畏まった態度を崩した。そう、友達になったので、敬称や敬語なしで話して欲しいとお願いしたのだ。始めは渋っていたが、しつこく言い続けて、「公の場以外だったら」と折れてくれて今に至る。
すんごく友達っぽい。ふふふ〜。
私がニヤニヤしているだけで、疑問に答えてくれないことを悟ったミレイナは視線を師匠に向けた。
「テオの家庭教師はもう来ているのか?」
「いいえ。最近は時間に遅れることが多いです」
ミレイナが言うには、当初家庭教師は月に15回来るはずだったが、テオくんが結界の館に行く日と機織りの仕事に行くため、12回に減ったらしい。それなのに、時間も遅れてやって来るということでミレイナは立腹していた。まあ来ても暴言が多いのでそれはそれで腹が立つらしいが。
「ちょうどいいな」
ミレイナの話を聞いていた師匠はニヤリと笑った。それはそれは黒い笑みだった。




