5話 初めての料理
料理の前に、探索していなかった3階をささっと見回る。3階はフレデリック様の部屋と鍵のかかった部屋が多く、ほとんど見るところがなかった。
私とマリーベルは1階の調理場へ、魔道具を持って移動した。マリーベルが魔道具を交換してくれたので、早速お料理開始だ。
「で、何作るの?」
「姫様は何が食べたいですか?」
「じゃあサンドイッチ。あれならフレデリック様も作業しながら食べられるわよね?」
「私は姫様が食べたいものを聞いたのですが……」
ため息をつきつつ、マリーベルはサンドイッチを作るための準備をしてくれる。きゅうりとトマトを水の魔道具から出た水で洗い、きゅうりは斜めに薄く、トマトは少し厚めに輪切りに切った見本を見せてくれた。
私はわくわくしながらきゅうりを同じように切ろうと包丁を握るとマリーベルから待ったがかかった。
「もう少し左手をこちらに。手を切らないように本当に、本当に、本当に注意してくださいね」
……すごく心配されている。私そこまで不器用じゃないと思うんだけど。多分。
私の刺繍の腕は普通だと思う。比べる対象がマリーベルしかいないため、正確にはわからないけど。でもドレスに立派な刺繍ができるマリーベルが普通だとは思えない。ちなみに私に与えられるドレスが質素だったため、マリーベルが頑張って刺繍してくれた結果、刺繍の腕がぐんぐん上がっていったのだった……
……うん。なんか泣けてくるね。本当にありがとうマリーベル。
改めてマリーベルへの感謝を抱きつつ、目の前のきゅうりに向き合う。手を切らないように慎重に切ったため、マリーベルの倍以上の時間をかけてなんとか切り終わった。少し分厚いけど、まあいいとしよう。塩を振って一息つく。私がきゅうりを切り終わるまでにマリーベルは、食パンとトマトとハムも余裕で切り終わっていた。
うぅ悔しい。
パンにマスタードを塗り、そこに具を順番に乗せてまたパンを乗せる。私はせっせとサンドイッチを作っていく。マリーベルは私が作ったサンドイッチを食べやすいように四等分に綺麗に切っていった。お皿に並べて完成だ。
「できた……」
火を使ってないし、ほとんどマリーベルが切ってくれたけど、初めて自分の手で作った料理。私が切ったせいできゅうりが分厚く見た目は悪い。でもずっと役立たずと言われてきた私が何かを生み出せたことが嬉しい。静かに感動していた私を、マリーベルが優しい笑顔で見守ってくれていた。
「さあ、あちらで召し上がってください」
マリーベルに食堂で食べるよう、優しく促される。
どんなに城で料理がしたいと言っても叶えられることはなかった。ここでならやりたかったことができる。そこで日頃は言えなかった我が儘もドキドキしながら口にしてみる。
「ねえマリーベル……これからは一緒にご飯を食べましょう?」
「それは……」
「いいじゃない。ここは城ではないわ。咎める人がいるとしたらフレデリック様だけど、一緒に食事をとるとは思えないし」
マリーベルが反論しないように急いで言葉を重ねていく。
「……本当は城でも一緒に食べたかったのよ。1人じゃ寂しいもの……」
「姫様……」
私はお父様たちと一緒に食事をしたことは数えるほどしかない。普段は1人だ。お父様たちとの食事は、大体連絡事項やお小言がある時なので、楽しい食事ではない。本で読んだような「これ美味しいね」とか「今日はこんなことがあったよ」とか和気藹々とした食事がしたい。これはお父様たちとはできないことだ。
マリーベルと私の境遇は似ているところがある。だからマリーベルは私の気持ちがわかるのだろう。侍女としての立場からは拒否しなければならないという葛藤から、しばらく逡巡していたが最終的には頷いてくれた。
サンドイッチを食べながら、「きゅうりの主張が激しいわ」とか「噛みごたえがあっていいではありませんか」とか感想を言い合う。相変わらずマリーベルは私に甘い。そんな事を思いながらサンドイッチを噛み締める。胸の中が何か温かいもので満たされた。食べているものは冷たいものなのに変ね。
微妙なサンドイッチでも、これまで食べたものの中で一番美味しく感じた。
「さて。片付けも終わったし、フレデリック様に食事を持って行きつつ、魔石を返しに行きましょう」
マリーベルにサンドイッチと水の魔石を持ってもらい、フレデリック様の作業部屋へ向かう。
「昨日からフレデリック様の姿を見てないけど……食事はお部屋で召し上がっているのかしら?」
「召し上がっていないと思います。今朝見た時に食材が減っておりませんでした」
「え!?夕食、朝食抜き!?」
「その前も召し上がっているのかわかりませんけどね」
確かに昼から来た私たちにはフレデリック様が昼食をとったのかなんてわからない。下手したら1日食事をとっていないかもしれない。
……まあ1日食事しなくても死なないらしいし大丈夫よね。
そんな話をしていたらフレデリック様の作業部屋についた。マリーベルが扉を叩く。以前と同じように返事がない。また作業に集中しているのかもしれない。マリーベルも同じように思ったらしく、とっとと「失礼します」と言って扉を開けた。
そこには床に倒れているフレデリック様がいた。