52話 師匠の言った通り
えっどうしたの!?
数日前に会ったというのに、二人ともやつれて青い顔をしていた。特にアメリーさんの顔色が悪い。眠れていないのか目の下にはクマがある。
仕事や魔術講義どころではない。話を聞くために応接室へ行く。マリーベルがお茶を用意するより早く、ソファに座った途端にアメリーさんが「フレデリック様のおっしゃる通りでした」と苦し気に言った。
この前、忠告されたからということで帰ってから金庫を確認したそうだ。すると小金貨と大銀貨が2、3枚減っているような気がした。だけど気のせいかもしれない、それか屋敷に関する費用で足りなかったのかもしれないと思い、その日はそれで終わった。翌日から二人の挙動を注意するようにした。テオくんが家庭教師と勉強している時間に、アメリーさんは町役場に行くと嘘をつき、屋敷を出た。そしてこっそり屋敷へ戻り、金庫のある部屋を監視していたら、二人が硬貨を持って出てきたのを見てしまった。
アメリーさんがその場で問い詰めたら、夫婦は開き直り、「今まで面倒見てきてやったから当然だ!」とか「貴族になったんだからこのくらいのお金もらってもいいでしょ!」とか、自分勝手な理屈を捏ねられた上に、「綺麗でお高くとまっている感じが嫌いだった!」とか散々悪口を言われたそうだ。
アメリーさんは垂れ目気味の瞳で穏やかな印象の人だ。確かに平民にしては所作が綺麗だと思っていたら、貴族街の近くの高級料理店で給仕をしていたらしい。
アメリーさんからしたら、信じていた人たちに裏切られた上に嫌われていたということも知り、ショックが大きかったみたいだ。
騒ぎが大きくなり、勉強していたテオくんや家庭教師もやってきて、盗みを働いた夫婦は警備隊へ引き渡したそうだ。
取り調べた警備隊から聞いたことによると、その奥さんは昔貴族の屋敷でも盗みをしていたそうで、それが見つかって早々に解雇されたということだったらしい。
「テオは以前から言動が少し変だと思っていたそうですが、私が信頼していたため言わなかったそうなんです。お金は使われてしまった分は戻ってこなくて……私、情けなくて、申し訳なくて……」
アメリーさんが大粒の涙を溢す。テオくんがポケットから真新しいハンカチを取り出して、優しくアメリーさんの涙を拭っている。
「僕も悪かったんだ。二人を雇う時に、ちょっと大丈夫かなっていう気持ちがあったのに、言わなかった。ごめんね、母さん」
「テオは悪くないわ。私があの二人を雇おうと言ったんだもの」
アメリーさんはぎゅっとテオくんを抱きしめた。何だか私まで悲しくなってきた。アメリーさんの人を見る目がなかったこと、違和感を感じつつ言わなかったというテオくんも至らなかったとは思うけど、悪いのは盗みをした夫婦だ。しっかり罪を償ってほしい。
それなのに互いを思い合う優しい親子が傷ついているのはやるせない。私は何て声をかけたらいいのかわからず、口を開けずにいた。
私の横に座っていた師匠が大きな大きなため息をついた。
「自分のが悪いとかどうでもいい。この経験を活かせ。使用人を雇う時は、使用人同士が知り合いの者を雇うな。今回のように手を組まれることがあるからな。多少給金が上がっても、身元がしっかりした者を雇え。大店の子供とかな」
師匠が言うには、大店の子供――つまり裕福な平民なら、お金には困っていないし、もしそんなことをすれば実家のお店にも傷がつくから真面目に働くだろうとのことだった。大店の中には自分の子供たちを貴族の屋敷に働きに行かせて、箔をつけたいという人たちも多いそうだ。
「あ……それならミレイナはどうかな?」
テオくんは立ち直りが早く、次のことを考えている。アメリーさんはまだ気持ちを切り替えれないようだが、少しずつ前を見て欲しいなと思う。
「ミレイナというのは大店の娘なのか?」
「はい」
テオくんがお店の名前を言うと、師匠が「あの一代で成功した宝石商か」と感心していた。
「前におじさんがミレイナを貴族の屋敷に行儀見習いに行かせたいけど、この町から離れるのが嫌だってミレイナが言うから困ってるって言ってた」
「うーん、ミレイナちゃんはこの町というか……」
そう言って困ったような顔をしてアメリーさんがテオくんを意味あり気に見た。テオくんは首を傾げ、私にもアメリーさんの言いたいことがよくわからなかった。師匠は特に興味がないのか、「そこの娘ならいいんじゃないか」と言い、アメリーさんの話を邪魔しないようにそっと置かれていっていたお茶を飲んだ。
「だがテオは早急に魔力を注ぐ練習をして、金庫に結界を張るといいだろう。貴族は基本的に貴重品が保管されている場所には結界を張っている。あと平民には馴染みがないだろうが、カードに慣れることだな」
「はい」
テオくんは神妙に頷いていたが、私は師匠の言葉にびっくりする。
「師匠!金庫に結界張ってるんですか!?私何もしてないんですけど!まあマリーベルも師匠も盗るとは思ってませんけど!」
師匠は有り余るお金を持っているし、マリーベルは宰相からのお金を分けようと言っても断るのだ。
城にいた頃は貴重品が無さすぎて、盗られるなんて心配したこともない。
「ああ、そうだな。人の出入りが増えたし、後で結界の魔石をやろう」
「ありがとうございます。でも普通の結界で十分ですからね!」
一応釘を刺しておいたら、師匠は「そうか?」と不思議そうにしていた。
……前から思ってたけど、師匠って人間不信だよね。私、盗られるかもなんて思ったことないよ……
私が呑気すぎるのかもしれないけど、師匠の殺伐とした人生にも悲しくなって来た。
師匠が幸せになれるように、お手伝いできることは頑張ろうと改めて決意を固めたのだった。




