51話 師匠の企みと懸念
私は自分の思いつきが素晴らしいと思ったが、師匠は嫌そうな顔をしていた。
「何故俺が教えなければならない?」
「え?私とマリーベルに教えてくれるならついでにって思ったんですけど……ダメですか?」
「俺は食事の礼にメルたちに魔術を教えてるんだぞ」
そういえばそうだった。テオくんも師匠に何かしたら、教えてくれるかな?普通はお金だよね。でもお金を払うのは、今までの話からテオくんには厳しそうだなぁ……
うーんと首を傾げる私に、マリーベルが言いにくそうにしながら教えてくれる。
「……姫様、フレデリック様はこの国一番の魔術師です。本来なら食事のお礼として教えていただけるような方ではないのですよ」
私はハッと目を見張った。
そうだった。師匠がすごいことはわかっていたのに、対価として求められることが私たちができることだったりするから、師匠の優しさに甘えていた。
私は立ち上がり、勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい、師匠!師匠もいつもほんっとうにありがとうございます!」
「頭を上げて、座れ」
言われた通り頭を上げ椅子に座り直すと、先程よりも機嫌のよさそうな師匠と目が合った。そしてどうしたらいいのかわからず戸惑っていたテオくんを見て、師匠はニヤリと笑った。
「テオ、お前が一人前になった後、俺にも魔力布を織ってくれるなら魔術を教えてやろう」
……言葉だけ聞けば、私たちと同じように条件を出しているように聞こえるけど、なんか師匠の顔が悪いこと考えてそう……
「ありがとうございます!早く一人前になれるよう頑張ります!よろしくお願いします!」
テオくんがソファから立ち上がって頭を下げた。師匠は満足気に「よろしい」と言って、お茶を飲んだ。私はジトっとした目を師匠に向ける。
「師匠、何を企んでるんですか?」
「……バレたか。テオが魔力布を織れるようになれば、こちらの要望通りに布を織ってもらえるだろう?」
「つまり師匠も魔力布が欲しいということですか?」
「当然だ。魔力布を欲しがる者は多いぞ。特に上級魔術師にしか描けないような魔術陣は、描けない者からしたら紙だと消耗品になってしまい、高額な報酬と引き換えに何度も依頼しなければならない。それが魔力布だと一度で済む」
確かにその通りだと思うけど、それだと師匠が魔力布を欲しがる理由がわからない。師匠は余りある魔力があるため魔術陣を描くことは特に苦ではない。
ああ、面倒くさいならあるかも。師匠、面倒くさがりだもんね。
「今は転移の魔術陣のために大きな魔力布が求められることが多いが、ハンカチや衣装の一部に魔力布を使えれば、メルの守りが固められるだろう」
なんと私のためだった。そこまで私のことを考えてくれていたのかと感動した。
「いずれそういった者が出てくるだろうが、今は秘密にしろよ。敵に防御の手数を増やされたくないからな」
そう言う師匠は先程より黒い笑みを浮かべていた。
……おっかしいな。私のことを思って、守ろうとしてくれてるのに、何で悪役みたいに見えるんだろう?
謎である。私と同じように感じただろうテオくんとアメリーさんは真っ青になりながら、激しく頷いている。
まさか魔力布が欲しいがためにテオくんに機織りを勧めたのだろうか。
テオくんが気の毒で聞けなかった……
アメリーさんとテオくんは休みの次の日、月に6回来ることになった。それだとテオくんの学習ペースが遅いのではないかと思ったが、国からも家庭教師が派遣されているらしい。2日に1回テオくんの屋敷にやって来て教えてもらえるそうだが、ちゃんと教えてくれないらしい。教科書を持って来て「覚えろ」と言われることがほとんどで、「魔術陣に魔力を注げ」と言われても、どうやるのかわからない。聞いても「勉強不足だ」と別の本を渡されるだけ。乗馬も手綱を引くとか最低限のことしか教えられてないが、テオくんの運動神経でなんとかなっているらしい。
テオくん運動神経いいんだ。意外。
失礼だけど、どちらかというとおっとりしてる雰囲気から、きびきび動くイメージがなかった。
一応何かあったら連絡するようにと言われていた町役場の担当者に言ってみたけど、そもそもその担当者もテオくんに対しぞんざいな態度なため、真面目に対応してくれないそうだ。
何なの、家庭教師と町役場の担当者!ちゃんと仕事してよね!
私はその家庭教師と町役場の担当者に憤りを感じた。
「だからフレデリック様に魔術を教えてもらえるのは助かります。本当にありがとうございます」
「早く魔術を覚えて母さんを守りたいです」と言ってはにかんだテオくんは本当にいい子だと思う。さっきまで感じていた苛立ちが浄化された。
歴史とか私に教えれることがあったら教えるからね!
私が密かに決意している側で、師匠は何やら気掛かりがあるようで、テオくんとアメリーさんに質問する。
「じゃあ今日は家庭教師が来ない日なのか……使用人は何人いる?」
「二人です」
テオくんの答えに師匠の眉間に皺が寄る。
「使用人同士は知り合いか?」
「はい。元々近所に住んでいた夫婦なんです」
アメリーさんによると、40代の夫婦で子供がおらず、早くに夫を亡くしたアメリーさんはよくその夫婦に助けられていたそうだ。先日のアーシェイヴィルの一件でその夫婦は家も仕事もなくしたそうで「それなら」ということで、住み込みで働いてもらうことになったそうだ。奥さんの方は昔少しだけ貴族の屋敷で下女として働いていたこともあり、適任だったらしい。
そこまで聞いていた師匠が呆れたようにため息をついた。
「貴重品はどう管理しているんだ?魔力の注ぎ方がわからないくらいだから結界も張っていないのだろう?」
「え……と、金庫に入れて、部屋も鍵をしています」
「鍵なんてどうにでもできる」
師匠の言葉にテオくんは真っ青になるが、アメリーさんは「大丈夫ですよ」と師匠の懸念を気にしていない。
「以前からよくしてもらっていますし、信用できます」
「……人は金や権力で簡単に変わる。結局は自分の利益しか考えていない」
師匠の声音には重い実感がこもっている気がした。
もしかして前にそんな体験したのかな……
師匠のあまりにも真剣な様子にアメリーさんも思い直したようで、「気をつけます」と言っていた。
明日から仕事や魔術講義に来るのはドミニク様や家庭教師にも連絡して、予定を調整してもらったりと大変なので、11の日からということになった。その日はそれだけ話し、テオくんとアメリーさんは帰っていった。
11の日、朝の鐘が鳴ってしばらくしてやって来たテオくんとアメリーさんは憔悴していた。




