47話 ヘクターの遊学
「お前に構っている場合じゃなかった。大事なことをお伝えしなければならなかった」
師匠に文句を言っていたドミニク様が用件を思い出したようで、神妙な顔になった。
「ヘクター殿下が隣のフォインド国へ遊学されるそうです」
「遊学?何故……」
師匠が怪訝そうに呟いた。魔術師は戦局を握る大事な人員だ。政治的な訪問はあれど、長い期間自国を離れることはそうそうない。それにうちの国もそうだが、どの国も自国に他国の貴族――つまり魔術師を入国させることを嫌う。内側からの魔術攻撃を恐れているからだ。ここ十年ほどは友好的だが、以前はフォインドもこの国を狙っていた。
フォインドはこの大陸の中ではほぼ中心地にあり、この大陸の中では一番大きい国だ。木、火、土、金、水全ての属性の土地を所有している。一年に一度、各国の代表を招いた交流会を開いている。他の国が魔術師を自国に入れることを嫌がるなか、フォインドが独自に張っている結界には、許可がないと結界内では魔術が発動できないようになるため、そのような交流会も催せるようだ。
私は当然のようにその交流会に参加したことはない。
だが今回殿下は交流会ではなく、遊学へ行くそうだ。
「目的はわからない。表向きには教養を深めるためらしいが……」
「ドミニク様も行かれるのですか?」
「いや、行かない。上級魔術師を何人も他国に行かせたくないということで、下級貴族が二人一緒に行くらしい」
「いつからですか?」
「秋の1の月から半年ほどだそうだ」
「中途半端な時期ですね……」
師匠とドミニク様の緊迫感のある会話に口を挟めず黙って聞く。
秋からかぁ……てことは新年祭に殿下いないってこと!?やった、煩わしいこと1個減った!
新年祭では殿下を始め取り巻きの貴族から聞こえるように、あることないこと言われていた。王妃からは言われるかもしれないけど、一人いないだけでも気が楽になった。
いつもは新年祭が億劫だったけど、新しいドレスも着れるし、今度の新年祭は楽しみになってきた。
「そういえば姫様、平民の魔力持ちが会いたがっていましたよ」
「そうなんですか。私も会いたいです」
テオくんとアメリーさん親子のその後が気になるので、私もぜひ会いたい。ただどうやって会えばいいのかわからない。この館に呼んでもいいのだろうか?そんな思いで師匠を見る。視線に気づいた師匠が頷く。
「じゃあこの館に招くか」
「日時はどうする?こちらで伝えておくが」
ドミニク様がテオくんたちに伝えてくれると言うのでそれに甘えることにした。来月、夏の2の月、5の日になった。
楽しみだな〜!
同じ年頃の知り合いが少ないため、是非ともテオくんとは仲良くなりたい。
これでドミニク様の用件はなくなったようで、「あまり長居すると監視に不審に思われますよ」と師匠に遠回りに帰宅を促され、名残惜しそうにしながらも帰路につくことになった。
結界の許可も出さなければならないので、みんなで一緒に門まで行く。結界に許可を出すと、師匠の許可もいるため、その場を退く。師匠は鋭い視線で周りを見渡していた。
「メルはマリーと一緒に館に戻っていろ」
「……はい。ではドミニク様、失礼します」
師匠のピリピリした雰囲気を感じて、気にはなったが反論せず、マリーベルと大人しく館に戻ることにした。
*
(……監視がいない)
フレデリックはメルリーユとマリーベルがしっかり館の中に戻ったことを確認してから、ドミニクに向き直る。
「ドミニク様、私たちが町へ行く日は、町役場の人は知っていますよね?」
「そうだな。私が対応するためにお前から連絡が来たら仕事を調整するからな。知らなかったのは私が怪我した日くらいだ……まさか」
ドミニクは大きく目を見張る。フレデリックはドミニクの考えを肯定するように頷く。
「恐らく私かメルが狙われているのでしょうね」
「職員から漏れているのか。一体誰が……」
「わかりません。職員が意図的に流しているのか、世間話をするついでに聞き出されているのか……来月注意して探っていただくようお願いします」
「わかった」
ドミニクは眉を寄せ、苦悩しながら首肯した。
「メルには狙われている可能性があることは言わないでくださいね」
「わかっている」
当然のことを言うなという様子で少々雑に言ってから、ドミニクは転移の魔術陣を使って帰っていった。
フレデリックはしばらくその場に佇んでいた。やがて踵を返し、館へ戻るために歩き出した。その表情は鋭く険しい。
(メルは絶対に俺が守る)




