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46話 その後

 師匠は馬車で走るくらいのスピードに落としてくれているようだが、初めての乗馬はそれなりに怖かった。いくら結界があるとはいえ、もろに風が当たり、それなりのスピードで駆け抜けることを気持ちいいとは思えなかった。


 よく本でヒロインとヒーローが一緒に馬に乗ったりして、「風が気持ちい〜」とか言ってるけど、肝が据わりすぎじゃない!?怖いし、髪の毛バシバシ当たって鬱陶しいし、お尻はちょっと痛いし!私1人で乗れるようになるのかな!?


 それでもようやく乗馬に慣れてきて、ちょっと気持ちいいかもと思えるようになった頃に結界の館についた。だけど先に馬から降りていたマリーベルと、馬上の師匠に助けてもらいながらなんとか馬から降りたらちょっと足がガクガクしていたのは内緒だ。バレてるだろうけど。


 館の中から師匠が持ってきてくれた転移の魔術陣を用意している間に、ドミニク様が町役場の下級貴族に通信の魔道具で連絡する。準備が整ったら荷物を全て転移してもらった。テーブルセットは一旦庭の適当な場所に置いて後日置き場所を決めることにして、他の荷物を館の中に運び込んだ。

 ドミニク様は「なぜ私がこんなことしなければならないのだ!」と捨て台詞を残して帰っていった。


 ……これでどこまで監視の目を誤魔化せてるんだろう?




 館の食堂でお茶を飲んでやっと落ち着く。体の力が抜けるのを感じていると、マリーベルのカゴバッグから「きゅう……」と控えめな鳴き声がした。


 忘れてた!


 急いでカゴバッグからラピソルを出してあげる。


「狭かったよね、ごめんね。大人しくしててくれてありがとう」

「きゅう!」


 両手に乗せていたラピソルが、「いいよ」というように鳴き、私の顔に頬擦りしてきた。


「そうだ。名前つけなきゃね。何がいいかな?」

「ラピソルでいいんじゃないか」

「師匠、赤ちゃんに『人間』て名付けるんですか?」

「……悪かった」


 思わずジトッとした目で師匠を見てしまったが、しょうがない。師匠からラピソルに視線を移し、ジッと見つめる。ラピソルも頭を傾げながら私をジッと見る。


 可愛いなぁ。目がすごく綺麗だよね。まるで黒いパールみたい。あっそうだ!


「パールはどう?」

「きゅ?」

「目がブラックパールみたいに綺麗だから、パール!」

「きゅう!」


 パールの名前が気に入ったのか、目をキラキラさせて私の胸に飛び込んできた。ずっしりとした重みをしっかり受け止めて、頭を撫でる。


「パールか。いい名前をもらえてよかったな。それにしてもお前はなんであんな所にいたんだ?」


 師匠の言葉にパールが必死に短い前足を使いながら、「きゅ、きゅきゅう。きゅうきゅう」と何か説明してくれているようだが、残念なことに全くわからない。


「まあ害がないならいいか」

「それよりパールの食事はどうしたらいいのでしょうか?」


 マリーベルが手を頬に当てて首を傾げる。私もそれを知りたかった。師匠なら知っているかと思って視線を向ける。


「そうだな……普通の兎と同じように野菜も食べるし、肉でも魚でも何でも食べるぞ。あとは人間でも好みがあるようにパールが何を好むかによるんじゃないか」

「そうなんですね。じゃあ色々試して好きそうなものをあげたらいいですね」

「師匠、食べちゃダメなものってありますか?」

「魔獣だから特にないと思うが」


 これでパールの食事問題は解決だ。よかった、虫が主食じゃなくって。私がホッとしていると師匠が思い出したように補足する。


「ラピソルは生態として土を好む。1日に1回は庭に出してやった方がいい。だが監視に魔獣を飼っていることを明確にしたくないな。目眩しの魔術陣を準備するから今日は庭に出るのは我慢してくれ」

「魔獣を飼っているのは秘密にした方がいいんですか?」


 私が首を傾げると、師匠は神妙な面持ちをして頷く。


「ラピソルは攻撃的な魔獣ではないが、魔獣を飼っているということで反逆の意思があるとか言いがかりをつけられると困るだろう」


 それは困る!私はこの館で毎日好きなことができる日々が気に入っているのだ。反逆どころか政治に全く興味がない。王族としてどうなんだとは思うけど、しょうがないよね。発言権ないし。




 それから数日後、ドミニク様がアーシェイヴィルの件で館を訪ねてきた。応接室に案内するとドミニク様は世間話をしたそうだったが、師匠がさっさと用件を話すよう促し、ドミニク様が「少しくらい姫様とお話してもいいだろう。心が狭い」とブーブー言いながらも、本題に入った。


「これが討伐報酬だ」


 そう言って机の上に置かれた袋はドンッジャラジャラッと重そうな音を立てた。私の顔よりも大きな袋だ。中には信じられないほどの大量の硬貨が入っているんだろう。

 私は大金を前に固まっていたが、師匠は特に興味がないようで中を見ずに、ドミニク様に質問する。


「アーシェイヴィルがどこから現れたのか判明しましたか?」


 ドミニク様は眉を寄せて険しい顔をした。


「いや……住民の多くが突然現れたと言っている」

「……魔術師が転移させたということですか」

「えっ!?あれは人為的に起こったということですか!?どうしてっ……どれだけ大きな被害が出たと……っ」


 思わずソファから立ち上がる。叫んでいる途中から視界が滲んで胸が苦しくなり、言葉を紡げなくなった。眼裏に焼き付いている瓦礫の山や、血を流して力無く倒れていた人たち。何のためにあんな目に遭わなければならないのか。


 私が急に大きな声を出したため、正面に座っているドミニク様はびっくりしたようで、私を見て固まっている。


「メル。落ち着け」


 横に座っていた師匠が静かな声で言うと、私の腕をそっと引いてソファに座らせた。それでも私の心は波立ったままだった。やるせない気持ちを必死に抑えていると師匠が静かな声で語りかける。


「そうだな。腹立たしいな。悔しいな」


 私の頭を撫でながら、諭すわけでもなく、私の心を包むような穏やかな声に、乱れていた感情が落ち着いてきた。


「メルは優しい。だから町の惨状を自分のことのように思い、傷ついているんだろう。でもメルがそこまで心を痛めなくてもいいんだ」


 師匠の言葉がじんわり胸に広がって、何故か泣きたくなった。安心感に包まれた気がした。


 師匠って私の心の平穏も守ってくれる人だなぁ。師匠がいれば大抵のことは大丈夫な気がする。


 師匠に私のどうしていいかわからなかった感情を受け止めてもらえて、すっかり落ち着きを取り戻した。


「大声出してごめんなさい。他に何かわかったことはありますか?」


 こちらを何とも言えない表情で見ていたドミニク様に話を振ると、ドミニク様はハッとしたあと咳払いを1つしてから話し出した。


「いえ、特にありません。ただアーシェイヴィルが町中に現れたにしては、建物や人への被害が少なく済んでいます」

「それはよかったです」


 師匠のおかげだ。師匠が迅速に討伐し、あの場にいた人たちの治療をしたから被害が最小限で済んだのだろう。


「お前……治しただろう?」

「どうでしょうね」


 ドミニク様はじとっと師匠を見るが、師匠は無表情にしれっとすっとぼけている。ドミニク様は大きなため息をつくと「まあそういうことにしておこう」と言って追求することを諦めた。見逃してくれるようだ。


「用件がそれだけでしたら……」

「おいフレデリック!すぐに帰らそうとするな!」


 師匠は小さく舌打ちした。それに怒るドミニク様。でも以前だったら師匠はこんな態度は取らなかっただろう。それだけドミニク様と打ち解けたんだなぁとしみじみしながら、すっかり平常心に戻った私は、二人の言い合いを聞き流し優雅にお茶を飲むことにした。

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