43話 治療の完了
魔力持ちの少年はゆっくりと目を開け、ぼんやりしたまま地面に横たわっている。
「テオ、大丈夫?」
母親が声をかけると魔力持ちの少年――テオくんはハッとして勢いよく起き上がった。
「母さんこそ大丈夫なの!?」
「ええ、大丈夫よ」
「テオくん気分は悪くない?」
「え……大丈夫、だけど……君は?」
テオくんは突然会話に加わった私を訝しげに見る。
「あっごめんね。私はメルよ」
「メルちゃん?」
「こら!この方は姫様よ!そんな呼び方したら失礼よ!」
「姫様……?」
母親に怒られるもテオくんは懐疑的だ。
まあしょうがないよね。まさかこんな所に一国の姫がいるとは思わないよね。
謝る母親にどうやら本物らしいと思ったテオくんは真っ青になって謝ってきた。「大丈夫だから気にしないで」と言ってもテオくんの顔は青いまま。世間に流れてる噂を知ってれば、不敬罪で裁かれると思うかもしれないけど、そんなことしないから。とは言っても簡単には信じてくれなさそうだから、とりあえず状況説明をすることにする。私のことはおいおい噂とは違うなと思ってくれたら嬉しい。
「テオくん、あなたは魔力持ちだと確認されました。詳しくは担当者に説明されると思うけど、あなたはこれから叙爵され、一代貴族になります。住む場所も貴族街になります」
「え……?魔力……?貴族って僕が……?」
「炎を使ってたから少なくとも火の属性はありそうだけど、覚えていない?」
「……母さんが動けなくって、でも魔獣が近づいて来るから何とかしなくちゃと思ってたら体が熱くなって……そこからはよく覚えてません」
テオくんは自分が魔力持ちだっていう自覚がないみたいで戸惑っている。母親――アメリーさんというらしい――も今後のことを考え不安そうだ。
「私にはできることが少ないと思うけど、何かあれば結界の館に連絡してね」
「結界の館ですか?お城じゃないんですか?」
テオくんが不思議そうな顔をしている。アメリーさんも同様だ。
私が狙われてるかもしれないとか言わない方がいいよね。捨てられたとか論外だし。うーん……
「えっとあの…………師匠!あそこにいる黒髪の男の人なんだけど、あの方に魔術を習うために今、結界の館にいるの」
必死に捻り出した理由だったけど、テオくんもアメリーさんも納得してたからよし。ホッと一安心していたら、怪我人を癒しに行った師匠から「ふざけるな!」という怒った声が聞こえてきた。
今度は何!?
待機と言われていたが、放っておくわけにはいかない。テオくんとアメリーさんに結界から出ないよう言い、一緒についてきてもらう。ラピソルは私が抱えて移動する。師匠に近づくと、腕を引きちぎられていた男性に、師匠だけではなくマリーベルも怒りを露わにしていた。
「メルを侮辱するならお前の治療はしない!」
「本来あなた方の治療をする義務はないのですからね!姫様の慈悲を無下にするなんて愚かですね!」
「いや……侮辱なんてしていません!ただ俺たちをどうするのかと……」
「どうもしない!ごちゃごちゃと言うなら、あとの者は治療はいらないということだな」
今この場にいるのは私、師匠、マリーベル、テオくん、アメリーさん含め二十人ほどのようだ。その中で治療が終わっていないのは3人。あとの人は治療済みのようだ。師匠とマリーベルの怒りの空気が場を支配し、怒りを向けられていない治療済みの人たちまで息を潜めている。
「師匠、ちょっと落ち着いてください」
「メル、帰るぞ!メルを悪く言うような奴を助ける義理はない」
「ちょっと待ってください」
師匠の服の裾を掴んで、今にも帰りそうな師匠を引き止める。師匠は眉間に皺を寄せ、ものすごく嫌そうな顔をしていたが、止まってくれた。
私たちを恐る恐る見ていた住民たちを、私はゆっくりと見回す。なるべく怖がられないように微笑みを浮かべてから口を開く。
「私はあなた達に何もしません。助けられるのなら助けたいと思い、彼らにお願いしたのです。どうしても信じられないというのなら、治療を受けないという選択をするのは、あなた達の自由です。ただ治療を受けた方が、他の方から責められないよう、このことは黙っていてもらいますが。……どうしますか?」
腕を引きちぎられた男性は迷っているようで、答えない。その後ろにいた脇腹から血を流す初老の男性が「助けてください」と苦しそうに言った。横にいた肩を怪我している同じ年頃の女性も「お願いします」と言った。
「師匠、お願いします」
「……大半は助けたし、もういいんじゃないか?」
「そう言わずに。この方達だけ治療しなかったら、それこそ不満で周りに言うんじゃないですか?」
「はぁ……仕方ないな」
そう言いつつちゃんと魔術陣は準備していたようで、すぐに魔力を注ぎ、発動できる状態にしてマリーベルに渡した。マリーベルは渋々初老の男性の元へ向かった。もう1つ魔術陣に魔力を注いでいた師匠は、女性の方へ向かって魔術陣を発動させた。
私は残っている男性に目を向ける。
「あなたはどうしますか?」
「…………助けて、ください……」
男性は迷っていたようだが、痛みに負けたようで、結局治療を受けることにした。脂汗をかき青い顔をしている。女性の治療が終わった師匠が無言で男性の腕も治療して全ての人の治療が完了した。腕が元通りになった男性は腕を少し動かし、腕を見つめて静かに感動していた。亡くなった人はどうすることもできないが、重症でも生きている人は助かった。特に日常生活に支障がある欠損など重症だった人たちは涙を流して喜んでいる。助かった安堵感が漂い、さっきまでの緊迫した空気がなくなりホッとする。
「姫様、ありがとうございます!」
「旦那様も、お嬢様もありがとうございます!」
口々にお礼を言う声で賑わう。始めはどうなることかと思ったけど全員治療できてよかった。まあ師匠のおかげだけど。
師匠は囲まれてお礼を言われているが面倒くさそうにしている。「大したことはできないがお礼がしたい」と言う住民たちに「何かあったらメルを……姫様を助けてやって欲しい」と言っていて驚く。
「何で私ですか!皆さん、師匠のことも助けてあげてくださいね!」
「いや、俺は大抵のことは何とかできる」
「その通りだけど可愛くないですね!」
「必要ないからな」
住民たちから笑い声が上がった。何故かわからないが、私の噂は払拭できたようだ。無駄に怯えられることがなくなってよかった。
多くの人が笑う中、最後まで治療を受けるか迷っていた3人が近寄ってきて跪いた。
「失礼なこと言ってすみませんでした!」
「……謝罪を受け入れます。治ってよかったわ」
もう気にしないでねという思いを込めて、なるべく優しく笑う。すると何故か3人とも号泣し出した。
「えっだっ大丈夫?」
「無礼なことたくさん言ったのに、なんてお優しいんだ……!」
「このご恩は絶対に忘れません!」
「姫様は女神様のように慈悲深いと新たな噂を流さなくては!」
「有難いけど、裏目になりそうだからやめてね!?」
それに変に崇められると、ちょっとでも期待外れなことをしたら失望されそうだ。「使用人とも仲良しみたいだよ」くらいでいい。
まだ感動している3人を立たせて、私はマリーベルの陰に隠れる。なんか崇拝してるような目が怖い。
そんなことをしていると、遠くから蹄の音や金属がガチャガチャ当たる音が聞こえてきて、応援がやってきたことがわかった。




