41話 ラピソルの手助け
「何故ラピソルがいる!?」
「どうしたの!?」
師匠の驚く声が聞こえたが、ラピソルの行動が気になる私はそれどころじゃない。
瓦礫が崩れでもしたら、いくら体が硬いとはいえ、潰れるんじゃ……
一気に血の気が引く。ラピソルは魔獣だが、懐かれた気がしてすっかり気に入ってしまった。
私がハラハラしていると、瓦礫の中から「きゅう!」と力強い声が聞こえた。そして女性の足周辺の瓦礫が僅かに持ち上がった。驚いて地面に手をついて瓦礫の中を覗くと、ラピソルが頭で瓦礫を押し上げていた。プルプルと体が震えていて、苦しそうな顔をしている。
まさか魔獣が人間を助けてくれるなんて……!それにしても小さいのに力持ちだな、ラピソル!
「師匠!この方を引っ張って!」
師匠はラピソルがここにいることに戸惑っていたが、私が叫ぶと女性の両腕を掴み素早く引っ張り出した。女性が救出されたことを確認して急いでラピソルに声をかける。
「もう大丈夫だから早く出ておいで!」
「きゅ!」
ラピソルは重い体の割に素早い動きで瓦礫の中を駆けて私の胸元へ飛び込んで来た。ガラガラと瓦礫が崩れた音を聞きながら、ラピソルを受け止めたが勢いに負け、尻餅をつく。お尻より、頭突かれる形になった胸の方が痛かった。
「うっ」
思わず呻いてしまって、膝の上のラピソルが申し訳なさそうにきゅうきゅう鳴いた。安心させるためにラピソルの体を撫で、「大丈夫」と言いながら笑う。
「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「きゅう!」
お礼を言うとラピソルは黒い目を輝かせて、私の手に頬をスリスリした。可愛くて今度は私がラピソルの頬を親指で撫でると温かいけど硬い感触が手に伝わった。ラピソルは気持ちよさそうに目を細めて今度は頭をグリグリと手に押し付けてきた。要望通りしばらく頭を撫でる。ラピソルはご満悦だ。
それにしても、ものすごい石頭だ。気をつけよう。
「メル、大丈夫か」
「大丈夫です。それよりその方は……」
「……骨は折れてるが潰れてなくてよかったな」
そう言って師匠は立ち上がる。私もラピソルを抱いて立ち上がる。周りを見れば彼方此方で怪我人が二、三十人はいる。アーシェイヴィルに襲われていた何人かは足やお腹、肩など、一部欠損して血を流して倒れている。生きているのかわからない。腕を引きちぎられていた男性は師匠が応急処置をしたのか血は止まっているようだが、崩れかけた建物を背に、ぐったりと座り込んでいる。そこから少し視線を外すと、上半身が引きちぎられた遺体を目にして、ビクッと体が震えた。恐怖ですぐに視線を逸らした。手で口を覆い、涙を堪える。
「メル……俺たちは魔力持ちの少年を連れて、町役場へ行こう」
そう言って師匠は地面で横になっている魔力持ちの少年にチラリと視線を向ける。その言葉に少年の母親が慌てる。
「待ってください!息子をどこに連れて行く気ですか!?」
「少年は魔力持ちだ。国で保護する。しばらく手続きで会えないだろうが、その内一緒に住める。貴族街になるがな。詳しい説明は役人がするだろう」
師匠の説明に少年の母親は、まだ不安そうに少年を見ている。
「……私も一緒に行ってはいけませんか?」
「……その足では無理だろう」
少年の母親は足を見つめて悔しそうな顔をする。息子のことが心配でたまらないんだろう。胸がぎゅっとなった。こんなに子供のことを思っているのなら、なんとかならないだろうか。少年も母親がそばにいる方が安心するだろうし。
「……師匠。治療することはできませんか?他の方たちも……」
できればあそこにいる人たちも治して欲しい。自分がする訳じゃないのに図々しいことを言っている自覚はある。それでも普通なら完治を諦めてしまう怪我も今なら希望がある。希望があるのに何もしないで諦めたくない。
「……ここにいる者たちだけ治療することはできない。不公平になるからだ。俺は国中の怪我人を治療する気はない」
師匠が言うことはわかる。本来欠損を治すほどの怪我は、上級魔術師が高額な報酬を貰って治療する。平民がそんな大金を用意することは難しく、ほとんどの人は失くした部位はそのままだ。そんな人たちが大勢いるのに、ここにいる人だけ治療するのはその人たちや、仕事にしている上級魔術師から怒りを買うだろう。でも……
「ここにいる人たちが黙ってればバレません!!」
「は?」
師匠がものすごくポカンとしている。マリーベルと少年の母親も驚いた顔をしている。ラピソルだけが私を応援するように「きゅう!」と明るく鳴いた。
「みんな逃げてしまったんですから、あの人たちが怪我したことを知る人は、ここにいる人しか知りません!あの方たちだって治る方がいいし、わざわざ他の人たちから恨みを買いたくないから黙っててくれますよ!!」
暴論だ。逃げている途中であの人たちが襲われている所を見た人がいるかもしれないし、治療されたことを黙っている保障なんてない。
「何故治療するんだ?そんなことしてメルに何の利点がある?誰かの大事な人だから悲しむ人がいるから助けたいってドミニク様の時と同じか?」
「あの時はもっともらしい理由をつけましたが、本当は理由なんてありませんでした!助けられるなら助けたい!ただそれだけです!」
拳を握って強く主張する。師匠の目が点になった。
いやだってそういうものじゃない?目の前で苦しんでる人がいて、助けれる力がある人がいたら、助けて欲しいじゃない。ただそれだけのこと。治政への影響が無理矢理でも少なそうなら余計に。
様子を見守っていたマリーベルが遠慮がちに口を開いた。
「……あの、監視がいるのではありませんか?」
「あっっ!監視!監視の存在を忘れてた!」
どうしよう!?これじゃバレバレだ!
私があわあわしてるとラピソルも手のひらの上でおろおろし出した。すると突然、険しい顔をしていた師匠が吹き出した。しばらく声を出して笑っている。珍しい師匠にちょっと怖くなった。
師匠が壊れた……
今度は私がポカンとしてしまった。何とも言えない空気が漂う中、一頻り笑った後、師匠はスッキリした顔をしていた。そして「しょうがないな」と困った様に笑って私の頭にポンと手を乗せた。




