40話 平民の魔力持ち
どういう状況……?
アーシェイヴィルはもう大丈夫なのかと倒れている大きな塊を見れば、首が焼き切れて絶命していた。
あっうん。大丈夫そう。
改めて師匠と少年に視線を向ける。少年は炎に包まれているが熱そうなそぶりはない。その炎が時折師匠に向かったり、アーシェイヴィルに襲われていた人に向かったりしている。師匠は結界でそれを塞ぎながら険しい顔をしている。
「師匠ー!どういう状況ですかー!?」
「平民の魔力持ちが暴走している!」
近づくのが躊躇われたため、待機を言い渡された場所から大声で問うと、簡潔な答えが返ってきた。
『暴走』と言っている通り、少年の目は虚で、炎は無差別に周囲の人を襲っているようだ。
平民の魔力持ちということは、魔術陣を使ったわけではないだろう。そうなると魔力がすぐになくなる。魔力切れを起こすと意識を失い、最悪の場合死んでしまう。
「えっまずいじゃない!」
それにしてもあっさりと凶悪なアーシェイヴィルを倒していた師匠が少年に手こずるとは。
不思議に思って様子を見ていると、どうやら少年の炎の攻撃範囲に逃げ遅れた住民がいるようだ。その人数が多く結界の範囲外で動けない住民を守るために師匠が動いて結界の範囲を変えるという原始的な方法を取っているため、師匠が魔術陣を描く余裕がないようだ。多分手持ちの魔石や魔術陣は強力な攻撃用のものしかなくて、少年に使えないのだろう。
そこまで考えて私は、手の上にいたラピソルをマリーベルに押し付けるように渡し、少年に向かって走り出した。
「姫様!?」
マリーベルの戸惑いの声を背中で聞き、走りながら先程使おうとしていたものをカバンから取り出す。
「何してるんだ、メル!危ないから下がれ!」
師匠の制止も無視して、取り出した紙を少年に向かってかかげる。
「お願い!火を消して!」
少年の意識がないことはわかっていたが、懇願しながら魔術を発動させた。すぐに魔術陣から水が飛び出した。水の塊が少年の顔に直撃する。思っていたより勢いが強かったので、心配になった。
息、できてるよね……?
少年の紺色の髪や服から水がボタボタと滴っている。赤い瞳は正気を取り戻したのか、目に光が宿る。その目は大きく見張られ呆然と呟く。
「……僕、何を……」
まだ声変わりをしていない高く掠れた声で呟くと、フッと体から力が抜けた。意識を失ったようだ。師匠が受け止めてくれたから、地面に激突せずにすんでホッとする。師匠は少年を抱えたことで、自分も濡れて嫌そうな顔をしている。
……ごめんね、師匠。丁度いいかなと思って。
私が少年に放った魔術陣は、私が練習でずっと描いていた水の初級魔術陣だ。最近上手く描けるようになってきたから、何かに使えるかもと一応持ってきていたのだ。
まあこんな使い方するとは思ってなかったけど。
「テオ……!」
どこからか女性の切羽詰まった声が聞こえた。少し離れた場所で座り込んでいる女性が少年を見て叫んだようだ。少年のお母さんだろうか。髪の色が同じ紺色だ。
「師匠……」
「大丈夫だ。意識を失ってるだけだ」
師匠の言葉に私も女性も安堵する。私は女性に近づいて手を出した。
「大丈夫ですか?」
女性は青い顔で小さく笑った。
「足が挟まって動けないの。息子は私を守ろうとしてくれて……」
見ると右足のふくらはぎ辺りから下は、崩れた建物の下敷きになっていた。動けない母親を何とかアーシェイヴィルから守ろうとしたのだろう。結果、魔術が発動したが、魔術の使い方も知らないために暴走したのだろう。
それよりも先に女性を助けなければ。足の上に積み重なっている瓦礫を退かそうと、一番上にある石造りの壁を持ち上げようとするも重くてびくともしない。
「ひっ……メル様おやめ下さい。私たちの力では無理です。応援を待ちましょう」
「でも……」
「きゅう!」
その時、マリーベルが持つカゴバッグから茶色い塊が飛び出した。ラピソルだ。ラピソルは小さな体を生かし、あっという間に瓦礫の隙間に入っていってしまった。




