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38話 アーシェイヴィルの襲撃

 宰相から硬貨を貰ったことでお金の問題は解決したと思っていたのに、結局師匠のお世話になることに悔しい思いをしつつ話し合いが終わり、手頃な夏服を買い、名残惜しげなヴァレリーさんとソニアさんに見送られて仕立て屋を後にする。ようやく町で買い物だ。

 結局マリーベルは師匠にお金を出してもらうけど、金の初級魔術陣は描けるようになったため、師匠の仕事を手伝うことで手を打つことになった。

 魔術ペンの代金もあるし、どれだけお仕事を手伝ったら返せるんだろう。


 ……私も早く師匠のお手伝いをしたいものである。


 私がそんなことを考えている間に着々と買い物が進んでいた。食材は買い終わり、庭に置くテーブルセットを見に行く。


「……本当は貴族街の近くの店の方がいいかもしれないが……」


 歩きながら師匠が小さく呟いた。この町は真ん中に町役場があり、北に民家や市場、庶民向けの商店が多くあり、南に貴族街や高級店がある。多くの町や村は真ん中に役場があるらしい。役場に転移の魔術陣があるため、そこから目的の場所へ行きやすいようになっているようだ。

 私たちがよく買い物しているのは北の庶民向けのお店だ。ソニアさんの仕立て屋もこの区域にある。この区域は庶民向けが多いということで、プライドの高い貴族はあまり立ち寄らない。そのため貴族にあまり会いたくない私たちにはうってつけだ。

 ただ食材はいいが、テーブルセットのような家具は貴族街近くの高級店のが扱っている品が多いそうだ。それでもできるだけ貴族を避けるために、とりあえずこの区域の家具屋に行くことになった。

 食材が売っている通りを抜けるとポツポツと雑貨屋、服屋、本屋といったお店が増えてきた。本屋に少し惹かれたが、師匠のお兄様に送ってもらった本がまだあるから、と思い直す。本屋を通りすぎ、少し歩くと目的の家具屋に到着した。家具という大きなものを扱っているからなのか、大店なのかわからないが、他のお店と比べると倍近くあるお店だ。建物は年季が入っているが、綺麗に保たれていて、昔から多くのお客さんに愛されてきたお店なんだろうなと感じた。

 庭で使えそうなテーブルセットは入り口近くに数種類あった。私たちがテーブルセットを見ていると奥からやってきた店主らしきおじさんに、師匠は耐久性とか色々聞き始めた。


「メル、この3つの中からならどれがいい?」


 師匠が示したテーブルセットは木製の素朴なもの、鉄製の黒い重厚なもの、鉄製の白い優美なものの3つだった。

 木製のものは似たようなものを町中で見た。余計な装飾がなく、素朴なテーブルセットはどこにでも馴染みそうだが、あの館には素朴すぎて合わない気がした。鉄製の重厚なものは黒ということもあって館の小さな庭という規模には似合わない。何だかもっと大きな庭園のガゼボにありそうだ。そうなると鉄製の白いものが一番あの館に合いそうだ。椅子の背の細い曲線の細工が美しい。


「この白いのがいいです」

「ああ、やっぱり。メルにぴったりだよな」


 師匠が何故か納得し、マリーベルもうんうんと激しく頷いている。


 いや、『私に』じゃなくて『館に』合うように考えたんだけど……まあいっか。


 支払いが終わり、テーブルセットを町役場に運ぶようお願いして家具屋を出る。

 

 ……ちなみに師匠が払ってくれたよ。仕事の手伝いが早くできるように努力する所存です!


 そろそろ何か買って帰ろうかと話していると、遠くで悲鳴が上がった。


 えっ?何!?


 私が混乱している間に師匠はサッと周りを見渡し、私を守るように前に立ち、ウエストバッグから魔石をいくつか取り出した。マリーベルも私を守るように体を抱きしめてくれている。

 逃げ惑う人々とすれ違う中、師匠が動かないため、どうすればいいのか分からずその場に留まる。逃げる人たちが叫ぶ、断片的な情報から、どうやら北の大通りにイヴィルという魔獣が出たらしい。


「イヴィルか……!」


 師匠が苦々しく吐き捨てるように言った。イヴィルは竜に似た魔獣で、凶悪だ。ブレスこそ吐かないが、牙も爪も鋭く、建物を簡単に壊してしまう。そんなものに人が襲われればひとたまりもない。翼があり、竜よりも小型で機動力があるため、魔術師が派遣されるまでに被害が拡大することも多い。早急に討伐しなければこの町は壊滅するだろう。

 でも幸いここには国一番の魔術師である師匠がいる。それでも一人で大丈夫か心配になる。私もマリーベルも攻撃用の魔石は少し持っているが、それがどれだけ通用するのか分からない。結局師匠頼みになってしまう。


「師匠……!師匠なら討伐できますか!?」

「できるだろうが、メルを置いて行くわけにはいかない!」


 師匠からは力強い答えが返ってきたが、師匠は師匠で私たちのことが心配らしい。

 

「私なら師匠の結界があるから大丈夫です!」

「だが不穏な気配の者が多くいる!目を離すのは危険だ!」


 師匠に討伐に行って欲しい私と、私たちの身の安全が一番の師匠で意見がまとまらない。結局この時点で結界を発動して、師匠と共にイヴィルの元へ向かうことになった。

 走る師匠の背中を必死に追う。始めは逃げる人と反対方向に走るため、進みにくかったが、今では避難した人が多いのか殆ど人がいない。進めば進むほど損壊してる建物が増えていく。血を流し、動けない人に、思わず立ち止まりかけたが、手を繋いでいるマリーベルに引っ張られる。


「ダメです、姫様。早く、イヴィルを討伐しないと、もっと、被害が広がります」


 走りながら小さくマリーベルに諭され、足を動かす。師匠なら治せるのに。マリーベルも軽傷なら治せるのに。それでも一人一人癒している時間なんてない。その間に他の人が襲われるかもしれないのだ。

 助けられない命を前に、胸がギュッと締め付けられる。滲む涙を振り払い、それでも必死に前に進む。そろそろ運動不足の私は体力の限界だ。息が苦しい。

 やがて崩れかけた建物からイヴィルの姿が見えた。北の大通りに出ると、イヴィルは私たちには背を向け、民家が多く立ち並ぶ区域を襲っていた。逃げ遅れた人が多いのか、老若男女の悲鳴が聞こえる。

 イヴィルは2階建ての建物と同じくらいの大きさだった。金属のような白銀の体が、太陽の光を反射している。


「アーシェイヴィル……!!メル、マリーここで待機!羽ばたきの斬撃が飛んで来るかもしれないから必ず結界内にいるように!もしこっちに来たら火の攻撃用魔石を使え!」


 手早く指示を出すと、師匠はアーシェイヴィルに向かって行った。


「アーシェイヴィル……?」

「金の属性のイヴィルです。他の属性のイヴィルよりも頑丈で、剣では切れないそうです。羽ばたきの斬撃は剣よりも鋭く、火の魔術以外の魔術もあまり効かないようです。討伐には上級魔術師が5人は必要かと。イヴィルの中でも重いので、長く飛べないはずなのに、どうして……」


 私の呟きにマリーベルが答えてくれたが、後半は独り言のようだ。普段ならしないであろう言動に、それだけマリーベルも混乱しているのだろうと思う。

 イヴィルが近くに住み着いているなんて聞いたことがなかった。王都に近く、主要なこの町の近くで目撃されていたら、即座に討伐隊が派遣されるはずだ。なぜ目撃情報もなかったアーシェイヴィルがこんな所にいるのか。


 考えてもわかるはずもなく、ただただ見ていることしかできない。

 民家からは炎が上がる。アーシェイヴィルに噛みつかれている住民。血と建物が燃える不快な臭いが鼻をつく。助けられない自分への嫌悪感。自分たちだけ安全な所にいる罪悪感。それでも拭えないアーシェイヴィルへの恐怖感。もう何が何だか分からない。心臓がうるさいほどに音を立て、ここにいたくないと心が訴えているが、火の攻撃用魔石を強く握り締めて、逃げ出すことを必死に耐えた。

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