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36話 知らない食材

 ハンカチ、硬貨、魔術ペン、紙、攻撃用の魔石や魔術陣をカバンに入れて、いざ町へ。以前買って貰ったピンクと白のワンピースを着ている。師匠もマリーベルも以前と同じ格好だ。師匠は白いシャツに紺のズボンにウエストバッグ、マリーベルは濃い緑のワンピース姿にカゴバッグを持っている。少し暑いので、今日夏の町歩き用の服を買おうと思う。

 転移の魔術陣を使って町役場に到着し、すぐにソニアさんの仕立て屋に行く。噂のマリーベルに求婚した人に会えるのが楽しみだ。


 どんな人かな〜?マリーベルを絶対に幸せにしてくれる人じゃないと許可しないんだから!


 私の許可がなくても結婚できることは棚に上げて置く。私の気持ちの問題だ。

 そんなことを考えつつ歩きながら通りのお店を見ていく。すると見慣れないお肉を発見した。なんだか全体的に茶色っぽい。


「ラピソル……?」


 思わず呟くと師匠が答えてくれた。


「兎から変異した魔獣だ。魔力が強い場所に住んでいたり、魔力を多く含んでいるものを食べていた動物が変異して、その土地の属性を持った魔獣が生まれるんだ。ラピソルは土属性の魔獣だ」

「……食べられるんですか?」


 売られているんだから食べられるんだろう。当たり前のことなのに聞いてしまった。

 魔獣がいることは知っている。でも人を襲う凶暴な生き物だと教わった。それに私は1回も食事に魔獣が出されたことはない。結界の館に来てからもだ。


「食べられるが……」


 そう言うと師匠が少し言葉を濁す。珍しい師匠の様子に少し驚いていると、師匠に腕を掴まれて人気のない狭い路地へ連れて行かれた。


「ここならいいか。魔獣を食べるのは主に平民だ。たまに変わり者の貴族やあまりにも困窮してる貴族は食べる者もいるが、基本的に貴族は『あんな悍ましいものなんて食べるか』という者が多い。だが平民には、味は少し落ちるが安価だから大事な食料なんだ」


 だから見たことなかったんだ。貴族の頂点である王族に魔獣の料理は出さないだろう。そもそも城では仕入れも行ってないのだろう。そうでなければ私の食事に使われそうだ。


 師匠がこんな人気のない所で説明してくれたのも納得である。美味しくいただいている平民ばかりいる所で、「あれは下手物扱いだから貴族は食べないんだ」なんて大きな声で言えない。


「あれ?さっき魔力を多く含んでいる食べ物を食べていた動物が変異して魔獣になるって言ってましたけど、魔獣食べてる平民は大丈夫なんですか?」

「多くの平民は大丈夫だが、たまに適性がある子どもが反応して一気に魔力が増えて暴走することがある」

「えっ大変じゃないですか!」

「本当に稀だ」


 魔力は生まれてから大体10歳くらいまでに少しずつ増える。下級魔術師が中級魔術師ほど魔力が増えることはないが、平民の中には生まれた時は魔術師と呼べる程の魔力量はなくても、成長していくと下級魔術師並みの魔力量になる人がたまにいるそうだ。そのため生まれた時と10歳の時に、平民は教会で魔力量の測定が義務付けられている。もちろん生まれた時に中級魔術師以上の魔力を持つ平民もたまにいるが、滅多にいない。魔力は遺伝の要素が大きいからだ。


「……貴族も魔獣を食べたら魔力が増えたりしないんですか?」

「増えないみたいだ。それに平民も元の魔力量より増える訳じゃない。あくまで徐々に増えるはずだった魔力が一気にその人の最大量に引き上げられるだけだ。まあだから制御できずに暴走するのだが」


 魔獣を食べて魔力が増えるなら、周りが何て言おうと食べたのに。残念だ。


 とりあえず話が一段落したので、人の多い通りに戻り、仕立て屋へ向かった。今度はすんなりお店に到着した。師匠が慣れた様子で扉を開けて中に入っていく。私とマリーベルも後に続く。


「いらっしゃいませ、フレデリック様、マリーベル様。お久しぶりです、姫様」

「初めまして、姫様。ヴァレリーと申します」


 すぐにソニアさんの声と、若い男性の声が聞こえた。若い男性が挨拶してくれたので、私もそれに応える。

 

「初めまして。メルリーユです」


 私にさっと頭を下げるとすぐにマリーベルへ体を向けた。

 

「マリーベル様、お久しぶりです!お会いできて嬉しいです!」

「……お久しぶりです」


 ヴァレリーさんは言葉通り嬉しさを隠せない全開の笑顔でマリーベルに話しかけた。マリーベルは若干勢いに引いている。


 ほうほう。この人がマリーベルに求婚した人だね。


 マリーベルが引いていてもめげずに話し続けている。それにポツリと答えるマリーベルに、笑顔で頷きながら話を広げていくヴァレリーさん。


 私もヴァレリーさんとお話して人柄を知りたいけど、ヴァレリーさんにとっては月に1回の数少ないアピール時間だと思うと割り込むのも気が引ける。

 こうなったら見た印象だけでしか判断できない。明るくて、マリーベルが素っ気なくても怒ることなく穏やかに話している。

 背の高いマリーベルよりも頭半分ほど高く、くりっとした目が少し可愛い印象にしているが、美人のマリーベルに見劣りすることなく、二人が並んでいる姿は絵になる。


「ヴァレリーそのくらいにしなさい。フレデリック様のご案内お願いね」


 ソニアさんの言葉で名残惜しげにしていたが、ヴァレリーさんは言われた通り、師匠を別の部屋へ案内していた。ソニアさんに促され、私とマリーベルも別の部屋へ案内される。最初別々の部屋に案内されそうだったが、マリーベルが拒否した。どうやら私を一人にしたくないらしい。いや、ソニアさんはいるけど、もし襲われたらソニアさんには対処ができないからだ。

 心配しすぎだと思うけど、マリーベルのドレスを見たかった私は一緒の部屋に入る。

 一応カーテンで仕切られて、私はソニアさんに採寸され、マリーベルは女性店員さんに手伝ってもらい、出来上がったドレスに着替える。

 私の採寸は問題なくすぐに終わった。ただ私は成長期ということもあり、ドレスの完成はギリギリになるらしい。


 マリーベルが着替え終わるのを待っているのだが、なかなか出てこない。


「マリーベル、どうかした?」

「あっお待たせして申し訳ございません」


 声をかけるとすぐに慌てた謝罪が返ってきて、カーテンの奥からマリーベルが出て来る。そこにいたのは派手ではないが、銀色の刺繍が美しい紺色のドレスを着た困惑顔のマリーベルだった。

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