34話 求婚者
……球根者?あっ間違えた。求婚者?えっ求婚者!?
思わず椅子から立ち上がって叫ぶ。
「師匠にですか!?」
「いや、マリーに」
「え!?」
私は正面の師匠の方へ乗り出していた体を、勢いよく隣のマリーベルへ向ける。マリーベルは気まずそうな顔で無言のままサンドイッチを咀嚼している。
「どんな人?いい人そう?」
マリーベルの結婚については申し訳ないと思っていた私はこの話に食いつく。私の質問に答えてくれたのはマリーベルではなく師匠だった。
「メルも仕立て屋のソニアは知っているだろう?求婚者はソニアの息子だ。そんなに詳しくは知らないが穏やかで明るい。だが商売人としての強かさもある」
仕立て屋の奥さん、ソニアさんというのか。その息子ということは平民ね。平民だけど商売は安定してそうだったし、生活に困ることはなさそう。私も会ってみたいなぁ。
私が思いを巡らせていると、黙っていたマリーベルがため息をこぼす。
「よく知らない人なのでお断りしましたよ」
「え〜そうなの?じゃあよく知っていこうよ」
「……マリーは平民との結婚に抵抗はないのか?」
師匠の言葉には平民を蔑むような感情はなく、純粋にマリーベルの意思を確認したいような感じがした。
「……貴族同士の結婚は家の利益に繋がります。私は家の利益のために自分を差し出すつもりは毛頭ありません」
……『毛頭』の部分にものすごく力が入っていた。まあわかるんだけどね。私も同じ気持ちだし。
「それに私は母が平民ですから、平民との結婚に抵抗はありません」
「なるほど。なら好きな平民と結婚する方がマリーにはいいのだろう。貴族同士の結婚と違い、平民との結婚なら当主の許可がいらないしな」
「え?貴族同士の結婚は当主の許可が必要なんですか?」
知らなかった事実に思わず口を挟んでしまった。
「ああ。貴族同士はどうしても利益や家のしがらみが絡んでくる。政治的な判断も必要だから当主の許可が必要なんだ。一方平民との結婚は、そもそも貴族は平民と結婚しようと思わないから、その辺はゆるい。稀にいるが、マリーのような庶子や、平民から魔力持ちのため貴族になった者が大半だから勝手にしろという家が多い。たまに庶子も利用しようとしていた家が後から文句を言って揉めることもあるが、まあ結婚の届けを出してしまえば、当主であろうと簡単には離婚させられない」
「……マリーベル、勝手に結婚して大丈夫?」
マリーベルが10代後半だった頃、父親に何回か婚約させられそうになっていた。最近は聞かなかったが、諦めたのだろうか。
「……まあバレたら怒るでしょうが、知りません。それにめぼしい貴族からは断られています」
マリーベルが黒い笑みを浮かべる。……何をして断られているのかは聞かないでおこう。
私としてはマリーベルには幸せになってもらいたいので、マリーベルが好きな人と結婚して欲しい。この館に来たら結婚相手が見つからないかもと思っていたけど、こんな出会いがあるとは思わなかった。もし仕立て屋の息子さんとはご縁がなくても、町に行っていたら出会いがあるかもしれないと思うと、気が楽になった。もしかしたら私も町でご縁があるかもしれない。というか……
「私も陛下に命令される前に結婚しといた方がいいのかなぁ……」
しばらく結婚しないつもりだったが、流石に国王の命令は無視できない。意に染まぬ結婚をするくらいなら、もしかしたら早めに平民と結婚してしまったほうがいいのだろうか。
私の今の気持ちは結婚せずにこのまま3人でここで暮らしたいけど、そういうわけには行かないだろう。師匠もマリーベルもいつ結婚してもおかしくない年齢だ。マリーベルが結婚したらこの館から出て行くだろうし、師匠が結婚したら、多分ここに奥さんがやって来るだろう。そしたら私は館に居づらくなる。その事を考えたら何だか気持ちが重くなってきた。
え〜……やだなぁ。師匠には悪いけど、結婚しないで欲しいなぁ。でも師匠にも幸せになってもらいたいし、私も一緒にいたいし。うーん……
「……メルも平民と結婚するつもりか?」
私が考え込んでいると師匠がポツリと呟いた。師匠は私をじっと見つめ、何かを探るような眼差しをしていた。心なしか悲しそうで焦っているような気がする。
何で焦るんだろう?それに悲しそう?あっもしかして師匠も1人でこの館にいるのが寂しいのかも!今のところ結婚の予定はなさそうだし。
陛下に命令される前に結婚した方がいいのかと思ったけど、師匠を悲しませちゃいけない!やっぱり当初の予定通り、しばらく結婚しない方向で行こう!
「大丈夫ですよ、師匠!貴族とか平民とか関係なく、しばらくは結婚しないつもりなので、それまではここでお世話になります!だから一人じゃないですよ!寂しくないです!」
私が必死に言うと、師匠は少しホッとしたように息を吐いた。そしてすぐに意地の悪い笑みを浮かべる。
「メルは今日、寂しかったのか?」
「うっ……」
せっかく師匠を元気づけようとしたのに!揶揄われるなんて心外だ!
私は師匠に答えずプイッと顔を背ける。そしてそのまま途中になっていたチョコレートケーキを大きめに切って頬張る。多分ちょっと頬が赤くなってる気がする。体が熱い。
うう。さっきから私ばっかり恥ずかしい思いしてる……悔しい。
そんな私を師匠はチョコレートケーキよりも甘い笑顔で見ていて、もっと恥ずかしくなったのだった。




