31話 出会い(前編)
春の3の月、23の日。今日は師匠とマリーベルが町に行く日だ。
私も町に行きたかったな……
先程2人は転移の魔術陣で町へ行ってしまった。1人でこの館にいるのは初めてだ。1人で料理も魔術陣を描くのも庭に出るのも禁止されているので、本を読むことにする。だが本を広げたはいいが、師匠とマリーベルのことを考えてしまい、内容が頭に入ってこない。
そういえばあの2人だけでお出かけって大丈夫なのかな……
物騒な思考の2人を止める人がいないことにちょっと心配になる。
あの時みたいに襲われたり何か問題がなければ大丈夫だよね!何も問題が起きませんように!!
*
メルリーユが問題が起きないように祈っていた頃、フレデリックとマリーベルは仕立て屋へ向かっている所だった。
「昼食は何か買って帰りませんか?一応姫様には食事を用意してありますが、甘いものを買って行ったら喜ばれると思いますし。あなたと2人で食事をとる意味がわかりませんから」
「同感だ。俺もお前と2人で食事する気はない。さっさと買い物して帰るぞ」
「当然です」
メルリーユがいないことでフレデリックとマリーベルはギスギスしていた。フレデリックはマリーベルを気にすることなく足早に歩いて行く。メルリーユがいれば歩調を気にするがマリーベルに対してはそんな気遣いはない。フレデリックにとってメルリーユは特別な存在だ。元々気にかけていたこともあり、他の人とは違う存在だったが、メルリーユが襲撃の事で珍しく落ち込んだ一件からかけがえのない存在になった。
メルリーユを励ます言葉を探していたら、自分がずっと欲しかった答えを見つけたのだ。フレデリックはずっと家族以外の『誰か』に愛されたかった。それは血縁も魔力も何も関係なく、ただのフレデリックに価値があると誰かに証明して欲しかった。どこかで自分のことを価値がない人間だと思っていたから他人に証明して欲しかったのだ。だが他人に求めるから思い通りにならず苦しい。自分で自分のことを価値がないかもしれないと思うことをやめる。自分が『ただのフレデリックにも価値がある』と、ブレない芯のようなものを持っていればいいのだと気づいた。
それだけでもフレデリックにとっては気づかせてくれたメルリーユに感謝していたし、もっと特別になった。
それなのにメルリーユはずっと欲しかった『他人からの愛情』をあっさりとくれた。人から愛されることで価値を測ろうとしなくてもいいと思ったら、ずっと求めていたことが叶うとは皮肉である。他人からの愛情を求めなくてもいいと思ったが、他人から『大好き』と言われるのは、嬉しい事に変わりはない。
そういう訳でフレデリックにとってメルリーユは特別な存在だ。可愛いと思うし、メルリーユの幸せのためなら自分にできることは全力でやると決めているし、傷つけるものは手を出したことを後悔させるほど潰すと思っている。
(ドミニク様との結婚は、メルが確実に幸せになれる訳じゃないからダメだ。情勢が不安定だし、ドミニク様はまだ信用できない)
フレデリックはドミニクがメルリーユに求婚した時の事を思い返す。あの時、ドミニクにフレデリックもメルリーユと結婚したいのだろうと言われて何故か焦った。無意識の内に抑え込んでいた何かを暴かれそうな気がしたのだ。
(メルに結婚の話はまだ早い)
16歳で成人なので、13歳のメルリーユに婚約の話があるのは普通なのだが、フレデリックはイライラしてきた。それが何故かはわからないままフレデリックは歩を進める。人との関わりが圧倒的に少なかったフレデリックは、メルリーユに対する重すぎる感情の名前を知らなかった。残念なことにフレデリックは恋の自覚がなかったのだった。
フレデリックがメルリーユの事を考えながら歩いている間に仕立て屋についた。結構な速さで歩いていたが、振り返ると少し離れた場所にマリーベルが見える。女性にしては背の高いマリーベルは長い足と、侍女で培った体力と、フレデリックへの対抗心で食らいついていたのだった。
マリーベルがすぐに追いつくことを確認したフレデリックは仕立て屋に入る。中に入ると仕立て屋のソニアが出迎えてくれた。
「まあフレデリック様、いらっしゃいませ。本日は仮縫いですね」
「ああ。マリーもいる」
フレデリックがソニアと話しているとマリーベルも中に入ってきた。
「お嬢様もいらっしゃいませ。すぐに準備しますね。ちょうど昨日息子が仕入れから帰って来たんですよ」
「ヴァレリーか。そう言えばいなかったな」
人にあまり関心がないフレデリックはソニアの息子の姿がない事を特に気にしていなかった。そんなフレデリックに苦笑しつつ、ソニアは息子を大声で呼んだ。
「何?母さん。そんな大声で……」
店の奥の扉から姿を現したヴァレリーは、マリーベルを目にすると固まった。ヴァレリーは20代半ばのこの仕立て屋の跡取り息子だ。フレデリックより少し背が低いが、マリーベルよりは高く、母親似の肩にかかる長さの暗い金髪を後ろで1つに結んでいる。フレデリックのような人目を引く男性ではないが、緑の瞳が優しげな好青年だ。
ヴァレリーは赤い顔をしてフラフラとマリーベルに近づいて行く。
「ヴァレリー?」
「マリー、知り合いか?」
「いえ……」
母であるソニアもフレデリックもマリーベルも困惑する。そんな戸惑いの中、ヴァレリーは3人を気にすることなくマリーベルの前に跪いた。割と最近、こんな光景を見たなとフレデリックが思っていたら、ヴァレリーが口を開いた。
「一目惚れしました!結婚してください!」




