28話 ガーデニング
師匠が町に向かってから、私は落ち着かずソワソワしていた。師匠のお兄様が送ってくれた中に野菜の育て方の本があったので、それを広げていたのだが、内容が全く頭に入って来ない。
そうしている内に昼食の準備の時間になり、気もそぞろにジャガイモを切ろうとしたら、危うく指を切りそうになって調理場立ち入り禁止になってしまった。昼食も何を食べたか記憶にないまま師匠の帰りを待つ。
昼食を食べ終わり、食後のお茶を飲んでしばらくしたら師匠が帰ってきた。急いで門に向かうと、こちらの心配を他所に、師匠は慌てている私を不思議そうに見ていた。
こんなに心配してたのに……!まあ無事でよかったけど!
釈然としない気持ちのまま結界に触れ、許可を出す。
「お帰りなさい、師匠。何事もなかったですか?」
「……ただいま。ああ、監視はいるが、襲われることはなかった」
小さな声でそう言い、視線だけを木々の間に向けた。多分その辺りに監視がいるのだろう。とりあえず荷物を運ぼうということになり、師匠と一緒にいたドミニク様にも立ち入りの許可を出す。
「姫様!お会いできて嬉しいです」
私は特に嬉しくないので、曖昧に笑って誤魔化す。この前のことがあるから警戒していたが、監視がいるため、ドミニク様は私への接触は控えているようだ。その辺の分別はあるようで安心した。荷物を運び終わるまで私は玄関ホールで待機だ。……荷物、持てなかったからね。
今回はドミニク様も手伝ってくれたので、すぐに終わった。先に馬1頭と荷馬車を転移の魔術で町役場に送り、もう1頭の馬とドミニク様が帰ることになった。帰る前に小声で「姫様ともう少し一緒にいたいですが、怪しまれない内に帰ります」と言ってから大声で「私に手間をかけさせるな!」と言って転移して行った。
……思ってたより器用な人だったんだなぁ。
ちょっとだけドミニク様を見直した。
そして25の日。待ちに待ったお休みの日がやってきた。昼食後に庭に出る。
「早速植えましょう!」
両手を腰に当て、やる気満々の私に、何かの魔術陣を発動させていた師匠が呆れた顔を向けてきた。
「待て。その前に土を入れ替えなければならない」
「では先にレンガを並べる方がいいのではありませんか?」
師匠とマリーベルの言葉に自分が先走りすぎていたことに気づいた。反省。
私はレンガを運ぼうと、庭の端にまとめてあるガーデニング用品一式に向かって歩き出した。
「いや、庭師がやるような土の入れ替えをしないから、レンガは後の方がいいな」
師匠は私とマリーベルに少し離れるように言うと、地面に魔術陣を描き始めた。中腰になり魔術ペンで直接土にガリガリ描いていく。よく見たら師匠の魔術ペンではなく、黒一色の魔術ペンを使っている。多分以前私が使わせてもらっていた魔術ペンだろう。
拭けばいいけど汚れるの嫌だし、ちょっと削れそうな気がするもんね。売るって言ってたけどいいのかな……
師匠が作ったものだし、どう扱おうといいんだろうと納得させる。使ってしまったものはしょうがない。
簡素な魔術陣から初級魔術陣だと推測する。直径は立った人が余裕で5人入れるくらいなので、それ程大きくはないが腰が大変そうだなと思いながら見ていたら、ふと疑問が湧いてきた。少し大きめの声で師匠に聞いてみる。
「師匠ー土の属性の魔術陣を使って土を出すことはできないんですか?」
「できるけど、その土は土の属性じゃないんだ」
「えっそうなんですか?」
「それができるなら土の属性の土地が狙われることもないだろう。金の属性の魔術陣を使っても金を出すこともできないぞ」
確かにそれができたら魔術師がいればどこの国も豊かで、土地を巡って争いが起こることもないだろう。
「じゃあ金の属性ってどんな魔術が使えるんですか?」
「硬い性質から防御にも攻撃にも使えるぞ。あとは天候にも関係する」
「えっ天気操れるんですか!?」
「一時的だぞ。それに魔力消費量が多い」
それでもすごい。
師匠は説明を終えると、とっくに描き終わっていた魔術陣を発動させるために手をかざす。
「発動させる。一応気をつけてくれ」
そう言ってから魔術陣を発動させると師匠も素早くその場を離れた。すると光っていた魔術陣から小さい火の球が1つ真上に飛んで行き、ほどなくして消えた。次の瞬間ドンッと少し地面が揺れた。私は驚いて思わず近くにいたマリーベルにしがみついた。そのまま魔術陣が描かれていたあたりを見て絶句する。
えっ何?何が起こったの?
魔術陣が描かれていた周辺の土がごっそりとなくなっていた。深さは私の膝くらい、直径の大きさはさっきの魔術陣が二つ入りそうだ。
「……しまった。少し陣が大きかったか」
師匠の呟きが聞こえた。
「し、師匠、どういうことですか!?」
私は動揺していたが師匠は平然としている。私はまだ心臓がバクバクしていてマリーベルにしがみついたままである。言葉を発しないがマリーベルの顔からも困惑が読み取れる。そんな私たちにお構いなく師匠が説明する。
「紙に描いた魔術陣は消えるだろう?あれと同じだ。だから基本的に紙と布以外に描くなよ。言い忘れていたが、布も魔力を込めて織られた布以外は消えるぞ。襲われて紙が手元になくて地面や壁に描くしかない時は、魔術陣の周辺も消えるから術を発動したらその場を早く離れるように。紙と布以外に描こうとする者は少ないから意表を突けるぞ」
……そんな場面には遭遇したくないものである。
私がちょっと引いている間に師匠は反対側も魔術陣を描き終わっていた。今度はさっきより少し小さめだ。「発動するぞ」という師匠の声に構えていたが、魔術陣が小さかった上に何が起こるかわかっていたため、さっきほどの衝撃はなかった。
その後は抉れた地面の形を整えながら送ってもらった土の属性の土を入れて行く。ようやく普通のガーデニングっぽい作業に少し安心する。
だって普通、ガーデニングで土を入れ替えるのに、魔術を使って土を消すなんて方法取る?効率的だとは思うけどさ……
庭師は平民で、魔術師ではないからこんな方法はとれないだろう。魔術師でも紙と布以外に描くことは稀なことらしいので、魔術師もやらない方法だろう。
私は耕したり穴を掘ったり、物を入れ替えるような魔術陣はないのかなと思っていたけど、土そのものを消すとは思わなかった。
ちなみに今は認識阻害の魔術が発動しており、監視からは見えてはいるが理解ができないようで、『庭で何かしていた』ということしかわからないそうだ。
抜け目がない……
師匠が普通ではないことを改めて思い知って、遠い目になったことは仕方ないと思う。




