26話 趣味
宰相たちを見送って、今私とマリーベルは昼食の料理中だ。宰相たちとの話が長くなり、お昼の準備がちょっと遅くなってしまったので、あまり時間がかからないものを作ることになった。パンとオムレツ、野菜スープだ。私は今日はオムレツに挑戦するつもりだ。
料理人を入れるの阻止できてよかった〜。
私は鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌でガラス製のボウルの中に割った卵を混ぜていたが、スープに入れる玉ねぎを切っているマリーベルの顔は浮かない。
「マリーベル……どうしたの?」
「……家庭料理しか作れず申し訳ありません」
どうやら先程ドミニク様に言われたことを気にしていたらしい。
「私はマリーベルと料理ができて嬉しいわ。それに……これは大きな声では言えないけど」
そう言って私は声を潜める。
「城で食べる食事より、ここでマリーベルが作った食事をみんなで食べるほうが美味しいわ」
目を丸くしたマリーベルだったが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべる。
「それは姫様がご自身で作ったという達成感も上乗せされているからでしょうね」
「それもある!」
私が胸を張るとマリーベルはクスクス笑い出した。マリーベルの雰囲気が和らいだのを感じて安心する。
「それにね、もし私が一人でお料理しなくてはならない状況になったら、宮廷料理を作って食べてる場合じゃないと思うのよ」
ドミニク様のような貴族に嫁げば、私が料理することはないだろう。だがもしこの館からも追い出され、市井に放り出されたらきっと生活に余裕なんてないはず。そうなったら高そうな食材や調味料を使って時間をかけて作る宮廷料理より、町で簡単に買えるもので作れる家庭料理を覚えた方がいい。
「……それもそうですね。でも姫様がお一人で料理されるような状況には絶対にさせません」
にっこりと笑ったマリーベルに「あ、ありがとう……」としか返せなかった。
……だって反論は許しませんって顔に書いてあったんだもん。
「そういえば師匠はお休みの日は何をされてるんですか?」
出来上がった昼食を食べながら、ふと気になって師匠に聞いてみた。オムレツを食べていた師匠は手を止める。ちなみに師匠のオムレツはマリーベルが作った綺麗なものだ。私が作ったオムレツは焦げていたり綺麗な形にまとまらなかった。マリーベルが最初それを師匠の前に置こうとしたから全力で止めた。「……フレデリック様に召し上がっていただきたいのでは?」と含みがありそうなマリーベルに言われたけど、せっかく食べてもらうならもうちょっとうまくなってからがいい。そういう訳で私は自分で作った見た目はイマイチのオムレツを口に運ぶ。
……うん、ちょっと焦げたけど美味しいもん。香ばしくっていいよね、うん。
私がオムレツに思考を持っていかれている間に師匠は師匠で考えていたようで、少し首を傾げる。
「……魔術陣を描いたり、メルたちの魔道具を作ったり……?」
「えっ休んでないですよね。趣味とかないんですか?」
「…………趣味……?」
な、なさそう。
「メルの趣味は?」
「私は本を読んだり、庭を散歩したり……最近は料理も楽しいです!」
「……そうか。じゃあ今度兄に本を送ってもらうか。あとは庭の散歩か。ここの庭は狭いし何もないから散歩のし甲斐はないな。……土と花の苗でも送ってもらうか?」
「じゃあ食べれらるもの育てたいです!」
「それはいいですね」
買うものを少し抑えられるし、新鮮なものを食べられるということでマリーベルも賛成した。師匠は庭が狭いと言ったがそれは貴族の館にしてはということだろう。確かに散歩するには少し物足りないが、作物や花を植えることは十分可能だ。とりあえず植えたいものを言っていく。
「私、桃食べたい!」
「桃ですか。木ですね……しかも食べられるまで数年かかります」
「……成長を早める魔術陣を作るか」
しれっと呟いた師匠にぎょっとする。師匠がすごすぎる。
「そんな魔術陣ができたら平民の仕事がなくなるのでおやめ下さい」
「それもそうか」
マリーベルの指摘に師匠も納得する。結界があっても中の様子が見えない訳ではない。それなのに作物が急激に成長していたら、監視役から城に報告されてしまうだろう。
「桃はしばらく収穫できないから、他にも植えたらいいんじゃないか」
「私は長期保存できない野菜がいいです。ほうれん草とかキュウリとか……」
「それも植えるか。食べ物ばっかりだな。花はいいのか?」
「師匠はお花を植えたいですか?」
「……花を見ながらなら、狭くても多少散歩が楽しめるかと思っただけだ」
眉を寄せ、恥ずかしそうに視線を逸らす師匠。その様子に口元が緩む。
……師匠は本当に優しいなぁ。
私のために今まで何もしていなかった庭を改造してくれると言う。それがわかったら私は嬉しくて、ますます笑みが溢れるのを止められなかった。
「花を植えたら師匠も一緒に散歩しましょうね」
「……その前に植えたり世話したり大変だぞ」
「それも一緒にやりましょう!意外とハマるかもしれません」
ニコニコしていると師匠もフッと力を抜いて「そうだな」と言って微笑んでいた。
師匠にも趣味ができたらいいな。それでもっと楽しそうに過ごしてくれたら嬉しい。そうしたらきっと私はもっともっと嬉しい。
私にとって師匠はもう、マリーベルと同じくらい大事な人なのだ。




