25.5話 宰相の思惑
宰相――ルドルフは結界の館からの帰り道、馬車の中で先程の館での出来事を思い返していた。すでにドミニクとは別れており、馬車は王都の公爵邸へ向かっている。
(まさかあのフレデリックがあんな顔をするとはな……)
メルリーユを安心させるために柔らかく笑ったのだ。フレデリックの笑顔なんて作り笑いしか見たことがなかったルドルフは非常に驚いた。ルドルフが知るフレデリックとは、恐ろしく優秀なため周囲の思惑に振り回され、心を閉ざしてしまった青年という印象だ。
心を閉ざした一因に少なからず関わっているルドルフは、ずっと気にはなっていた。だがフレデリックが外交官になるということは、国外に優秀な人材を奪われる可能性を考えると、宰相としては許可することが難しかった。それは国王や他の大臣たちも同じ考えだった。
その後、王妃がフレデリックを結界を張らせるために館に送ると言い出し、国王もそれを許可したと聞いた時には、宰相であるルドルフにもどうすることもできなかった。
新年祭で見るたびに年々荒んでいくフレデリックを不憫には思っても、下手に自分が動けば、さらにフレデリックを苦境に立たせてしまうことをルドルフはわかっていた。
国王の息子であるヘクターが年齢を重ねれば重ねる程、次期国王にしていいのかという不安の声が大きくなって行った。
そこに目をつけたのが、フレデリックの父母である。水面下でフレデリックを支持する者を集めていった。
王妃もヘクターを不安視する声があることを知り、なんとしても自分の息子を王にしたい彼女は実家の公爵家も巻き込み、フレデリックの父母の派閥と競うように、息子の支持者を集めた。その結果今この国ではこの2つの派閥が幅を利かせるようになってしまった。
直系の王族である国王は、王族とフレデリックしかいない特級魔術師ではあるが、それにしては魔力量が少ないため、王妃やヘクター、フレデリックを支持する者の方が多い。
さらに魔力量が多くはない国王、傍若無人な振る舞いが目立つ王妃やヘクター、王族ではないフレデリックを支持するくらいなら、前王弟の血筋から王を選んだ方がいいのではないかと言う者たちまで出だした。
こんな状態で、ルドルフが公にフレデリックを擁護すれば、宰相がフレデリックを王に望んでいると思われてしまう。フレデリック自身に野心があれば、ルドルフはフレデリックを支持してもいいと思っていたが、新年祭で両親が集めた支持者がごまをすりに来た際に、心底面倒そうにしていたことから、その考えを捨てた。
ただルドルフとしてはヘクターが王座につくことは避けたい。『"王"とは自分の好きなように国を動かすことができる者』と思っているヘクターが王になれば、国は滅ぶだろう。
国の混乱が少なく世代交代するには現在の王の子供が望ましい。だが1人は性格に、1人は魔力量に問題がある。
そんな現状にルドルフはため息をつく。
(姫様にせめて陛下ほどの魔力量があればよかったのだが……)
ルドルフは今度はメルリーユに思いを馳せる。
幼い頃から家族から見放され、孤独に生きてきた少女。ルドルフが彼女を見るのは、王が用件を伝える時か城内を移動している姿くらいだった。いつも悲しげに顔を伏せて、言われたことを静かに受け入れる大人しい姫という印象だった。だが表面上は大人しくても、これだけ冷遇されていれば腹の中では怒りや恨みが溜まりに溜まり、ヘクター以上に底意地が悪いだろうとルドルフは思っていた。そうなるのも仕方がないし、それを表に出さないだけマシだ。人間、腹の中では碌な事を考えていないものだと、ルドルフは自身を当てはめてよく理解していた。
そう思っていたのに、息子であるドミニクから襲われた時の状況を聞き、今日初めてしっかり言葉を交わして自分が思い違いをしていたことを痛感した。
(よくこの生い立ちで真っ当に育ったものだ。悪意というものを感じない。ドミニクが天使や女神に例えていたが、同感だ。まあそんなことを言ったら姫様は困った顔をされるのだろうが)
その様子を思い浮かべ、思わずルドルフは小さく笑う。新年祭では取り繕った顔で参加していたようだが、本来のメルリーユは思ったことがすぐに顔に出てわかりやすい。悪意や打算もなく純粋に相手のことを思いやる。だからあれだけ頑なだったフレデリックの心を開いたのだろう。メルリーユも彼を信頼していることが伝わってきた。
だからこそメルリーユに魔力が少ないことが悔やまれる。メルリーユを王にし、伴侶にフレデリックを迎えるのがいいのではないかと本当に少数だがそんな意見があるのだ。
(姫様とフレデリックが結婚するのは、今日の様子を見るにいい案だろうと思う。息子には悪いが)
息子のことは可愛いが、冷静に周りを見れるルドルフには、メルリーユにドミニクへの気持ちが一切ないことはわかっている。それにドミニクは自分と結婚するのが派閥に影響を与えないと言っていたが、そうとも言えないのだ。
(殿下より姫様を王にする方が国のためにはいいだろうが……)
そう簡単にはいかない。そもそも女性が王になる例は少ない上、メルリーユ自身に魔力量が少ないという瑕疵があるため、いくらフレデリックを伴侶にしたとしても、反対する者は多いだろう。加えてルドルフにはメルリーユが王に向かないこともわかっていた。善良で優しいことは長所だが、王には多少の悪辣さが必要だ。時には非情な選択をしなければならない王に、メルリーユは向かない。さらにメルリーユには圧倒的に教養が足りない。頭が悪いわけではないし、素直で真面目なため、教えれば吸収するだろうが、時間が必要になる。ヘクターが幼少期から受けている王に必要な教養を、メルリーユに一気に詰め込まなくてはならない。
それを考えるとフレデリックの方が王に向いているのだ。必要であれば、非情な選択をすることに躊躇いはない上に、稀に見る頭の良さ。圧倒的にメルリーユよりも支持者が多い。足りないのは血筋と本人の意思。
足りない血筋はメルリーユと結婚することで補える。メルリーユが結界の館に送られることに喜んだフレデリック派の人たちは多い。
メルリーユが館に送られると聞いた時、ルドルフは疑問に思った。ヘクターや王妃もフレデリック派がメルリーユと結婚させようとしていることは知っているはずだ。それなのに館に送ったということは何か意味があるはずだ。ドミニクも知らないようだが、刺客が現れた事からも何らかの計画が進行しているのだろう。調査をさせているが結果は芳しくない。水面下で何かが動いている事は確かなのに、それが掴めないことがもどかしい。
ルドルフはドミニクを救うよう願い、息子を更生させたメルリーユに本当に感謝している。フレデリックにもできることなら平穏に過ごさせてやりたいと思っている。それでも宰相として国のことを考えなくてはならない。今後のことを考えると2人共、争いに巻き込まれることは必至だ。
(まずは今日のことを報告だ)
ルドルフは自分の主に報告する事柄を整理する。そう、表では中立派と謳っているルドルフだが、数年前から秘密裏にある派閥に属していたのだった。




