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1話 城からの追放

それは突然だった。


「メルリーユ。お前をフレデリックの管理する結界の館に預けることにした」


 いつも通り一人で朝食をとっていたら、急に父である王に呼び出されて告げられた。突然のことに驚く私を、お母様とお兄様は嘲るように笑って見ていた。


「……な、なぜでしょうか……」

「……お前の命が狙われているという情報が入った。安全のために、結界の館に避難するように」

「もともとお前が城にいても役に立たないだろう。どこにいたって同じだ。王族なのに下級魔術師とは情けない」


お兄様の言葉に、私は唇をぎゅっと噛み締める。


 魔力量は血統でほとんど決まる。ただ稀に血統から外れた者が出るため、そういう人を区別するために個別の呼称が与えられる。私は王族なのに、下級貴族並みの魔力しかない下級魔術師だそうだ。


「必要な荷物は全て持って、昼の鐘の後に移動しなさい」


 お母様の言葉の意味がわかって体が震え出す。そしてゆっくりと絶望感が広がっていく。


 ああ……私、もう城に戻ることはないのね……


 もともと私はこの13年間、ほとんどいないような扱いだった。それなのに命を狙って得をするような人はいない。体よく追い出すための嘘なのだろう。


私のこれまでの努力はなんだったの……?

 

 これでも家族に愛されたくて、自分のできる範囲で努力してきた。最低限のマナーや歴史しか教えてもらえなかったため、侍女に聞いたり、本を読んで勉強したりした。交流を持とうとお茶に誘ったり、庭園や廊下ですれ違ったら話しかけたりしていた。冷たくあしらわれても、いつか「私」を見てくれるかもしれない。いつか愛されるかもしれないと頑張ってきた。でもそれが叶うことはなかった。結局は魔力量が全てなんだ。

 家族にとって私の存在は、恥でしかなかった。そもそも家族と思われていないのだろう。


 ……魔力が少ないって、存在を無視されるほど悪いことなの?


 怒りや悔しさ、どうにもならない無力さを感じて強く手を握りしめる。俯くと肩より少し長い金色の緩い癖毛が、歪む表情を隠してくれた。私の黄緑の目には薄らと涙が浮かんでいるだろう。そんな私を見るお父様の顔には何の表情も浮かんでいなかった。

 

「……もう下がってよい」

「……失礼します……」


 なんとか声を絞り出し、退出する。扉が閉まると微かに「せいせいしたわ」というお母様の声が聞こえてきた。私はこれ以上聞きたくなくて、扉の外で待機していた侍女のマリーベルを連れて、足早に自室に戻った。




「マリーベル、午後にフレデリック様の館に移動することになったから、悪いけど急いで荷物を全てまとめてくれる?」

私は悔しい思いと諦めの思いを胸に、それを表に出さないよう、部屋に戻ってすぐに何でもないことのようにマリーベルにお願いをする。

 私の言葉にマリーベルが目を丸くして、いつも冷静な彼女にしては珍しく大きな声を出した。


「どういうことですか!?」

「私、ついに捨てられるみたい。なんか命が狙われてるとか言われたけど、私が死んでも何も影響ないのに、そんな嘘つかなくてもいいのにね」


 暗くならないように、努めて明るく言う。けどマリーベルの周囲の空気の温度が下がった。


「……陛下たちは……一体どれだけ姫様を蔑ろにしたら気が済むんですか……」


 声量は抑えられているけど、怒りが滲みまくっている。私が睨まれているわけではないけど、怖い。普段冷静な分、怖い。私が射殺されそう。


 物心ついた時から仕えてくれているけど、ここまで怒るマリーベルを初めて見た。この城の中で唯一の味方である彼女が怒ってくれたことで、家族だと思っていた人たちは、やっぱり家族ではなかったのだと思った。彼らから愛情らしいものを感じたことがない。そういった温かなものはマリーベルからしか与えられたことがなかった。

 私はマリーベルにぎゅっと抱きついた。


「ありがとう、マリーベル……私の家族はあなただけだわ」

「姫様……それは、私もです」


 そう言ってマリーベルも強く抱きしめてくれた。昔から変わらないぬくもりに包まれて、傷ついた心が癒される。しばらく心地良いぬくもりに身を委ねていると、段々と悲しみよりも怒りの方が大きくなってきた。


 そっちがその気なら、私だってもう知らないわ。結界の館で今までできなかったこと全部やってやるんだから!

 

 家族への未練をスッパリ断ち切った私は、まだ怒ってブツブツ呪いのような言葉を吐いているマリーベルの腕の中からそっと離れて眺める。


 マリーベルは大切だ。それこそ家族だった人達とは比べ物にならないくらい。だから幸せになってほしい。


「ねぇマリーベル。あなたはこれからどうする?」

「もちろんお供します」

「それはとっても嬉しいんだけど……結婚が難しくなると思うの。そろそろ相手を探さなくていいの?」


 マリーベルは25歳だったはず。20歳前後で女性は結婚することが多いこの国で、結界の館に行ってしまったら、出会える貴族がフレデリック様だけになってしまう。1年の始まりの新年祭には参加しなければならないから、そこで出会えるかもしれないけど確実に出会いの機会が減ってしまう。

 普段は茶色い髪を後ろで低い位置にくるりと纏めて、キビキビと働き、私以外には感情を出さないため、冷たい印象を持たれるが、誰にも見向きされない私を慈しんでくれるほど優しい人だ。本気で探せばいい人と巡り合えると思う。


「姫様、ご心配なく。家の利になる結婚をするくらいなら平民と結婚します」


 圧強めにニコリと笑ったマリーベル。

 私は「そう……」とちょっと引き気味にしか言えなかった。


 だって怖いんだもん。


 まあ気持ちはわかるわ。私も今の扱いのくせに、突然どこかに嫁げって言われたら嫌だもの。なんとか逃れてやるわ。

 

政略結婚は貴族や王族の務めだと言われても、それならそれに相応しい扱いをして欲しい。

 魔術が学べるのは貴族だけ。そして魔術を学ぶのは当たり前。だから個別の呼称に「魔術師」とつく。だけど私もマリーベルもほとんど教わっていない。それは貴族や王族と認めないと言われているようなものだ。


「私は庶子ですからどうにもなりますが、姫様は……」

「うーん……私も政略結婚は嫌だから断固拒否しようと思ってるけど……そもそも城にも置いておきたくないということは、ずっと館に閉じ込めるつもりかしら?」


 閉じ込めると言ってもそれぞれの結界は、私とフレデリック様の許可があれば出入りできるだろうけど。

 

 ……しまった。マリーベルの怒りが増してしまった。これ以上マリーベルの怒りが大きくならない内に話を逸らすことにする。


「荷物は多くないけど、昼の鐘の後には移動しなくてはいけないのだから早く準備しましょう?館にいらっしゃるのがフレデリック様だけなら、城にいるより館にいる方が気楽かもしれないわね」


 そうだわ!城ではできなかったことができるかもしれない。料理とかマリーベルとご飯とか、魔術の本が読めたりとか!


 やりたい事を思い浮かべたら、城にいるより自由で楽しそうに思えてきた。

 私の気持ちが前向きになったのがわかったマリーベルは、苦笑しながら頷いて準備に取り掛かってくれた。

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