10話 お金のこと
様子がおかしい師匠は気になったが、夕食の準備の時間だったので、今日の魔術講義は終了した。
楽しかったー!明日も新しいこと学べるんだ。楽しみだなー!
上機嫌で夕食の準備を手伝った。夕食はステーキ、付け合わせに玉ねぎと人参のグラッセ、じゃがいものポタージュを作った。……ほぼマリーベルが。いや私も野菜を切るのを頑張った。今回は玉ねぎを切った。目が痛くて大変だった。他にも切りたかったけど、涙が止まらなくて断念。うう。
食事ができて、食堂へ運んだら、呼び出しの魔道具でマリーベルが師匠を呼ぶ。なんとこの魔道具、師匠がこの数日で開発してくれた新しい魔道具なのだ。
火の魔道具のように対になった魔石の1つを食堂に、もう1つを師匠が持っている。その魔石に魔力を注ぐと光が点滅するのだ。
普通は使用人を呼び出す時はベルを使い、それ以外は人が遣わされる。その魔道具があれば、城のような広い場所ではとても役に立ちそうなので、国に報告しないのか師匠に聞いたら冷笑を浮かべて「……ハッ」と言われた。
…………うん。もう余計なことは言わないでおこう。
過去のやり取りを思い出している内に師匠がやって来て、ご飯を食べる。師匠はもういつも通りになっていて安心した。いやちょっとだけ違うかもしれない。ステーキを食べていた師匠が「フッ」と小さく笑った。その笑みが前よりも、なんだか優しく感じたのだ。
「メルは玉ねぎを切ったのか」
師匠がフォークで持ち上げた玉ねぎがきちんと切れてなくてびろーんと繋がっていた。師匠の様子を気にしている場合ではなかった。私は真っ赤になって言い訳をする。
「涙でよく見えなかったんです!最初は綺麗に切れてたんですから!」
「そうか」
師匠はそう言いながら信じていないようで笑っていた。……確かに師匠のお皿の玉ねぎは太いものが多い。私のお皿の玉ねぎは細いものが多い。
まさかマリーベル……?
そう思いマリーベルを見るが、マリーベルは何食わぬ顔で食事している。私の視線の意味に気づいたのか「気のせいですよ」と涼しい声で言う。
わざと!?わざとなの、マリーベル!
マリーベルのグレーに近い、黒い疑惑が生まれた。
それでもそんな会話も楽しくて。私はお肉を口に入れて、幸せな気持ちと一緒に噛み締めた。
食後のお茶を飲んでいたら師匠が明日の予定を口にした。
「明日館から出たいのだが……」
「何処かへ出かけるんですか?」
「いや、結界の外に出て転移陣で荷物を送ってもらうんだ」
館の中は防犯面から外からの転移陣の使用が禁止されている。了承の返事をしたら、マリーベルが「外に出るついでに食材の買い物に行きたいです」と言った。
町に行くってことだよね。私も行きたい!
師匠を見ると眉を寄せて難しい顔をしていた。
「買い物か……」
「保存食は大量にあるのに、野菜が少なすぎます」
「あんまり料理しないからな」
「料理できるんですか?」
「肉や野菜を網に乗せて焼く」
「それは野営です」
「多少食べなくても問題ない」
「倒れていたのは誰ですか」
「寝てただけだ」
相変わらず屁理屈をこねる師匠とマリーベルの会話を黙って聞いていると、師匠の生活力のなさにびっくりする。人のこと言えないけど。よく乳母が亡くなってから生きてたなと思う。
「町に行くのなら、準備が必要だ。今日の講義はなしでいいか」
何の準備が必要なのかわからないが、行けるのなら文句はないので頷く。
あっお金の準備?でもカードの魔道具使うから準備なんていらないか。
「そういえばメルはお金のこと知ってるのか?」
「カードの魔道具を使うことは当然知ってますよ!」
得意げに胸を張る私に、残念な子を見るような目を師匠が向けてきた。
「カードの魔道具は貴族の間か貴族御用達の店でしか使えない」
そうか。魔力がない平民にはカードの魔道具が使えない。
「じゃあ平民はどうしてるんですか?」
「硬貨を使ってる。小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨…あとは平民はあまり持っていないがダイヤ付き金貨」
「えっダイヤモンドですか!?」
「大金貨100枚でダイヤ金貨1枚だ。ただそれだけの大金を使う人は大概貴族だから、カードを使うことが多い」
ほうほうと聞いていたが、正直私は物価がよくわからない。でももっと大変なことに気付いた。
「私、カードはありますけど、硬化は持っていません!もしかして町に行ってもお買い物できないんですか!?」
「あー……財務に連絡したら交換してもらえるが……マリーも持ってないのか?」
「私は多少は持っていますが、今後のことを考えると交換したいです」
そこまで言ってマリーベルはため息をついてから、続きを話す。
「……ですが今まで通り大銀貨5枚までしか交換できないんでしょうねぇ……」
マリーベルが遠い目をする。
そう大銀貨5枚以上のお金を使おうとするとお母様たちに連絡が行くようでそれ以上使うことが出来なかったのだ。
マリーベルの言葉に師匠が戸惑いながら尋ねる。
「……大銀貨5枚?……5日で5枚ということか?」
「月で5枚です」
マリーベルの言葉に愕然とする師匠。「嘘だろ……商人の稼ぎよりも少ないじゃないか……」と小さく呟く師匠の言葉で、私が月に使えるお金が平民よりも少ないということがわかった。
だからドレスがお母様……いやもう母と呼ぶのも嫌だな。王妃様でいいか。そう、だから新年祭の時に王妃様や出席してる人のドレスと比べて、私のドレスが地味だったわけだ。使えるお金がちょっと稼いでいる平民より少ないとは。そこまで少ないとは思わなかった。
でもまあ城では質素でも着るものはあったし、ご飯は食べられたし、本もあったから、新年祭で少し惨めな気持ちを我慢すれば、そこまで困らなかったしなぁ……
あっでもこれからは全部自分で買わないといけないのか。……あれもしかして足りないのかな。
師匠に聞いてみようと思ったけど、師匠は呆然としたままだ。生粋の上級貴族の師匠からしたら考えられないんだろう。今もシンプルだけど仕立ての良さそうなシャツとベストとズボンを身につけている。シャツの襟とベストには精緻な刺繍もしてあって、知らない人が私と師匠を見たら間違いなく師匠の方が身分が上だと言うだろう。
「冷遇されていたのは知っていたが……魔術も教えないし、十分なお金も与えない……それなのに自分達は豪遊か。本当にどうしようもないな」
師匠が……師匠が静かに怒っている。なんか怒り方がマリーベルに似ている。怒鳴らないけど静かに冷気を放ってる所とか。
何でこんなに怒ってるんだろう。始めの頃はともかく、今は魔術を教えてくれるから嫌われてはないと思うけど、マリーベルのように大事に思われているとは思えない。
私が不思議に思っていると、マリーベルが「あなたにもわかりますか」と言い、しばらく2人で見つめあったかと思うと急にガシッと握手し出した。
ええ……なんなの?
もしかしたら2人ってすごく気が合うのかな?マリーベルにいい人、見つかってよかった〜。マリーベルの実家がうるさそうだけど、そこは師匠がなんとかするでしょう。




