閑話 メルリーユという姫様
俺は生まれてからずっと他人から魔力でしか評価されたことがなかった。いや他人だけじゃない。親も親族もそうだった。例外だったのは、兄と乳母だった叔母のカリーヌだけだ。この2人のおかげで完全にやさぐれずに済んだ。
小さな頃から人は俺個人ではなく、魔力しか見てくれないことに何とも言えない悲しさを感じていた。それは年々癒えることなく、増していく。「お前は我が家の誇りだ」と言う父は、「あなたは私の大切な宝物よ」と言う母は、俺に魔力がなくても、同じ言葉をかけてくれるのだろうか?
そんなことはないということは、兄への扱いを見ていればわかる。兄は普通に血統因子通りの上級魔術師だ。それなのに血統因子外れの俺のせいで不遇の扱いを受けていた。
兄から嫌われてもおかしくなかったのに、兄は俺を可愛がってくれた。そんな兄はよく「ごめんね、フレッド。僕にもっと力があればよかったんだけど……いずれ潰すから待っててね」と言っていた。
………………いや、流石にもうそんなこと考えてないよな。最近は口に出さないだけとかないよな。
兄は一見爽やかで優しげな雰囲気だが、腹黒い。腹黒いことを両親は知らないと思う。
兄からは十分に愛されていることはわかっていた。カリーヌもだ。実の母親より愛情を注いでくれた。
それでもどこかで、2人とも家族だから愛してくれるのではないか、血の繋がりがなければ他の人と同じなのではないかという思いは拭えない。
……誰か1人だけでいい。血の繋がりも何もない他人から愛されたい。友情でも恋情でもいい。他人からただの「フレデリック」として愛されたい。魔力だけが俺の価値だと思いたくない。
屋敷の使用人、お茶会で出会った貴族たち、出入りする商人たち……みんな両親たちと同じだった。カリーヌを連れて平民に変装して町へ行ったこともあった。始めは普通に子供たちと紛れて遊べたが、俺が領主の息子だとわかると態度が一変した。
これが一番応えた。親しげに向けられていた目が、怯えや畏れに変わった。俺には他人から愛されるということは無理なのかもしれないと思った。
しばらくは落ち込んでいたが、周辺国について勉強していた時に、もしかしたら他国には俺を見てくれる人がいるかもしれないと思った。
どうすれば他国へ行ける?
戦争が頻発しているから、余程の理由がなければ他国へは行けない。外交官になれば他国へ行けると思いつくが、成人の16までまだ8年もあった。外交官になる以外に何か方法はないか考えて、強い結界があれば国は守られ、もっと自由に他国へ行けるのではと思った。
外交官になる勉強をしながら結界の魔術の開発を行う。そして2年後、当時使われていた結界魔術より強い結界魔術を開発した。
国に認められ、陛下から直々にお褒めの言葉をいただいた。報償は何でもいいと言われたから、一番欲しいものを答えた。
「外交官になりたいんです。未成年ですが、今から実地で外交官の勉強をさせていただきたいです」
その言葉を言った途端部屋にいた全員の顔色が変わったことをはっきりと覚えている。
結局陛下に「他の者と相談して、後日連絡する」と言われ、その願いは叶うことがなかった。
結界の試運転が始まり、しばらくするとヘクター殿下の魔術講師の依頼をされた。殿下のいい噂は聞かなかったが、断れるはずもなく、俺は殿下の魔術講師になった。
……まあ噂に違わぬ最低な人だった。我儘、使用人への暴力、失敗を人に押し付ける、王子としての仕事をしない、向上心もない……
「新しい魔術を開発して俺に功績を寄越せ」とかふざけるなよ。魔術を開発するのがどれだけ大変か知らないくせに。
「お前の教え方が悪いせいで、『こんな魔術陣も知らないのか』と従兄弟に馬鹿にされたではないか」とか言われてもお前がちゃんと聞いていなかっただけだろ。
そんなことを思っても言えるはずもなく、苛立ちが募っていく。
今の陛下はともかく殿下が王になったら仕えたくない。外交官が無理ならなんとかして出国して他国を回るのもいいかもしれない。
そんなことを考え始めていたら、王妃から館で結界を張るように命じられた。
「あなたはヘクターが自分より優秀になったら困るからきちんと講義をしないのですって?王宮にいてはヘクターの害になるわ」
……は?意味がわからない。俺はきちんと教えていた。理解できないのは殿下が馬鹿だからだろ。
そんなことは当然言えなかったが、殿下に嫌われていたのは知っていた。だがこんな方法をとられるとは思わなかった。
結界を張ることになったら他国へ行けない。陛下なら王妃の言葉を覆してくれるかもしれない。そう思って陛下に目を向けた。陛下は一瞬眉を寄せたがすぐに無表情になり、正式に館で結界を張るように命じた。
王族には失望した。新しい結界によって齎された恩恵は大きいはずだ。その仕打ちが俺を館に閉じ込めることなのか?
それからは何もする気が起きず、持ち込まれた仕事を淡々とこなす日々を過ごした。
17歳の時、カリーヌが亡くなった。本格的に無気力になった。偶に通信の魔道具で連絡してくる兄がいなければ、死んでもいいと思っていた。
3年後の新年祭で初めてメルを見た。
噂に疎い俺でもメルが下級魔術師なこと、冷遇されていることは知っていた。『魔力』という自分ではどうにもできないもので、判断されるという境遇に俺は勝手に共感していた。メルも俺と同じように捻くれて鬱々とした雰囲気だろうと思っていた。
だがその予想は裏切られた。メルは緩く波打った綺麗な金髪に、黄緑の瞳をした明るい雰囲気の愛らしい少女だった。ピンクのドレスは質素で、宝飾品はなく、髪には刺繍が豪華な幅広の布をカチューシャのようにつけているだけだったが、周囲の蔑むような視線に怯むことなく綺麗な笑顔を浮かべて、誰よりも高潔に見えた。
俺とは違うということに少しがっかりしたが、そのまま捻くれることなく育って行ってくれればいいと思った。
毎年メルがまっすぐに育っているのを見て安心していた。俺と関わることはないだろうけど、そのまま周囲の毒に冒されずにいて欲しい。
そう思っていたが、何のめぐり合わせかメルは俺の元にやってきた。殿下から話を聞いて、家族の所業についにメルでも荒んでしまうのではないか。今は明るく振る舞っていても、明日もそうとは限らない。そんなメルを見たくないとつい冷たく突き放してしまった。
それでもメルは明るさを失わなかった。何にでも好奇心を示し、黄緑の瞳が生き生きと輝いていた。
生活態度の心配をされたのはカリーヌ以来で、懐かしい温かい気持ちになった。
……まあ頑固な所には困ったが。
正直近くで接してみて、姫らしくない。毎年見ていた凛とした姿は取り繕った姿だったんだなと思ったが、悪い気はしない。
殿下とは違い、メルは素直に言われたことをする。勉強に前向きで教えがいがある。
「師匠!」
いつものメルに呼びかけられたから油断していた。メルは王族の所業を詫び、感謝を述べた。
そこにいたのは、毎年新年祭で見ていたメルだった。
余りにも驚きすぎたため、メルに頭を上げるように言うことも忘れていた。
そんなメルが俺の幸せのために力を貸してくれると言う。
心の中の何かに触れた気がした。




