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退魔師と孤独の迷い子Ⅱ

帰り道。真っ直ぐ帰路についた。正直、妖怪についての情報はほぼ理解できた。だが、肝心の事件についてはほとんど理解できていなかったのだ。だからこそ、寄り道をしなかった。


自宅に帰ってからは洗濯物を取り込み、家事をした。そして一段落ついた後。


「まぁ、事件の事くらいは自分で調べなきゃな」


直樹はノートパソコンを開く。特に最新型というわけでもなく、一世代型が古いものである。だが、動作自体は全く問題なく、OSも一般的なものの為、特に不満は無かった。このパソコンは、静音がパソコンを買い替えるからあげるといってコピー機と共にもらったものである。


 インターネットエクスプローラーを開き、トップページへ。『切り裂き魔事件 神凪』で検索。内容を一つ一つ把握する。


最初の被害は二月二日。ここ神凪に存在する白泰山の麓周辺、神凪六丁目住宅街。深夜未明のことだった。その日を境に被害は急増。五日で一四人の被害者が出た。幸いにも死者が出なかったという。どの事件も衣類も含めてあらゆる所に傷が出来ていた。それこそ通り魔的犯行には成り得ない程の傷を、通り魔的速さで成し得たのだ。改めて、直樹は妖怪の仕業であることを再認識した。


 記事を全て見終わった所で米が炊けた為、食事をとることにした。男の作る、質素な料理。


「はぁ、相も変わらず無難な料理ばかりだなぁ」


 アジの開き、ほうれん草のおひたし、味噌汁、米という、本当に無難な、まるで一般家庭の朝食ではないだろうかと言わんばかりのものである。


「ご飯作ってくれるような人はいないもんかねぇ。ま、無理か。俺あまり知り合いなんていないしなー」


 正直な話、彼はあまり知り合いが多いわけではなかった。クラスメートともそこまで話すわけでもなく、自分から話す事もそこまで無かった。武彦と仲良くなったのも、偶然近い席で、武彦が話しかけてきたからでもある。彼が友人だと思っている人は、武彦と静音の二人だけでもある。


「静音は、まぁ。言えば作ってくれるんだろうがそれはそれで悔しいし」


 ただでさえ世話になってばかりだった。直樹も男である。流石に情けないと思いつつあった。


「まぁ、気にするだけ無駄か……」


 気にすれば気にするほど、虚しさが残るだけだった。虚しさを忘れるために、直樹はテレビのリモコンを手にし、テレビをつけ、茶碗を手に食事を進めた。


「……以上、突風の起きたI県現場よりお伝えしました」


「中村さん、ありがとうございました。次のニュースです。本日午後六時過ぎ、C県の安瀬原市神凪で一五件目となる切り裂き魔事件が発生しました」


 そのニュースの内容に、直樹はおもわず手に持っていた茶碗を落としそうになるくらいであった。食事を止め、食い入るようにニュースを見る。事件はまたも神凪六丁目。目撃者無し。最後に外出を控えるようにとの事であった。その後、手早く食事を終わらせ、食器を水につける。その時だった。


「……ん?」


ニュースと全ての事件の記事を見て、一つ引っ掛かる所があったことに気付く。パソコンの前に戻りもう一度、記事をすべて見直す。間違いない。


「……」


 事件の一五件中、一一件が神凪六丁目付近で起きているという事だ。他の三件も白泰山の近くでおきていることが分かった。


「どういうことだ?」


 インターネットで白泰山周辺の地図を探し、それを印刷する。そこに一件ずつ、事件が起きた場所をペンで印をつけた。するとどうだろうか。六丁目付近に集中という所か、ほぼ大半が一〇〇メートル圏内で起きているという事が分かったのである。直樹はすぐに携帯電話を開く。アドレス帳の一番最初に出てくるあ行、浅熊静音に電話をかける。コールが鳴る。5コール目、静音が電話に出た。


「もしもし、どうしたの?」


「事件について少しわかったことがあるんだ」


 耳障りな雑音がした。何かを動かしているような。


「え、本当? ……ちょっと待ってて。今お風呂からあがったばかりだから」


「お、おぅ」


 どうやら耳を伝って携帯電話についた水滴と耳をバスタオルで吹いていたようである。直樹は風呂あがってすぐだという言葉にどう反応すればいいか分からず、言葉に詰まっていた。


「スカイプの使い方は覚えてる? ログインしておいて。こっちから発信するから」


 パソコンで通話やチャットができる便利なツールのことである。静音に教えられて以来、何度か利用した事はあったが、静音以外の人とは使った事のないものだった。ちなみに、マイクはパソコンと共に貰ったものである。


「あ、あぁ、分かった。いきなり電話して悪かったな」


「構わないわ。あぁ……今服を着るところだから、想像でもしてなさいな」


 わざと想像を膨らませるかのように、何かを擦らせているような音を出す。


「うるさ……って切りやがった」


 そして直樹の返答を待たずに電話を切った。相変わらず静音のペースである。直樹が主導権を握る事はほとんど無いと言える。だが直樹は開き直っていた。別に主導権を握りたいと思っているわけでもない。そもそも、元々流されやすい性格をしていた為にあきらめている感もあることは事実でもあった。


 数分後、マイクをつけながら待つ直樹に着信が入る。


「お待たせ、直樹」


「あぁ、待ったよ」


 実際、そこまで待ってはいなかった。次の日の為に米を研いでいたり、中途半端にしていた食器などを片付けていたためだ。だだ、少しばかり困らせてみようかと思っただけである。


「ごめんなさい。髪を乾かすのに時間かかっちゃって」


 それに対し静音は素直に謝罪した。直樹は逆に自分が申し訳なくなってしまった。


「……まぁ、いいよ。それより、本題に入っていいか?」


「えぇ、どうぞ」


 それから少しの間、ニュース等で得た情報、そして六丁目周辺で大半の事件が発生していることを言った。


「なるほど。確かに六丁目、もっと言えば白泰山の麓周辺で大半の事件が起きているわね」


「あぁ、だから今から調査に行ってみようと思うんだが……」

 

「今から? 多分、警察の目があるから気をつけた方がいいと思うわ。行動するとしたら、ほとんど人通りのなくなる深夜帯じゃないと無理じゃないかしら?」


 つい数時間前に事件が起きた。そしてまだ日付が変わってすらいない。おそらくはまだ警察がいるだろう。下手に出歩くわけにもいかない。いくら警察と言えど、鎌鼬の危険性から深夜帯は捜査を打ち切るだろう、と静音は推測した。


「む、それもそうだな。それじゃあ深夜にでも調査に行ってくるよ」


「待って。私も行くわ」


「は?」


「何よ、ダメ?」


 駄目云々の問題ではなかった。鎌鼬がどれだけ危険な存在なのか、直樹はニュースの情報や静音の言葉で重々把握していたからだ。


「駄目も何も、危険なんだぞ? そんな場所にお前を連れていけるか」


「あら、私の事心配してくれるんだ、ありがとう。でも大丈夫よ。それに、あなたは妖怪とかに詳しくないでしょう。私がいた方が色々便利だと思うけど」


 そのこと自体は事実である。もし万が一、鎌鼬以外の妖怪が出てしまった場合、直樹だけではまず対処できないだろう。どのような妖怪なのかが全く分からないのだから。だが、それでも危険性と知識を天秤にかけた時、やはり危険性の方が重かった。


「それは……そうだけど」


「一応、私だって身を守るくらいの事は元璋さんに教わってるわ。だからあなたの迷惑にはならないと思う」


 彼女の言う身を守る手段と言うものは単純に護身術のことではない。彼女もまた、専門分野ではないにしても特殊な力を持ち合わせていた。


「勝手にしろ。でも……危ないから俺の近くから離れるなよ」


「ふふっ、分かってる」


 俺の近くから離れるな、と自然と言ったものの、言った後で直樹は恥ずかしさに駆られ、顔を真っ赤にさせた。その恥ずかしさを悟られないようにするも、逆に他から見れば緊張している事がよくわかるほどに声が裏返っていた。


「と、とりあえず! 深夜1時に三丁目公園集合でいいな?」


「えぇ、分かった」


そういうと、お互い会話を終わらせる。切る寸前、静音が大爆笑していたことで、直樹は余計に後悔の念に駆られたのであった。


時間になるまで家事を終わらせ、次の日の課題をこなした。集合時間の十五分前、直樹は自宅を出た。




集合時間5分前、静音が三丁目公園に現れた。


「待たせた?」


「いや、俺もついさっき来たばかりだ……」


 ふと、直樹は静音の服装を見た。主に腰から下、黒と白のチェック柄のミニスカートに黒のニーソックス。彼女の細い腰にほどよく肉づいた太腿がその服装の魅力を際立たせる。直樹の視線はその脚と、スカートとニーソックスと肌のいわゆる『絶対領域』というものに釘付けになっていた。


「なに、そんなにジロジロ見て」


「いや、なんでそんな格好してるのかなぁと」


 深夜、しかもこれから妖怪の調査に向かおうというにもかかわらず割と気合の入っているような服装に少々困惑していた。迷惑であるとは感じなかったが。


「普通だと思うけど?」


「普通なのか。あまり女性の服装は詳しくないんだ」


 実際、普通ではないと思われる。


「そうなんだ。で、どう?」


 一歩直樹に近づき、少しばかり前かがみになり見上げるようにして聞く。他人から見れば恋人のやり取りに見えるだろう。その静音の姿に視線を上げ、月を見た。


「ど、どうって?」


「似合ってるかどうか。直樹に私服を見せるのは久々でしょう」


 直樹と静音が会うことは学校以外ではほとんど無かった。かつて仕事で一度彼女と出会った時、約半年も前の事である。


「ん、まぁ……いいんじゃないか?」


 少し濁したように言う。実際彼女の服装は彼女に合ってた。誰もが綺麗だと言うだろう。もちろん直樹もそうは感じているのだが、どうも素直に言う事が悔しかったのだ。


「どこが?」


「どこって、そのー……その、スカートとか、そのニ……長い靴下とか」


「ふぅん、直樹って脚フェチだったんだ」


 脚部についてばかり褒める直樹に、静音はからかうように言う。


「なっ! そんな事は……」


 図星であることが丸わかりだというように、直樹は慌てふためいた。だがそれに対して静音は割と平然としていた。


「いや、別にそれを責めるつもりはないけど。男性で脚フェチの人なんていくらでもいるでしょうし。脚と胸とうなじは割と男性によく好まれる所でしょう?」


「むぅ……」


 おそらくはそうなのだろう。男とは所詮そんな生物なのだから。


「別に気に病む事もないわ。その程度のフェチであれば私も受け入れられるし。あぁ、でもドMで蹴られたいとか、そういったところまでは対応はできないかな……」


 流石にそれは、と苦笑交じりに言う。それに直樹は間髪いれずに反論する。


「誰がドMだ。そんな事は無いぞ」


「それならいいわ。確かに、直樹はヘタレだけど踏まれて悦ぶ程ではないものね」


「余計な言葉が多いなぁ」


 下を向き、後頭部に自分の手を当てる。いつものことではあるのだが、割と疲れるものであった。


「……それで、脚フェチなの?」


「あーそうですよ女性の脚はいいなぁとか思ってますよごめんなさい」


 もうここまで相手に気付かれていては隠すことなど到底不可能である。直樹は開き直り肯定した。他の女性なら引く所でも、静音はそれをしない人間だと知っていたからできた事でもある。


「あはは。素直でよろしい。じゃあ今度から直樹と学校以外出会うときはこんな感じの服装で来るわね」


 ほんの少しだけ、スカートをつまんでヒラヒラと動かす。別に中を見せようと思ってやったわけではないのだが、直樹は直視できずに静音の後ろ側に見えるブランコを見た。


「……そうしてくれ」


 そう言うと、直樹は本題に戻そうと静音に背中を見せた。


「さて……そろそろ行こうか」


 六丁目までは徒歩で約十五分そこまでの間に一体いつどこで鎌鼬が襲ってくるかなど分からない。直樹は細心の注意を払うために、コートの内ポケットから、一般的な携帯電話を開いたほどの大きさをもつ長方形の紙を取り出した。


「その前に、ちょっとこっち来てくれ」


 彼の使う能力は人間の秩序とはかけ離れたものである。それはつまり、人間の常識ではない、人間には

『あり得ない』ものだ。事情を知らない人間には見られてはいけないものであった。その為に、可能な限り人目に付かない所に行くしかなかった。


 直樹はベンチの裏、木などで隠れられる場所へ向かう。よく小さい子供たちがかくれんぼで隠れているような場所である。深夜、視界もあまり良くない時間帯であればおそらく気付かれはしないだろう。気付かれたとしても、ハメを外している男女と認識され見て見ぬふりをされるのは明白であった。


「お前に身を守る術があったとしても、やっぱ心配だ。ちょっと待っててくれ」


 ポケットから小さな入れ物を取り出し、中に入っている針を一本取り出す。その尖った針を、直樹は自分の右人差し指に刺した。当然のように血が出てくる。その血を、先程の紙に付け、文字の様な何かを書き始めた。見ていればそれが何かしらの文字であるような動きである事は間違いないのだが、どのような意味の文字なのかは判別出来なかった。


 対して静音は、何も言わずに直樹を見ていた。誰にも見られない場所に連れ込まれ、何か言われるものだと思っていた直樹は安心したような、妙な気持ちになっていた。


 紙に血が滲む。血が光ったように見えた。文字が波打つように輝く。


 「……」


 小声で何かを呟いている。日本語の様で、そうでない様な言葉。静音にもイマイチ理解できなかった。その間にも、紙の血は動く。


「……よし」


そう、直樹が言う。それと同時に、紙の上で輝いていた赤は輝きを失っていった。


「これを持ってろ。護身札だ。少なくとも、不意を突かれても死にはしないだろうな」


 静音は頷き、その札を受け取り、上着の胸ポケットへ入れた。


「ありがとう」


「今度こそ行こうか」


「えぇ」


 二人は六丁目の事件が集中している場所へと向かっていった。



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