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退魔師と孤独の迷い子Ⅰ

はじめまして。初投稿になります、作者の北條かなめです。

文章が拙いなど、まだまだ未熟ではありますが感想などいただけたら幸いです。

朝六時、いつもの時間にいつものように目を覚ます。起きたらまず炊飯器のスイッチを入れ台所兼洗面所で顔を洗う。いつもの流れ。


 朝起きてすぐにガッツリと朝食をとれる人間なんかではない。まずは体を動かすことから始める。布団をたたみ、味噌汁を作り、できたところでシャワーを浴びると同時に洗濯機を回す。シャワーを浴び終えたら髪を乾かし、髪型をセットしたところで丁度炊飯器が鳴る。六時五〇分、食事。七時一五分に片づけ歯を磨き、洗濯機から洗濯物を取り出し干す。食器を洗い、簡単におにぎりを作り、片づけ。全て終わるころには七時五〇分あたり。学校へ向かうには丁度いい時間帯である。


 外は実に寒かった。学生服の上にコートを着て、手袋をしてはいるがそれでも寒いものは寒いとしか言いようがない。学校までは徒歩で約一〇分といったところ。まだ咲いていない桜並木を通り抜ける。その先には神凪三丁目公園があり、その脇を通り抜け、『テナント募集中!』という張り紙が寂しさを誘うビルを通り過ぎ、まだ朝早いためシャッターが閉まった店ばかりの西側商店街を歩く。商店街を出ると、すぐ先には『私立神立学園大学付属第一高等学校』が建っている。総生徒数七一二人、高校としては二二年の歴史がある、いたって普通の高校である。


 下駄箱で靴を履き替え、教室へと向かう。教室には時間帯的にも既に半数以上の生徒がいた。教室廊下側の後ろから二番目、ここが片倉直樹の席だった。


「よぉ、直樹。おはようさん」


「あぁ、おはよう」


目の前に、一人の男が現れる。厳島武彦、クラスメートでもあり、直樹の数少ない友人でもあった。見た目は好青年で、人気がありそうな顔立ちをしてて、行動的なイメージを持たせる。だが、実際はインドアなタイプで図書委員で活動をしており、趣味は小説や漫画も含めて読書なほどである。


「直樹、知ってるか?」


「何が?」


「最近通り魔、っていうか切り裂き魔事件が多発してるって」


 朝一番で聞くニュースではない。


「そうなのか? この土日は課題が多かったせいでテレビをろくにつけてないから分からなかったよ。んで、それがどうしたんだよ」


 通り魔自体は怖いものではあるが、イマイチ現実味がないのも事実だった。


「神凪、それもここら変で多いんだと。しかも最近頻繁にさ。だから多分、今日あたりに先生が忠告すると思うぜ」


 それを聞いて、直樹は若干恐ろしく感じた。近所で連続切り裂き魔事件が起きているとは全くもって知らなかったのだ。土日家にこもって課題をやっていたのはあながち安全だったのかもしれない。


「そうか。俺たちも気をつけないとな。犯人の身長とかは分かってるのか?」


 一瞬、武彦が言葉に詰まらせた。そして、まるで信じられないけど、と最初に言い、後の言葉を続ける。


「それが……どうも目撃者がいないらしいんだ。誰も姿を見ていない。被害者に聞いてもいきなり切りつけられたって。振り向いても誰もいない。挙句の果てには白昼堂々犯行に及んだらしい。その時も、切りつけられた人は周囲を見たが人一人いなかったとか。被害者によっては、衣類もズタズタにされたらしいぜ。もっとおかしいのは、そもそも凶器で切られたのだろうか、らしい。警察がまだ調査中で詳しい事は伏せているってのもあるんだけど、通り魔が一瞬で身体や衣類をズタズタにできるものなのか、ってね」


 どうも、人間のできる事とは思えない内容。それでも直樹は特に表情を崩しはしない。それよりも、思考を巡らせる。


「……」


「だから、どうやったらこんな傷になるのかっていうのも議論されているとか何とか」


 そう、恐らくは。


「よっぽど隠れるのが得意なやつなのかな」


「隠れる……ねぇ」


 彼には一つだけ、心当たりがあった。そして、その心当たりは一通のメールで確信となる。


 竹原元璋。ここから約二〇分ほど歩いたところにある愛染倉神社の神主である。今の直樹を取り巻く環境を作った一人でもあり、悪魔を紹介したオッサンでもある。悪い人ではないのだが、何かとトラブルを呼び出してくる。直樹は、元璋の事が嫌いではないが、得意でもなかった。メールの内容は簡潔に書かれていた。『今ニュースにもなっている連続切り裂き魔事件。これに怪奇の仕業による可能性が高い。調査を、怪奇であれば解決を頼む。浅熊さんなら何か知っているかもしれないぞ』何の情報も無く調査をしてほしいとの内容に、溜息を付きたくなったものの、直樹はすぐに『了解』と返信した。


 ――怪奇、一般人なら滅多に使わないであろう単語であった。


 この世界には、怪奇と呼ばれるモノがある。普通の人間の知るところであれば幽霊がその類である。この世界の理から外れた存在であり、この世界に生きるモノにできないことを平然とやってのけてしまう。それは言葉を換えれば悪魔のようなものだろうか。


 今回の事件は人間には到底、出来ないような傷ができたという。ならばそれは怪奇の仕業だろう。



 放課後、彼はとある部屋に向かっていた。空き教室を使用した、たった一人の生徒に所有権のある部屋。それが生徒会長室だった。直樹はノックもせずにドアを開けて中に入る。


「おやおや、直樹からここに来るだなんて。珍しいわね」


 そこにはパソコンを前に作業をしている一人の女性だった。名を浅熊静音という。少女と言うには大人びていて、大人の女性かと言われるとそこまで大人っぽくはない、そんな印象。ではあるが、その美しさと可愛さを兼ね合わせる容姿はおおよそ人間とは思えないとさえ周囲の人々に感じさせるほどに綺麗だった。


「部屋に入る時はノックくらいしなさいな。着替え中だったらどうするよ」


「ノックして入って、平然と着替えてた奴が言うか」


 数ヶ月前、呼ばれて来てみれば着替えていた女性の姿があった。直樹はうろたえ声も出ないくらいだったにも関わらず、静音は平然と着替えを続けた。「別に、減るものでもないでしょう。直樹は襲う様な人じゃないし」と言った。それ以来、彼は開き直ったところがあった。あっちがいいなら、別にこっちもどうでもいいか、と。こういう順応性が、直樹の長所でもあり短所でもあった。


「期待してた?」


「馬鹿か」


「失礼ね。これでも私、身体つきとかには割と自信あるのよ。別にナルシストとかそういうわけではないけど、メリハリもあるしこの容姿だって満足しているわ」


「ナルシストでないわけがないだろうが」


 とはいうものの、直樹も静音が綺麗で良い身体をしているということは感じてはいた。だが口に出そうとは思わなかった。悔しいからだろうか。


「そんな私の下着姿を見て欲情もしないなんて直樹って中々面白いわね。不能?」


「やかましい。いいから本題だ。えっと……元璋さんからの依頼だ。今回の切り裂き魔は、妖怪の可能性がある」


 この見た目と中身のギャップをほかの人が知ったらどう思うのだろうか、直樹は常々感じていた。もちろんそんなもの、彼女の日常の演技を前にしては杞憂で終わるのだが。


「そう。とりあえず座りなさいよ」


「何でだよ」


「お話しましょうよ。もちろん、今回の事件についても含めて」


「……」


 どうせくだらない話に付き合わされるのは分かっていた。だが、本題についても聞かなければならない。不本意ながらも、直樹は会長の机の前にある応接用のソファに腰かけた。それを見て、静音は湯飲みを取り出し、ほうじ茶を淹れて直樹の前に出した。直樹の一番好きな、お茶だった。そして静音は向かい側に座る。別に強調しているわけではないが、その綺麗な脚が目につく。


「んで、どうなんだよ」


 直樹はありがとう、と告げ湯飲みを掴み、お茶を啜った。


「あぁ、良いわよ。今週の土曜日、デートでしょう?」


 突拍子もないぶっ飛んだ内容の返答に、お茶をこぼさないように机の上に置くと、何度かのどに詰まりそうになったのか咳き込んだ。


「違う。というか、いつそんな約束したんだよ」


「私の妄想の中」


「そんなの俺が分かるわけないだろうが」


「あー、いや、妄想ではないわね。予知夢で、正夢になるわ」


「うるさい」


 静音は『普段は』大人しく、礼儀正しい、模範ともいうべき生徒である。だが、実際彼女が心を開いた相手には本性をさらけ出す。自分から言えるほどに大体のネタには耐性があった。


「じゃあデートとかしたくないの?」


「別に」


 したいしたくないで言うなら彼も男である。したいだろう。だが、気疲れする事も知っているし、何より彼自身静音を嫌ってはいないが絡みにくい人間だと捉えていた。だからこそ、別にという回答は割と本気の言葉であるということになる。


「……直樹ってそっちの人? 相手は、武彦君? どっち攻めのどっち受け?」


「何を言ってるんだお前は」


「直樹って割とヘタレだから総受けって感じよね。」


「うるさいぞ!」


 静音は漫画やアニメが好きらしく、よく様々な作品を勧めてくる。だがそれは、おおよそ男の直樹には理解できない作品が多い。


「冗談だって。直樹は女の子が大好きでいじめたくなる男でしょう」


「……」


 既にこの時点で直樹は疲れていた。放っておくと静音は一時間は平気で話してくるからだ。下手に相槌を打つと、余計に話が膨らんでいくことも知っていた。だからこそ、直樹は特に返事をすることなくお茶を啜る。


「もう、ノリが悪いわね。そんなんじゃ一生童貞卒業できないわよ」


「ぶっ! 誰が童貞だ!」


 人のお茶をこぼさせる天才なのだろうか。直樹は再びむせた。


「え、じゃあ違うの?」


「……」


「彼女いたなんて聞いたことないけど。まさか、ちょっと仲良くなった女の子とそういう関係に……?」


 そんな人だとは思わなかった、とまるでドラマでありそうなワンシーンを演じるように、やたら大げさに静音は言う。


「違う!」


「分かってる、十分分かってるわ。一人暮らしでさびしい夜を過ごしていることは。でも妄想にばかりふけるのはやめておくべきよ」


 組んでいた脚を組みかえる。見えそうで見えないその脚が実に艶めかしい。つい視線はその脚へと向かう。


「馬鹿が見るー。変態さん、そんなに見たいの?」


「勝手に俺を変態にするな」


 見たいかどうかという所はスルーした。静音は特に気にするまでもない。


「でも仕方ないことよ。童貞だもの」


「だから……」


 もう返す言葉もなくなりつつあった。


「恥ずべきことではないわ。まだ直樹は一七歳。いくらでもチャンスはあるでしょうに。顔はまぁまぁだし、性格もそこそこ。霊感が強い不思議君な所以外は好青年よ」


 少なくとも、彼女の答えは大抵の人間が納得するものだった。霊感が強い所を除いては、割と好青年だからだ。


「それは褒めてるのか、それとも馬鹿にしているのか?」


「一応褒めてるわよ、六割ね。残り四割は違うけど」


「本当に一応だな」


「本当に一応よ。童貞は女の子に褒められるとつけあがるから」


 流石にカチンときたのだろうか、眉をひそめた。


「さっきから童貞童貞やかましいぞ。お前はどうなんだ?」


「私? 処女に決まっていじゃない」


 どこの誰が決めたのだろうかと直樹は感じた。それ以前にあまりにも馬鹿正直に答える静音に対して唖然とした。


「……正直も考えものだな。でも、それじゃあ俺を馬鹿にする権利はないじゃないか」


 だがそれをなるべく表情に出さないように努めた。


「あるわよ」


「何で?」


「攻めた事のない兵士と、落ちたことのない城、どっちがすごい?」


 的を得ているようで、理不尽な答え。リスクは女性の方が高いからこその理由だろうか。ちなみに、静音はとあるネット上の掲示板で見た言葉を使っているだけにすぎないのだが、直樹はそれを知らないために関心しつつも納得いかなかった。


「む……そんなのとんちじゃないか」


「事実でしょう」


「……もういい。ここに来たのが間違いだった」


 痺れを切らしたのか、もうどうでもいい、自分で探すという意思を示すかのように、直樹は立ち上がった。


「あぁ……本当にごめんなさい。久々にここに直樹が来たからつい、はしゃいじゃって」


その姿を見た静音は、流石にやりすぎたかと反省しつつ、どこか照れたように言った。


「……いいよ。気にしてない」


 再び座る。結局、直樹は甘い人間だった。はにかんだような笑みを見せられてしまうと、許すしかなかった。


「ありがとう。さて……本題に行きましょうか」


 静音は先程までとはうって変わり、真剣な表情を見せた。直樹はこのメリハリのある性格は決して嫌いではなかった。むしろ、直樹自身も気持ちを入れ替えられるため助かる所でもある。だからこそ、直樹は静音を絡みにくい人間だと思いつつも人間として嫌いになれないのであった。


「まず状況を多少なり整理しましょう。最初の被害者が出たのは五日。白泰山近くの住宅街。深夜の出来事らしいわ」


「俺は詳しいことは知らないんだ。課題に追われていてニュースとかほとんど見れなかったからな。知ってることは、姿が見えないって事くらいか」


 その言葉に、静音はどこか含んだような笑みを浮かべる。


「それが全てよ。もう答えは出ているじゃない」


「どういう事だ?」


 理解していない直樹に対して、静音は一度咳払いをした。そして直樹の眼を真っ直ぐ見据える。


「視界が良好でも姿形が全く見えない。にも関わらず切りつけられた。こんなこと、『普通の』人間には

出来るわけがない。なら答えは一つよ。今回の事件の犯人は、妖怪の類である」


「……だろうな。でも、どうやって?」


 妖怪に関する知識はあまり持ち合わせていない。だからこそ静音を頼ったのである。そして、静音は今回も、その期待に応えて見せる。


「そうね……刃物以外で鋭く切る方法ならあるわ。そしてそれこそが、妖怪でもある。直樹、鎌鼬は知ってる?」


 鎌鼬、現象でもあり、甲信越地方に多く伝えられている妖怪でもある。


「鋭い刃物とかが高速で動くと、刃物ではなくそれから起きた風で切り傷ができるってやつだっけ?」


「……成程。それだと今回は半分正解だけど実際はハズレね」


 曖昧な答えを返す。その言葉を告げるときの静音は、実に楽しそうであった。

「実際ね、人間の皮膚ってそこまで脆弱じゃないのよ。風で人体を切るだなんてそもそも考えられないの」


「そうなのか? よく漫画とかでも風で切り裂く描写があるじゃないか」


 直樹はあまり漫画などを読む人間ではないのだが、それでも読んだ数少ない漫画にはそういった、風で切り裂くようなシーンがあったのだ。だからこそにわかには信じ難かった。


「そういう説があったからよ。割とあり得そうな話でしょう。だからこの説が浸透したんじゃないかしら」


 一度、お茶を啜る。その動作一つ一つが絵になるようだった。


「実際には、皮膚が気化熱で急激な温度差が生じ、組織が変性してしまったことで裂けてしまうという説が有力になっているわ」


「それが本当だとして、なんで今回は正解なんだよ」


 静音は半分正解だと言った。今、通説は間違いだと言ったにも関わらずだ。直樹は納得いかないという表情を見せた。


「今は冬、それに夜ならば相当冷え込むでしょう。特にここ数日は急激なまでに厳しい寒さになっている。鎌鼬が起きるにはうってつけの時期だわ」


「じれったいな。でもそれは今回は違うんだろう?」


「話は最後まで聞きなさい」


「……分かったよ」


 結局、直樹は静音を頼りにする他無かった。


「鎌鼬は、衣類を傷つけない」


 そう、鎌鼬自体は数多くあれど衣類をも切り裂くという事は無いのだ。だが今回の事件にはそれがあった。鎌鼬であるといいながら、衣類をも切り裂いた。それを推測できる理由はおそらく一つ。


「皮膚の変性で起きる鎌鼬が、皮膚ではない、衣類まで一瞬で切り裂くことなんてないのよ」


「そうか、皮膚が人間の構造上で起きるのなら、それ以外は関係ない、のか」


「えぇ、だからこそ私は半分正解だといったの」


 ここで、やっと直樹は静音の言いたいことが少しばかり理解することができた。


「ねぇ、直樹。体育の時間に外にいたといましょう。グラウンドは砂ね。強風が吹いたらどうなる?」


 唐突に、静音はたとえ話をする。設定は学生で体育の授業。外のスポーツで、その日は強風が吹いていたとする。


「砂が強風で飛ぶだろうな」


「その飛んだ砂が半袖半ズボンの身体に当たったら?」


 実際、直樹にも経験があった。体育の授業は冬以外は基本的に半袖半ズボンが基本であった為だ。砂に混じる小さな砂利が強風で舞う。風が強ければ強いほど、肌に当たる砂利の衝撃が当たる事は明白である。


「……すげぇ痛い」


「それよ。普通の強風程度でも十分に痛い。ならば、人間には成し得ない力を持つ『何か』で、局所的な超突風を起こし、木の枝や小石を飛ばすことができるのなら――」


「――人をも切り裂ける、ってことか?」


 木の枝の先端は鋭く、凶器にもなりえる。そんな尖った針のような枝が、更に細くて鋭い小石が獲物を襲う鷹の様に襲いかかれば――人さえ殺せる。


「そう。正解よ。そして、あなたの専門分野でもある。だから、元璋さんから依頼があったのでしょう?」


 一年前、初めて直樹が怪奇的事件を請け負ったときに、妖怪などに詳しい人がいると元璋が静音を紹介したのだった。つまりは、元璋と静音は知り合いである。直樹は二人がどういった事で知り合ったかなどは知らないが、特別気にする様子もなかった。


「……そうだったな。それで、鎌鼬っていうのはどんな妖怪なんだ」


「そのままよ。鎌鼬とは現象であり、怪奇でもある。そして妖怪でもある。自分の尻尾を振り、風を起こす能力を持っているわね。でも、本来はその現象の特徴からして寒い所で現れる事が多いのよ。毎年厳しい冬というわけでもないこの県にいるのかは分からないけれど、鎌鼬で間違いないでしょう」


「鎌鼬……か。風を起こして一瞬で切り刻むやつをどう相手にしろって言うんだよ。そもそも、姿も見えないんじゃ話にならないだろ」


 額に手を当て、万策尽きたと言わんばかりの態度を見せる。事実、彼は割と運動ができる人間ではあるものの、人間のそれをこえる程の反射神経は持ち合わせていない。だが、静音は笑っていた。心から、笑っていた。


「大丈夫よ。あなたには能力(ちから)がある。怪奇を滅する、悪魔のような力が」


 例えが実に彼女らしかった。決して神のごとき力ではない。蛇の道は蛇、怪奇を殺すなら自身も怪奇のごとき能力を使う。


「あなたには視えるはず。それはこの一年で分かっているでしょう?」


事実、直樹はこの一年で数回に渡り怪奇を解決していた。


「……まぁ、やるだけやるさ。それに懐が寒いんでね、少しくらい稼がないとさ」


「……そんなに厳しいの?」


 懐が寒いという言葉に、静音は首をかしげて尋ねた。彼女自身は割と裕福な家庭に生まれ育ったため、懐が寒いということは全くなかったのである。


「うーん、そこまでではないんだけどな。一応、伯父さん達が親父の残した金で学費とアパート代は出してくれてはいるが、それだけだからさ。それと、仕送りは水道光熱費とかで使うから、事実上無いようなものだからなぁ。これで稼がなきゃやってられないんだ」


 事実、一か月でかかる水道光熱費や、携帯電話代等で仕送りはほぼなくなると言っていいほどであった。伯父に頼めばいいのだろうが、ただでさえ嫌われているのにこれ以上険悪にさせるわけにもいかないと直樹は感じたのだろう。文句一つ言わず、アルバイトをして食いつないでいた。


「やっぱり、親戚の人とは仲悪いの?」


「まぁ、な。親父は家出同然だったのに、死んで残った俺を保護しなきゃならなかったんだ。親父同様、俺も憎いだろうな」


「……生活が苦しいなら言いなさいっていつも言ってるでしょ。お金だって十分かせるほど私にはあるんだから」


 以前、直樹と静音が出会った時、直樹はアルバイトのみで生活をしていたようなものだった。それに対し静音は頻繁に食事を奢る等と言ったのだが、直樹は頑なに拒否し続けた。


「いい。ただでさえお前には借りが多すぎるんだ。これ以上ふやしたくない」


 既に怪奇の情報を多く提供してもらっている。それはもう、情報量を払っていいのではと直樹が感じるほどである。いい加減、直樹はお礼をしなければと思い、この件が片付いたら今まで少しずつ貯めたお金でお礼をしようというつもりだった。もちろん、静音は受け取らないだろうが。


「そう……でも、どうしても食事も満足に取れそうになかったら言うのよ。ご飯をおごることくらいはするから」


「その気遣いはありがたく受け取っておくよ。でも大丈夫だ。この仕事はキツいけど一回につき数日だけだし、一カ月を生活していく上では十分もらってるしさ」


 直樹は一回につき、大学生の一か月のバイト代並みにもらっている。


「……あなた、こっちの世界に足を踏み入れるまでいったいどんな生活してたのよ」


「スーパーでバイト。勤務時間は少なくてあまりお金自体は稼げなかったけど、余った食材をお情けで分けてもらって何とか食いつないでた」


「……」


 唖然とした。毎日不自由ない生活ができる静音には考えられないほどだ。


「まぁ、今は割と充実しているから変に心配しなくても大丈夫だよ。でも、ありがとよ」


「え、あ、えぇ」


 直樹の素直な感謝に、不意を打たれたのだろうか、少し裏返ったような声を発した。


「……さて、とりあえず今の話を頼りに探してみる事にするよ」


ゆっくりと直樹は立ち上がり、鞄を手にする。それに対し静音は


「分かった。私の方も、何か情報を得たら連絡するわ」


 と、柔らかい笑みを見せた。直樹は気恥ずかしさからか静音から視線を反らした。


「了解。仕事の邪魔をして悪かったな。それじゃ、また」


 そういうと、直樹は生徒会長室を出て言った。



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