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なんの支障もありません。

初投稿&ふんわりなのでお手柔らかにお願いします。


予想以上に沢山のいいね(と、勝手に呼んでおりますが間違ってたらすみません)、温かいご感想頂けて恐縮です。嬉しいです。ありがとうございます<(_ _)>


リサちゃん、愛されてるなぁ


________________________

7/30 誤字報告ありがとうございます。

修正させて頂きました。

________________________

※ご指摘頂きましたので言い訳という名の小ネタ

宗教、というより「ある目的のため、会員が協力して維持する会。」という事で、本作では「魔法使い保護団体」という意味で「協会」と表現しております。

「引き取られる」という一文から「教会では?」となられた皆様、分かりにくい表現をしてしまい申し訳ございませんでした。



「ジェナフィルカ!」

「はい」


呼ばれて振り向いた先には夫であるフランシス・ルートベル公爵様がいる。艶やかな黒髪、魅惑的なアメジストの瞳、スッと通った鼻筋、艶ボクロのある形のいい唇、騎士団として鍛えられたすらりとした体躯。絵画から出てきた様な美しい男性だ。


「なにか御用でしょうか?」

「あ…いや、その…」


言い淀む姿に溜息が出そうになる。用がないなら呼び止めないで欲しい。


「御用が無ければ失礼致します」


踵を返そうとすると慌てて早歩きで近づいてきて進路を塞ぐように立たれた。

なんなんだ、本当に。


「?」

「…その、好きな色を…」

「はい?」

「……お前の好きな色を教えてくれないか!」


少し顔を赤らめつつ大きな声で問われた。美丈夫はどんな顔でも様になるものだ、などと関係ない事を思いながらも、


「…………ありません」

「……は?」

「いえ、ですから、好きな色は特にありません」


暫し考えたあと、淡々と事実を答える。

専属侍女のリサがよくあれも似合うこれも良いと褒めてくれるが、リサには申し訳ないけれど正直、似合おうが似合うまいがどれでもいいしどうでもいい。


「そ、そうか…」


どこか残念そうに言う彼を数秒見つめた後、「他にご用件が無いのであれば、失礼致します」と伝えて脇をすり抜ける。

今日は図書館に本を返却した後、リサが最近見つけたカフェに一緒に行く約束なのだ。


「今日こそジェナ様がお好きな物を見つけましょう!」


私を慣れ親しんだ愛称で呼びフランシスに声をかけられるまでウキウキしていたリサは、今は鉄仮面のままフランシスに一礼して私の後に付いてくる。

フランシスが後ろで何かを言いたげにしている気配がしたが無視した。口があるのだから言いたければ言うだろう。



◇◆◇◆◇◆◇



ジェナフィルカがここまで物事に無関心なのには理由がある。


幼少期に母親が病死して間もなく、父親が連れてきた後妻とその連れ子であった義妹に虐げられる日々が始まる。父親は仕事で忙しく、ジェナフィルカはたまに父が帰ってくる時だけは綺麗な格好をさせられて誤魔化される。使用人にはきつい箝口令が敷かれ父親への告げ口が阻止されてしまっていた。


この世界では珍しい治癒魔法を持つと鑑定されたジェナフィルカは、10歳で協会が運営する育成保護機関に引き取られ一時の平穏を得たものの、2年後にはなんと義妹がそこにやってきた。彼女は豊富な魔力を持ち様々な魔法を扱うことができる、所謂「チート存在」だったのだ。

それが分かった義妹は力の制御を身につけた途端に好き放題し始めた。

気に入らないやつは大人だろうと執拗に虐めて追い出し、力のある大人や気に入った者には愛らしい容姿と甘えた声音、感知されない程度の魅了魔法で取り入ってその罪を隠し通す。


タチが悪い事に大体のトラブル原因をジェナフィルカのせいにして。


お陰様でジェナフィルカの周りからの評価は『治癒魔法が使えることを鼻にかけた癇癪持ちで扱いの難しい人間』とされてしまった。


ちなみに、どんな魔法が扱えても治癒魔法だけは習得できなかった義妹のコンプレックスが、この悪行の要因の一つである。



この頃からジェナフィルカはどんどん物事や人に対して無関心になっていった。

どんなに努力をしても嘘つきの義妹に騙された大人達には認めてもらえない。稀有な治癒魔法でなければ協会から放り出されていたであろう事も容易に想像ができる(なんだったら陰口で似たような事を言っているのも聞いた)。


好きの反対は無関心。


生まれた時から一緒にいた使用人達が我が身可愛さに自分への陰湿な虐めを黙認していた時から、そんな人達にいつまでも何かを期待するほど、ジェナフィルカは希望的な考え方ができなくなった。


◇◆◇◆◇◆◇


やがて成長し、治癒魔法を使って各地で巡礼を行うよう指示されたジェナフィルカは淡々とそれを受け入れ、僻地の村だろうが戦地だろうが足を運んで人々を治療した。癒しを受けた人々はジェナフィルカに感謝をするが、ジェナフィルカに取ってはただの作業と変わりないので本人の反応はなんとも薄く、相手はそんな事を知る由もないためその態度に不満を持つようになってしまう悪循環が生まれた。


そんな中、義妹はその愛らしい容姿を駆使し協会だけでなく沢山の人々を魅了すると、ここでもやっぱり姉の黒い噂を流し、次第に人々のジェナフィルカへの態度は横暴になっていく。義妹が王太子に魅了魔法を使って婚約者に据えられるとその勢いはより顕著なものになった。

ジェナフィルカの味方をするのは魔法士見習いの1人で、義妹から迫害を受けた姉を持つリサや、ジェナフィルカの治療を受け直に接した内の幾人かだけだった。


とはいえ、ジェナフィルカの各地での治療の功績は変えようもない事実であり、褒美(と称してはいるが、実際は協会との力の均衡保持と、希少な治癒魔法の保持者を王族派閥へ取り込む為)に若くしてルートベル公爵家当主であるフランシスの婚約者として選ばれた。

ジェナフィルカはそれを協会関係者から聞かされ淡々と受け入れた。

リサはその話が出た直後に協会から出奔し、ジェナフィルカの専属侍女としてついてきたのである。


義妹は最初こそ美丈夫のフランシスにも魅了をかけていたのだが、彼が元々魔法が効きにくい体質な事もあり陥落する事が無かった。面倒になった義妹はフランシスの主人であり親友でもある王太子づてにジェナフィルカの悪行を伝え婚姻を破綻させようと仕向けたが、結局、王命は覆らずフランシスとジェナフィルカは結婚した。

ただ、親友の言葉を鵜呑みにしたフランシスは顔合わせの日からジェナフィルカを侮蔑を込めて睨みつけたし、結婚式では誓いの言葉ですら一切目を合わせず、初夜は仕事があると言って王宮に向かい屋敷に居る事さえ無かった事を知り、義妹は惨めなジェナフィルカの姿を想像して密かに溜飲を下げたのだった(勿論だがジェナフィルカは全く気にしていなかったのだが)。


◇◆◇◆◇◆◇


フランシスは王命で結ばれたとはいえ悪名高いジェナフィルカをルートベル家の恥とし、自分を名前で呼ぶことを許さず出来るだけ顔を合わせないように行動した。会えば睨むか些細なことで毒づくかのどちらかなのでお互い会わない方がマシである。

リサはフランシスのあまりの態度や行動に憤っていたが、ジェナフィルカは「まあ、義妹の話を信じる人間からすればそんなものだろう」と、さして興味を示さなかった。その態度がフランシスを更にイラつかせ、マトモな会話など無いに等しい日々が続いていた。


ルートベル公爵家の使用人は流行り病によって早くに両親を亡くしたフランシスを大切に思っていたため、ジェナフィルカへの対応は家長に倣い至って冷たかったし、フランシスを密かに想っていたメイドは定期的にジェナフィルカへ離縁を迫った。

王命はメイドが異を唱える程度で覆る事がないので、


「私ではなく旦那様に進言してください。私は指示に従いますので」


と淡々と告げるジェナフィルカに、メイドは更にギャンギャン吠え、使用人の部屋ではリサとメイドが度々一触即発になる始末だった。


そんな調子なので、ジェナフィルカの世話をリサが他の使用人に任せる事がある筈もなく、家令からの命令以外の専らの仕事はジェナフィルカの食事の用意からベッドメイキング迄の全ての身の回りの世話を行う事である。使用人達はフランシスの事にだけ集中できるので特に異を唱える事も無く、屋敷の中は正に冷戦といった様相だった。


ちなみに、何をされてもされなくても興味を示さないジェナフィルカと違いリサはやられたら倍にしてやり返す為、使用人達はリサを腫れ物のように扱っており嫌がらせは行わずに関わらない事で一貫していた。


結婚してからも、ジェナフィルカは協会の指示があれば各地に赴き治癒や治療を行っていた。本来であれば社交による情報収集が貴族の妻としての主な役割なのだが、協会側がジェナフィルカを嫁がせる条件の一つがそれだったからだ。「王族派閥に嫁ごうと、ジェナフィルカは協会の指示で動く」という牽制の意味もあったのだろう。

フランシスは王太子側近で機密事項まで様々な情報が入ってくる身であるので問題はなく、何よりジェナフィルカをルートベル家の人間として社交させたくなかった為、異論は無かった。


一応、屋敷の管理も自分の仕事だと認識していたジェナフィルカは、使用人がこちらを舐めていようがいまいが関係なく、使用人全員の名前と容姿、仕事内容を覚えた上で、屋敷を空ける前に纏めた指示書を家令に渡していた。使用人達も最初こそ反発していたが、いつも最終的にはジェナフィルカに指示された行動を取らざるをえない事態に陥るため、徐々に諦めたように従うようになった。

しかし、それを知ったフランシスがジェナフィルカに抗議してきて、「私の家族である使用人にお前ごときが指示を出すな」と怒鳴られた為、それも2ヶ月ほどで止めてしまった。



屋敷にいてもやる事が無くなったジェナフィルカに、協会から指示が無い日は定期的に領内を散歩する事を提案したのはリサだ。お忍びで査察しておけば、万が一何かしらの不備が発生した時、仕事がスムーズになると言われ納得する。


身分は伏せ「少し遠くから療養にきた商家の娘ジーナ」という設定を提案したのは、急に領主の妻が訪ねてきたら領民が混乱してしまう為…と言うのは建前で、リサの懸念はこの領地でジェナフィルカの噂を鵜呑みにした人間が彼女に何がしかの危害を加える可能性だった。

領主があんな有様なのだ。当然ながら領民にもそんな思想の奴がいるかもしれない。

とはいえ、あんな空気の悪い屋敷にジェナフィルカを留めておくのは、方々を巡りぐったりして帰ってくる場所としては不適格過ぎると感じたのだ。

協会での生活の中、徐々に物事に無関心になっていくジェナフィルカを目の当たりにしていたリサは、これ以上大切な主人の心が痛みを受けなくて良いようにしたかった。


(せめて、ジェナ様の気に入るものや好きなことを見つけられたらいいな…)


それが専属侍女になった時からのリサの願いだった。



一応の名目は休日の気晴らしなのだが、ジェナフィルカは通りがかりに怪我人や病人を見つける度に反射的に治療を行っていた。もうすっかり体に染み付いた行動なのだろう。

名前を聞かれた時は偽名と偽った身分を伝え、「療養先からこっそり抜け出しているので、自分の存在は他言しないで欲しい」という一言も添える。

元々人の良い領民達は態度は冷たいながらも率先して怪我や病を癒してくれた事に感謝し、「ジーナ」は密かに人気者になっていく。

領民達はジェナフィルカの噂を知っていたものの、王都から少し離れたこの場所では容姿や細かい所までは伝わっておらず『領主様が噂の悪女と結婚したらしいが、別段こちらになんの影響もないのでどんな人なのかは実際のところ分からない』程度の認識だった。


「ウチの公爵様だって基本仏頂面だから冷酷公爵と呼ばれているが、その実とても優しく誠実なので、噂なんぞ当てにならん」


と笑い飛ばす人がいた事に、ジェナフィルカとリサが驚いた程だ。


その内、冷たい棘の様な態度で温かく献身的な行動をする美しい姿を、透き通る様な白銀の髪と緑の瞳になぞらえて「白薔薇」という渾名が、ジーナを知る者の間での隠語になった。「白薔薇ってなに?」と聞かれれば「最近ここいらに現れるようになった妖精みたいなものだよ」と答える。ジーナに出逢うと「ああ、この人が白薔薇か」と納得するのを、当のジェナフィルカとリサは知らない。



「領主も屋敷もクソ以下ですが、領民の皆様は噂に惑わされずに人を見られるとっても素敵な人々ですね!」


と、リサは心底嬉しそうにしており、ジェナフィルカも少しずつ「自分が期待しても大丈夫な人」の数を増やせるようになった。



そんな日々を送っていた最中、転んで怪我をした子どもを治療してくれたお礼にと、母親にお呼ばれしてお茶をご馳走になっていたジェナフィルカ達の元を、白薔薇の噂を聞きつけた冒険者パーティが訪ねてきた。仲間の戦士が魔毒にやられ意識が戻らない事を伝えられ、ジェナフィルカは依頼と受け取り急行する事となる。

この一件をキッカケに、ジーナ宛に定期的にギルドから依頼が届く様になった。身分を伏せた彼女に配慮する形で、依頼時はリサに文書鳩が飛んでくる。報酬もキッチリ出るので、ジェナフィルカの個人資産として日用品や日々の食事代に宛てがわれた。


これまでジェナフィルカとリサの日々の出費は公爵家の財産からではなくそれまでの2人の貯金を切り崩していた上で生活していた事もあり、屋敷の誰も外出が増えた理由すら聞かないのでその事に気づくのは大分後の事である。

ちなみに、当然ながら夜会に参加などという事も皆無なので、慎ましやかに生活していた2人はいつ追い出されても大丈夫な様に貯金を再開したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇


そんな中、突如として隣国との大戦が始まり多くの死傷者が出た。

混乱する市井を義妹に陥落された王族が余所事のように扱う。

そこまできて、フランシスもやっと人徳の高かった筈の王族と友人がおかしい事に気がついたようだった。


役に立たない王族に代わり、領地を与えられ田舎暮らしを満喫していた王弟を筆頭とし、フランシスをはじめとした側近達がなんとか持ちこたえるも徐々に戦線後退を余儀なくされる日々。激しい抗戦の末、フランシス自身も深手を負う。


最早これまでかと諦めかけた時、協会から指示を受けたジェナフィルカが野戦病院に駆けつけあっという間に全ての怪我人を治療してしまった。本来魔法が効きにくいはずのフランシスまでも傷一つ残らず、思わず呆気に取られてしまった。

全回復した騎士達の活躍でなんとか敵陣を退ける事に成功したフランシスの所属部隊は、ジェナフィルカに付き添い各地の防衛の手助けを行う事になった。そこで、己も傷つきながら兵士や街の人々を治療するジェナフィルカの姿を見るようになる。治癒魔法はどうやら術者本人には効果が無いようで、彼女の怪我は日々増えていった。


しかし、悪い噂が多い彼女が感謝されていることはほとんど無く、それどころか遅いと喚かれたり八つ当たりでジェナフィルカを殴ったり蹴ったりする者すらいた。

流石に庇い、時には相手を拘束する事さえあったが、肝心のジェナフィルカ自身が「いつもの事ですので」と、特になんとも思っていない様子で治療にあたる姿にフランシスも部隊の者もショックを受けたのは言うまでもない。

到着が遅れ家族を亡くした人が興奮状態でジェナフィルカを罵倒している間も黙って治療を行う献身的な姿に、フランシスはこれまでの行為を思い返して居た堪れない気持ちになった。


ここに来てようやく、ジェナフィルカの噂に疑問を持ち、その心がとっくに血塗れで死にかけていた事に気づいたのだ。


◇◆◇◆◇◆◇


王都付近まで迫った侵略行為も素知らぬ風の王族に遂に民の怒りが爆発し王都で大規模なクーデターへと発展したのは、それからまもなくの事だった。戦線を食い止めるのに必死だったフランシス達の対応が遅れ、処刑されかけた王族をギリギリ助け出せたのはほとんど運のようなもの。贅沢三昧だった義妹が散々殴られ身ぐるみを剥がされ意識不明になった事で魅了が解けた王族は、霧がかっていたような思考が一気に晴れ、目の前の惨状に言葉を失った。

そんな矢先、クーデターにより戦線が崩れ遂に王都の目の前まで敵戦力が迫っている報告が上がり、処刑どころでは無くなってしまう。

しかし、王族がこれまでの腑抜けた態度が嘘だったかのようにすぐに指揮系統を統一し、フランシス達側近や王立騎士団協力の元、少ない兵力で確実に戦線を復帰させ、時に王太子自らが前線に立ち敵勢力を退けていった。


最終的に、制圧された領土の殆どを取り戻した王国が隣国に条約交渉を持ちかけ大戦は終息した。


現王族はこれまでの犠牲を悼み、自分達の愚行を謝罪した上で全権を王弟一族に譲り王位を退き処刑を受ける事を提案したが、明らかに様子がおかしかった事、最終的に王が指揮を執った事で戦線が回復した事、王太子も前線にて武功を挙げた事を理由に、これからは王弟とも力を合わせて国を復興していく事でなんとか王国は纏まった。民の多くも一先ずは復興が最優先とし、犠牲者の慰霊碑を建てて必ず毎月王族が冥福を祈ること、そして民がこれからの王族の態度を厳しく見ていく事で溜飲を下げた。

義妹は王族への魅了魔法により多くの犠牲者を出した事で身分剥奪及び魔力を全て封印した上で復興作業に従事し、それが終われば大罪人が送られる劣悪な労働環境の鉱山で一生を過ごす事となった。

王国では極刑を上回る最高位の罰である。

義妹の共犯とされた伯爵家は取り潰し、一族郎党が連座となったが、ジェナフィルカだけは大戦中の治療行為により寧ろ王国を護ったとして処刑を免れた。

義妹の断罪でジェナフィルカのこれまでの噂が全て虚言であったことが暴かれ、更には協会の劣悪な労働環境の粛清が行われ、ジェナフィルカは悪女から一転して聖女として扱われた。



「左様でございますか」


王宮で聖女の称号を与えられることをフランシスから聞かされた時も、終戦記念の式典で王族から感謝されかつて義妹に籠絡されて噂を真に受けた王子から謝罪を受けた時も、当のジェナフィルカは淡々としていた。


◇◆◇◆◇◆◇


フランシスはジェナフィルカに今までの行為の全てを謝罪し、処罰を求めた。治療を受けた日からジェナフィルカを目で追っていたフランシスは次第に彼女に好意を持つようになった。なんなら、ジェナフィルカの行動から義妹の悪行として噂の調査を進言したのもフランシスである。

ジェナフィルカが望むなら離縁もしようと考えていた。が、ジェナフィルカの答えは至ってシンプルだった。


「別段何も望みません」


白薔薇が聖女であった事に驚きつつも温かく迎えてくれた領民の事が好きになっていたジェナフィルカは、離縁する必要性も感じないためそれだけ言って唖然とするフランシスを置いてさっさと自室に引き上げていった。



それから事ある毎にフランシスは時間を見つけてはジェナフィルカと関わろうとするが上手くいかない。国の立て直しに奔走しているフランシスは勿論、協会内部の革新の間も、ジェナフィルカは王宮やギルドを通じて各地での復興作業に赴いていたので、そもそも屋敷にいる事がお互い少ないのである。


使用人達は自分たちがジェナフィルカとリサに対して行ってきた行為を改め償おうと世話をしようとするが、これはリサが全てを拒絶した。


「ジェナフィルカ様のお世話は私一人で充分なので、皆様はこれまで通り旦那様を優先してください」


冷たく言い放つリサに対し、大戦中に家族が大怪我を負いジェナフィルカに救われたメイドをはじめ、使用人は皆俯くしか無かった。


「都合が良いですよね、皆さん。

あんなに酷い態度だったのにジェナ様が聖女になった途端手のひらクルックル。

やった方は水に流せるでしょうけど、どうしてやられた方が謝られたら許さなければいけない図式が出来上がるんでしょう。馬鹿みたいです」

「リサ、言い過ぎですよ。貴女の立場が悪くなるといけないから、落ち着いて。

それにいつも言っているけれど、私の事は本当になんとも思っていないから気にしなくて大丈夫よ?」

「いいえ、ジェナ様。

私は私の大切なお方の顔に泥を塗って石を投げ付けた不届き者が個人的に許せないだけです。あの方々に嫌われたところでなんの支障もありません!」

「貴女、私に似てきてないかしら?

自分で言うのもなんだけれど、褒められるような人間性ではないから心配になるわ…」

「従者は主人に似るかもしれませんね!

では早くジェナ様の好きな物事を見つけ出して幸せになって頂かないと真似できませんよ!」


朗らかな会話が漏れ聞こえるのは結婚当初に宛てがわれたジェナフィルカの寝室でのみだ。


使用人の1人が領内の酒場で酔った勢いでこれまでの事を吐露し、謝罪は受けてもらえるが許されていないようで居心地が悪いと愚痴をこぼした結果、フランシスと使用人達は領民からの猛反発を喰らう事になる。ルートベル家に「領主様は立派な方だ。だがやった事が悪質過ぎる」「嫁いできた女性に対して余りにも酷い」「妻の生活費すら出さない狭量さは如何なものか」「聖女様とは離縁して彼女を自由にしてやるべき」と多くの領民からの嘆願書が届くのはそこから少し先の事である。

そしてその後、かつてジェナフィルカに助けられた戦士が彼女に求婚し、結局フランシスとジェナフィルカが離縁する事も。


◇◆◇◆◇◆◇


ジェナフィルカはフランシスの事を「旦那様」と呼ぶ。それは自分の夫へ向けたものではなく「ルートベル家の長」への他人行儀な声音だった。


「ジェナフィルカ……。もしよかったら、その、旦那様ではなく、名前で呼んでくれないか?」


一度だけ、フランシスが言った事がある。終戦後復興が落ち着いてから定期的に行うようになった2人だけの茶会での出来事だった。

ジェナフィルカは感情の籠らない瞳で緊張した面持ちのフランシスを見つめ返すと


「それは御命令ですか?」


と尋ねた。

フランシスは一瞬呆気に取られるものの、慌てて否定する。


「え?あ、いや違う、俺の希望だ。君さえよければと言うだけで…」

「そうですか。ではこれまで通り旦那様と呼ばせて頂きます。もう口に馴染んでおりますし、別段支障もありませんので」

「そ、そうか…」


怒っているのでも、嫌悪されているのでもなく、ただ本当に「支障がないから」というだけの理由で拒絶され項垂れるフランシスを数秒見つめた後、ジェナフィルカは静かにカップを傾けるのだった。


ジェナフィルカは一度無関心になるととことん興味が無くなる。それが彼女の心を護る唯一の防衛本能だったからだ。

冷た過ぎる態度はそのまま「いかに彼女を蔑ろにしたか」の現れなので、フランシスは最後まで何も言えないのである。


◇◆◇◆◇◆◇


ジェナフィルカと離縁した後、忙しい日々の中でぼんやりと彼女と出会って間もなくの頃を思い出していた。

ありもしない義妹への仕打ちを指摘し憤る自分を暗い瞳で見ていたジェナフィルカ。あの時から既に自分は「何を言っても無駄」と諦められていたのだろう。片方だけの意見で全てを決めつけ、1人の女性を辱めた男に、何を期待できるというのか。


あの時ジェナフィルカは言った。


「旦那様は信じたい方を信じたいように信じればよろしいと思います。私には何の支障もありません」



数年後、復興に尽力した伯爵家の令嬢を後妻として迎えたフランシスは片方の意見だけを鵜呑みにせず公平な領主として有名になった。


白薔薇の聖女はその後領民から惜しまれながらも屈強な夫の古い友人が治める他領に移住し、二人の間には一男一女の仲のいい兄妹が生まれる。しっかり者の侍女やその他沢山の人からも愛され、ささやかな幸せの中で、彼女は大輪の薔薇の様な笑顔を取り戻したそうな。

個人的に『謝ったら許さないといけない』が疑問なのでリサちゃんに代弁してもらいました。


※小ネタ

リサちゃん以外にも義妹から迫害を受けた人や家族もいましたが、協会の重鎮にもお気に入り認定されている義妹には逆らえずやはり保身に走る人が大半でした。もう一欠片も関わりたくない(家族を関わらせたくない)という思いもあった事でしょう。

リサちゃんは正義感が人一倍強かった事もあり納得できなかったので、同期で親友のジェナフィルカの味方であり続けられました。


ちなみにリサちゃん、引越し先の領主に見初められて色々あった末、結婚したとかしなかったとか

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