今は大丈夫
『チュンチュン』
鳥の囀りでゆっくりと目が覚める。
庭に生えてるビワの木に、
最近番の鳥がよく来るようになった。
その鳴き声で目覚ましよりも早く起きる。
昨日は悲しかったな。
ぽっと出の女に勇気の隣を奪われるなんて。
悲しすぎて、昨晩の記憶が少し曖昧みたいだ。
でも記憶が曖昧だろうとなんだろうと、
朝ごはんは私が作らなきゃ。
その前にまず顔と手を洗おう。
洗面所に繋がるダイニングへと歩を進め、
扉を開ける。
「あ、おはよう」
「おはよー」
勇気とシルファンさんが先に起きていた。
奥のキッチンにはアデーラさんも見える。
「えっ今何時!?」
「落ち着け、寝坊はしてない。
ユウキが朝早くに起きて朝飯を所望したんだ」
「なんだ、そうだったんですか⋯って」
ダイニングの机を見ると、
食パン皿の上に多種多様な
ジャムが塗られた形跡がある。
「勇気くーん」
「⋯えーん」
シルファンさんに泣きつく素振りを見せる。
「うぐっ」
「どうしたんだ?」
「⋯うちではパン一枚につけるジャムは
一種類までって決めてるんです」
「そりゃ初耳だ、ユウキ、隠してたのか?」
シルファンさんの股をくぐって
お尻に回り込んでいる。
「おーい黙ってたのはよくないぞ」
難なく勇気を拾い上げて私の顔と突き合わせる。
「ごめんなさい⋯」
「謝れて偉いね、次からは一個だけにしようね」
「はーい」
「ところで、パンは勇気が焼いたんですか?」
身長的に、まだトースターに届かないはず。
「いや、使い方を教えてくれたんだよ、
かなり使いやすかった」
アデーラさんが二枚のパンを持って
ダイニングに来た。
「そうなんですか⋯」
見下ろすと、
勇気が褒めて欲しそうな顔でこちらを見ていた。
「よしよし、偉い偉い」
「えへへ」
「顔、洗ってきますね」
「ああ、ジャムは何がいい?」
「いちごでお願いします」
勇気に起こされるなんて、災難な二人だ。
⋯以前は自分がそうなっていた立場だっただろう。
起こすのも起こされるのも楽しかった。
アデーラさんとシルファンさんと
一緒に過ごすというのは、
おそらくこういうことの連続なんだろう。
私が成長するしかないんだろう。
「済ませました」
「おかえり、飲み物は何がいい?」
「水で大丈夫です」
先日外食をした時のような席の配置、
勇気の対面にパンが置かれている。
座る間に水が用意された。
「ありがとうございます」
何かの気遣いかジャムは薄めに塗られ、
パンの地の色がほぼ透けている。
対面のユウキは、
食事中のシルファンさんをじっと眺めていた。
もはやそれにシルファンさんは
気にする様子もない。
「そういえば、勇気くん」
「うん?」
「次に行く本の世界はどうするの?」
他の二人がユウキに注目した。
何気なく質問したが、重要な決定だ。
「うーん、だいじょうぶ」
微妙にどちらとも取れない曖昧な質問だが、
一応聞く。
「大丈夫っていうのは?」
「いまはいいかな」
いつまでかは分からない。
でも今、確かな今は平穏無事にいられる。
それだけで、かなりの安堵感を覚える。
当の勇気は三人の心配をよそに、
シルファンさんの顔を見るのに夢中になっている。
よく見ると彼女の口の端に、
りんごジャムが着いている。
「ジャムついてるよ」
「ん?そうか」
シルファンさんが何か口元を拭くものを
探していたその瞬間、勇気の口が
シルファンさんの口に近づく。
「あー」
自分でも驚くような脚力を発揮し、
シルファンさんの手にティッシュを用意し、
勇気の手を塞いだ。
「お、ありがとう」
「むー」
油断も隙もない。
この金田恵の目の黒い内は、
不純なことは起こさせない。
あと十年は早いのだから。




