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とあるくノ一の一生


一階に降りると、

メグミとアデーラが荷物を片し終えたところだった。


「寝かしつけてきたよ」

「ありがとうございます」

「で⋯拭くものとかないか?

ユウキの涎が着いてしまって」

「それならちょうどお風呂が湧いたところなので、

お先にどうぞ」

「ああ、ありがたい⋯と」

振り返ってメグミを見る。

「くノ一ってなんだ?」

「くノ一⋯ですか、なんというかその⋯

スパイとか密偵とか、

そういうことをする女の人ですね」

「なるほど、ありがとう」


密偵の一生⋯か。

私よりいい人生は送れなさそうだ。

さて、風呂に入るか。



シルファンが風呂に入ったのを横目に、

長椅子から立ち上がる。


「何か他にやることはないかい?」

「うーんそうですね⋯

今のところ家事は私ひとりでできますし、

アデーラさんはゆっくりしていて大丈夫ですよ」

「ふむ⋯そうか」


暇があるというのなら、

必然的に体が求めるものがある。

知識だ。

そういう性分であるのもそうだが、

この知らないことの多い世界で、

知らないまま放置しておくのはまずい気がする。

この家で一番知識が得られそうな場所といえば、

やはり故大五郎氏の書斎。

だが今はユウキがそこで寝ている。

どうしたものか。


「ねえ、本を読みたいんだけど、

二階の書斎には入っても?」

「うーん⋯本を取るだけなら。

お静かにお願いしますね」

「ありがとう」


早速二階に向かい、書斎の扉に手をかける。

ここ一番の集中と力加減をもってのぶを捻り、

扉を開ける。

最初に目に入ったのは、壁一面の本棚。

今まで暇という暇もなかったので、

こうして本を手に取るために

入ったのは初めてかもしれない。

ユウキは⋯隅のベッドで寝息を立てている。


(ん?)


地面に何かが落ちている。

薄暗いので目を凝らして近づいて見ると、

どうやら本のようだ。

表紙がやたら分厚く、

かといって内容はそこまで厚くない、

豪華な装丁が施された本。

題名は⋯『とあるくノ一の一生』。

くノ一⋯確かシルファンがメグミに訊いていた、

確か密偵という意味だったはず。

シルファンはこの本に目を通したのだろうか。

丁度いい、これを持っていこう。


(おっと)


本を持ち上げると、見た目より幾分か重く

危うく手から滑り落ちるところだった。

紙が上質だと重くなるのだろうか。

それを考えてみるのも一興だね。

ユウキを一瞥し寝ていることを確認すると、

音を立てないよう部屋を出る。


「ふぅ」


一息ついて一階に降り、

沈めていた音を解放するように

長椅子に調子よく座る。

まず表紙背表紙裏表紙を舐め回すように見る。

先程は暗くて分かりづらかったが、

密偵を思わせるような暗い色が

全体に多く使われている。

次に匂い。

古い紙と新しい紙が混ざりあったような、

複雑な香りを内包している。

最後に本の内容だ。

さてさて私をどれほど唸らせてくれるのか。

正しく本を開き、一番右の頁へと捲る。



とある村に病気がちな母を持つ、

大変気建てのいい娘がいた。



その娘は大変手先が器用で、

裁縫の腕は国中に知られる程だった。



ある日、娘の母親が流行病に罹るが、

娘の家は貧乏で薬を買うこともままならなかった。



町へ行って売れるだけの服を売っても、

薬の値段には到底及ばなかった。



娘は絶望しながら帰路に着いていると、

目の前の道に部下を大勢連れた呉服屋が、

肩で風を切って歩いていた。



そしてその裾からは、

財布の紐がこれみよがしにぶら下がっていた。



その時の娘は、ふと『私ならやれる』と思った。



思ってからは早く、

こけたふりをして呉服屋にぶつかり、

その拍子にさっと裾から財布を抜き取った。



しかし腕の立つ部下によって捕まり、

部下たちに袋叩きにあった。



それを制止したのは呉服屋だった。



呉服屋は裁縫の腕で有名なあの娘であると気がつき、

その器用な手先も買い娘を雇うことを申し出た。



娘は母の病を治してもらうことを条件に、

呉服屋の絶対服従の下へと入り、

やがて呉服屋専属の

闇に生きるくノ一となったのだった。




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