表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

追憶


少年はライ麦パンに

少し苦戦していたようだったが、何とか完食した。


「少年、苗字はあるか?」

「えーっと、おおしま」

「オオシマか」


確か村長がそんな苗字だった気がする。


「よし、もう行くぞ」

「さんぽ?」

「まあ、似たようなものだ」


昼の見回りにはまだ早いが、

オオシマ君を連れ帰るついでだ。

立ち上がり外に出ると、

オオシマ君が手を繋いでくる。


「にひひ」


拒むべくもない。

ただ少し、村長の家に着く時間が増えるだけだ。



ここが勇気の言っていた不思議な場所。

アデーラが言っていた、現実と物語の中間地点。

当人を見ると、自分の体をまさぐっていた。


「どうかしたんですか?」

「いやあ、ここに来たら杖や服が

戻るかもと思ったが、戻らなかったよ」

「そう…ですか」

「それは置いておいて、さて、

どうやってたどり着こう」


杖は本人にとって

重要な物品のはずだったはずだが、

アデーラは何の感慨もなしにそう言った。

この光景に囲まれながら。

近くには廃墟を抽象的にしたものの群れ。

遠くでは火の手が上がっている。

足元は石畳の道路。

空は玉虫色で蓋をされている。


「ふーむ、前に来た時と光景が違う」

「前はどんなだったんです?」

「前はもっとこう、

城だったり石畳や藁が

敷き詰められていたりというふうだったけど、

ここは完全に戦時下といった様子だね」

「戦時下」


だが閑散としている。

この空間に人はいないのか?。


「どれ、一度上から見下ろそう、捕まって」

「わかりました」

『虫の皇』

「きゃっ!?」



思った通り、

丘の上の村長宅には誤差程度の時間差で着いた。

戸を叩く。


「村長さん?いるかい?」

「はいはい今出ますよ」


宣言通りすぐに戸は開かれる。


「何用ですかな、騎士様」

「ああ、見回りついでに、この子を…」


横に引いて見せつけたオオシマ君を、

怪訝そうに村長は見つめる。


「どなたですかな?その子」

「え?この子はオオシマさんのところの子じゃ…」

「御足労なさったようで申し訳ないですが、

うちの家名はウォーシマルですじゃ」

「あ、ああそうかそうだった、失礼した」


あまりにも初歩的な間違いで小っ恥ずかしくなる。


「ええ、ちなみにオオシマという家は

この村にはありませんよ」

「そうか、度々すまない」

「いえいえ」


扉が閉まる。

ひどい目にあった。

有り体に言えば、

拾い子を自分の子じゃないと否定されただけだが、

たったそれだけで精神を大きく削られた。

その不満を口から吐くよりも、

まず確認することがある。


「お前、みなしごなのか…?」


彼の頭に手を乗せて言う。

分からないという発言にも辻褄が合う。


「わかんない」

「そっか、そうだよな」


この歳じゃまだ分からないことだらけだ。


「行くとこあるか?」

「…ない」

「じゃあ、家に来るか?」

「うん!」



「うーん…」


ない。

文字が滲み出てくる場所が、

最終章のどこにもない。

たった十数ページの文量で

見つからないということはないだろう。


「うーん…」

「一旦最初から読んでみては?」


私を抱えながら、アデーラは言った。

上からめぼしいものは見つからず、

一度辺りを散策することとなり、

現在高速移動の真っ最中。


「そうですね、そうしてみます」


空中で字を追うのももう慣れた。



シルファンは戦災孤児だった。

親からつけられた名前以外、

全てを失ってしまった。

道の脇で死にかけていたところを、

通りがかりの馬車に救われた。

救い主は新進気鋭の女男爵だった。

シルファンは一時召使い見習いとして

雇われることとなった。

人生で初めての平穏だった。



ここまで読んで気がつく。

目下の、先程アデーラが戦時下といった光景は、

『とある騎士の一生』の

最初の場面と酷似している。


「気づいたんですが」

「ん?」

「この下の光景、

この本の最初の場面に似ているんです」

「…そうか…なるほど」


得心した、というような声色だ。


「だとしたらこの空間が、

その本と状況を共有しているというわけか、

ああ、どおりで」

「…何か思い当たることが?」

「いやなに、私の時もよく考えればそうだったなと」


まあこんな抽象的な光景に、

自分の記憶と結びつける方が無理がある。

いや、逆に記憶だけで考えれば

このボヤけ具合は似ているのかもしれない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ