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「ふー」


人生で一番腹に物を入れたかもしれない。

正直言ってとても苦しい。

長椅子から身動きが取れない。


『ぺち』

「ん?」

『ぺちぺち』

「太ももを叩かないでおくれ〜」

「にひひ」


うつ伏せから仰向けに変わり、ユウキの手を掴む。

こちらの手に難なく収まるほど、小さい。


「勇気くーん!」


いくつかの部屋を隔てて、メグミの声がする。


「うわー」


ユウキは慌てて部屋をうろうろしている。


「めぐみちゃんがくるー!」


呼んでいるのだから、来るのだろう。


「隠れさせてー!」

「あ」


ユウキが長椅子と私の間に潜り込んでくる。

かき分けて入ってくるので、

服のボタンが外れたり腕が服に侵入してくる。


「ちょいと」

「勇気くーん?」

『ガチャ』

「勇気く…」

「あ…」


女神が、初めて見た時の悪魔の顔になっていった。


「少しは信頼できると思ってたのに…」

「ち、違う誤解だよ!」


メグミはゆらゆらと近づいてくる。


「変質者」

「待ってくれ!これには訳が!」

「問答無用!」

『ガシッ』

「ひ」


終わった。

今度こそ頭骨が陥没して死ぬんだぁ…。


「お風呂やだぁー」


服の中から声がする。

服に潜りこんでいるのは、ユウキ。

自ら進んで潜っている。


「…」

「入りたくないー」


メグミは両手を離す。


「ほっ…」


どうやら一命は取り留めたようだ。


「入りましょうねー」

「やだー」

「うぉぉ…」


これ以上進みようがないのに、

ユウキは手足をばたつかせる。

不思議な温かさが湧いてくる。

摩擦熱か。


「出てきなさーい」

「いやー」


足を引っ張られ、

ユウキはそれに抗おうとこちらのズボンを掴む。

メグミの力に抗うには、ズボンは頼りなかった。

ユウキと共にズボンが下がっていく。


「おっとっと」


ズボンが下がるのを阻止すると、

丁度メグミが引く力と拮抗した。


「離しなさいよ」

「私ぃ?」


仕方なく、離す。


「あ〜」


ユウキは力なく手繰り寄せられる。

無為に、下着が顕になる。


「ちょっと、勇気くんになんてもの見せてるの!」

「私ぃ?」

「ぴゃぁぁ」


ユウキが連行され、私はズボンを上げる。


「ひどい目にあった」



「ふぅ」


本当に風呂はあった。

桶に貯めた水に浸かって

風呂と呼んでいた民族はいたが、

そんなごまかしではなかった。

温かい湯が溜められていた。

興味本位で壁にある半透明のボタンを押し、

危うく熱湯になりかけたが、

この温度もこれはこれでいい。

あの時友の誘いを断らずに温泉に入っていたら、

もっと早くこの感覚を味わえたのだろうか。

今更あれこれ考えてもしょうがない。

上等そうな石鹸もあることだし、

体全体を洗ってしまおう。



「すまないが」

「ん?」


風呂上がりのアデーラが話しかけてきた。


「私はどこで寝ればよろしい?」

「んー」


そういえば忘れていた。

大島大五郎危篤の際客に出していた布団を、

現在干したままにしている。


「ちゃんとした用意がないので、

ソファーで寝てもらえますか?」

「了解」


先程寝ていたので問題は無いだろう。

掛け布団は後で持っていくとして、今は勇気だ。

今度こそ、勇気お気に入りの英雄譚を読み聞かせる。

リビングの本棚の最下段から、本を取る。


「勇気くーん?」


返事は無い。

ならばと2階の私の寝室に行く。

扉を開けると、既にベッドに勇気はいた。

用意のいいことだ。


「きょうはなんのほん?」

「今日はね、勇気くんの大好きな本」

「やったぁ、へへ」


今までで何十回と読み聞かせ、

それでもまだリクエストがあるほどの

お気に入りだ。


「今日はどこから聞きたい?」

「おわりのところ」

「ん、わかった」


勇気はこの本のラストシーンが好きだ。

当たり前のことだが。

勇気が自発的にトイレに行きやすいように、

奥で腰を下ろす。


「じゃあ読むね」

「うん!」

「『とある騎士の一生』」

「ぱちぱちぱち」

「騎士シルファンは兵隊の居ない村に

滞在することにしました」


『とある騎士の一生』は大島大五郎の作品の中でも、

狙って児童向けに執筆された珍しい本だ。

正直勇気一人でも読むことは容易いだろう。

だが、未だ一度も読ませたことはない。


「熊や狼を追い払ったりして、

村人たちと仲良くなっていきました」


熊や狼を追い払ったりして、

村人たちと仲良くなって行きました。


「そんなある日の夜、村にドラゴンが現れました」

そんなある日の夜、村にドラゴンが現れました。


「ん?」


勇気が表紙をつついている。


「へへ」


そして何か、

探し物を探す手間が省けたような、

そんな笑顔を見せている。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」

「そっか」


気を取り直して。

ここからだ。

記憶を頼りに語る。


「騎士シルファンはドラゴンの出現を事前に察知し、

待ち構えていました」


騎士シルファンが起きた頃には、

村の半分が焼かれていました。


「そして避難する村人の盾となりながら、

一生懸命戦いました」


そして残った村人をかばいながら、

必死に守りました。


「村人が避難したことを確認すると、

騎士シルファンは華麗な一撃で

ドラゴンを撃退しました」


村人が避難したことを確認すると、

騎士シルファンは命をとした反撃で

ドラゴンの首を切り落としました。


「こうして騎士シルファンは

村を守りきりましたとさ」


しかし騎士シルファンも怪我で死んでしまいました。


「めでたしめでたし」


村人たちはシルファンの銅像を建て、

英雄として讃えました。


「ふぅー」


勇気はもう寝ている。

私は後何回こうやって偽ればいいのだろう。

いくら児童向けに書かれていても、

描かれ方はいつもの大島大五郎と何ら変わりない。

『とある魔女の一生』のように

読み聞かせた回数が少なく、

最初の盛り上がる場面だけを

堂々巡りするだけならいざ知らず、

最初に続けて読み聞かせてしまったこの本は

もう後戻りはできない。

死から遠ざけてしまったからこそ、

大島大五郎の葬式で泣けなかったのかと考えると、

余計に悩んでしまう。

簡単なきっかけがあればいいが。



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