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第八話

〈見晴台〉

16時。絶景を見つめる彼女の後姿はいつにもまして綺麗だった。


【コウスケ】

「……よっ。」


【ユイ】

「あっ、コウちゃん。ここは昔と変わらないね。すっごい綺麗……。」


見晴台。告白するならここだと決めていた。


【ユイ】

「でもびっくりしちゃった。メッセージじゃなくて、急に手紙なんか来るんだもん。」


【ユイ】

「……どうか、したの?」


何かを図るような間。彼女はもう気づいている。わざわざ手紙なんか使って呼び出されればその要件は予想容易い。お互いに覚悟の準備は万端ってわけだ。


【コウスケ】

「いや、その……。実は……。」


【ユイ】

「あっ! わかった、トリジイのことでしょ? へんてこな発明ばかりしてたけど、亡くなったって聞いたのは戻ってきてからだったら……。助手だったのにね、私たち……。」


【コウスケ】

「え? あぁ。……いや、そうじゃなくて――。」


【ユイ】

「もしかしてお母さんのこと? お母さん変わったからね。昔はあんなに怒っていたのに、今はすっごく優しくなった。……まあたまに怖いんだけど。」


【コウスケ】

「あ、あぁ。確かに驚いたな……。でも、そういうんじゃなくて――。」


【ユイ】

「じゃあソウタ君のこと? すごいよね、助っ人としていろんな部活に参加してるんだって。この前もサッカー部で準決勝まで行ったんだよ。でもそれに勝っちゃうコウちゃんもすご――。」


【コウスケ】

「ユイッ!」


【ユイ】

「っ!」


大きな声が場を制した。似合わないことをしているのは重々承知している。それでもやらなければいけないことがある。


【コウスケ】

「聞いてほしい、話があるんだ……!」


大きく息を吸い、彼女に視線を合わせ、唾を呑みこむ。


そして乾いた唇を開こうとした、瞬間。


[効果音]ぴちゃ。


【ユイ】

「……あっ、……雨。」


ピピピピピ!


同時に、俺のポケットから携帯の着信音が鳴った。


鳴ったが、無視し続ける。


【コウスケ】

「ユイ、俺は――!」


~♪~♪~♪~♪。


しかし俺の言葉をかき消すように、街の防災無線が鳴った。


(……ふざけるんじゃねぇ。こんなもんで止められると思うなよッ……!)


俺は鳴っている携帯の電源を落とし、濡れた彼女の手を取った。


【ユイ】

「え?」


【コウスケ】

「行くぞッ……!」


彼女の返事も聞かぬまま、俺たちは雨の中を走り出した。


※場面転換※


〈屋敷〉

【コウスケ】

「このタオル使ってくれ。」


【ユイ】

「あ、うん。ありがと……。」


見晴台での告白は失敗に終わった。まるで神様がするなと言わんばかりに。


だがここまで来ればもう邪魔立てできないだろう。俺に諦める気など毛頭ないのだから。

 

それにここならトリジイが用意していた策が使える。使うつもりなどなかったが、こうなれば逆に使えと言われているような気さえする。


【コウスケ】

「……まさか、本当に使うことになろうとはな……。」


【ユイ】

「ん? 何か言った?」


【コウスケ】

「いや何でもない。……それよりもこれ、覚えてるか?」


2時間もあったボイスレコーダーの続きには、もし彼女と再会できたのならばと、奥手な俺がうまく告白できるようにトリジイがくだらない秘策を残していた。


【ユイ】

「トリジイの“嘘発見器”……?」


【コウスケ】

「そうだ。久しぶりだし、二人でやらないか? 嘘つきゲーム。」


【ユイ】

「え、でもそれって――。」


【コウスケ】

「まぁまぁ、いいから座れって。」


“嘘発見器”なんて仰々しい名前をつけられているが、こいつはただランプが光るだけの代物だ。もし本当にそんなものができていたらとっくに特許を取れている。


正直この告白のやり方が正しいとは思わないが、失敗したら墓前で文句を垂れてやればいい。


【コウスケ】

「先行は俺からな。じゃあ、“俺はケーキが好きだ”。」


【ユイ】

「えっと、マル?」


[効果音] ブブッー!


ブブッー! とバツのマークが点灯した。


【コウスケ】

「……外れたからもう一度俺だな。“俺はサッカーが好きだ”。」


【ユイ】

「確か……マル?」


再びバツが点灯した。


【ユイ】

「あれ、でも昔よくやってたような……。というか、このゲーム懐かしいけどトリジイがリモコンで操作してただけなんじゃ――。」


【コウスケ】

「次、いくぞ。“俺は動物が好きだ”。」


【ユイ】

「……マル、だよね?」


バツ。


そうして質問を繰り返す。するとさすがに彼女もおかしいと気が付いてきた。これがただの昔を振り返る遊びではないのだと。


(だとすれば、そろそろか……。)


俺は深呼吸をし、言うべき言葉を頭の中で繰り返す。


【コウスケ】

「じゃあ、次な。次、……俺はっ、ぉ俺は……君のことがっ…………好き、っである……。」


【ユイ】

「っ!」


【ユイ】

「それって、どういう――。」


しかし彼女が何か言うよりも早くに、バツが点灯した。


【ユイ】

「……ぇ?」


張り裂けようになる心臓を無理やり押さえつけ、続ける。


【コウスケ】

「つ、次な。俺は、本当はっ……君のことが好きであるっ。」


【ユイ】

「……え? でも、さっき……。」


しかしその先の言葉をかき消すように、バツが点灯した。


【ユイ】

「コウ、ちゃん……?」


【コウスケ】

「次だ。俺は、本当の本当はっ、君が好きであるっ!」


今度は俺の言葉が終わるとほぼ同時に、バツが点灯した。


【ユイ】

「コウちゃん……どうして、こんなこと……。」


【コウスケ】

「今までのは全部嘘でっ、俺はっ、君が好きであるッ……!」


バツ。


【コウスケ】

「それでも、好きであるッ……!」


バツ。


【コウスケ】

「好き、なんだ!」


バツ。


【コウスケ】

「ずっと会いたいと願っていた!」


バツ。


【コウスケ】

「君を多く傷つけた! 君にひどい言葉を掛けた! ……それでも君を好きになった!」


バツ。


【コウスケ】

「何度も後悔した! 君に好きだと伝えられなかったことを……! ソウタに負けたことを……!」


バツ。


【コウスケ】

「君が転校をして、君の傍にいたいと、傍にいるだけで幸せだったんだとはじめて気が付いた……!」


バツ。


【コウスケ】

「謝りたかった。感謝したかった。……好きだと、伝えたかった……!」


【コウスケ】

「でも、できなかった……。遅かった……。気が付いた時には君は遠くに行っていた。」


【コウスケ】

「それから何度も願うようになった。次は必ず伝えるのだと、全て吐き出すのだとっ!」


俺は顔を上げた。


その顔はひどく滑稽で醜い様なのだろう。


しかし彼女も同じようなものだった。何度も手で瞳をこするが、あふれ出る雫をすくうことはできていなかった。


【コウスケ】

「好きだ……! ユイっ!」


彼女の目を見てはっきりと告げた。そして強く握り汗ばんでしまったリモコンを、彼女の前に置く。


ユイはゆっくりとリモコンを手に取り、そしてマルを点灯させた。


【ユイ】

「私も、コウちゃんが好きっ……!」


【コウスケ】

「っ! ユイっ!」


俺は彼女に抱きつく。


【コウスケ】

「もう、離さない! 君を、離しはしないっ!」


【ユイ】

「私も離れない! もうずっと、コウちゃんについていく!」


5月。暖炉に火をくべても、陽の上町はまだまだ寒い。


しかし今だけは、二人を包む世界は陽だまりのように温かかった。


【コウスケ】

「俺には、夢がある。それを叶えることを今まであきらめていたけど、君に想いを伝えることができて、結ばれることができて、やっぱり目指そうと思う……。」


【ユイ】

「……夢?」


あの日、子供のころに恥ずかしくて言えなかった本当の願い。


【コウスケ】

「俺は発明家になる! トリジイを超えて、世界中から注目され歴史に名前を刻むような人間になる! そして、そして君が動物に好かれるようになるすごい発明品を作って見せる!」


【ユイ】

「コウちゃん……!」


【コウスケ】

「だから、その……、また応援してくれるか……?」


【ユイ】

「うん!」


そこにはまだ咲くには早い、陽を浴び真っ直ぐに伸びるヒマワリのような笑みがあった。

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