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第七話

〈教室〉

なんだかんだして一か月が経とうとしていた。


あれから彼女との関係は良好で、普通に話をできるくらいにはなった。連絡先も交換しメッセージのやり取りもしている。


だが未だに好きだと伝えることはできなかった。


【ユイ】

『……コウちゃん、変わったよね。』


俺は変われなかったと答えたが、周りにはそう見えてしまうのだろう。


あの日から彼女を好きだという気持ちは何年も色褪せることはなかった。これまでの自分の行動がその証拠であると自覚している。


だが確かに、自分自身が消極的な人間になったとは思う。


それは成長だとか大人になったということなのかもしれないが、昔のがむしゃらでわがまま王子だった自分とは異なる部分が生まれたのも確かだ。


そしてそれは間違いなく、彼女の転校が起因している。


だが転校そのものよりも俺に最大の影響をもたらしたのは、“あの日ソウタに負けたことで彼女を失った”という自責の念だ。


運動会の後すぐに転校したのはただの偶然であり、因果関係などありはしない。勝とうが負けようが、彼女の転校の結果は変わりはしない。


逆恨みもいいところ。この自責は本来存在のしようがない。俺が勝手に作り出した空想上の生き物。


だがそれを払拭できないがゆえに、自己嫌悪から俺は卑屈になっていった。


ありもしない無から、過程を飛び越え有は生まれた。自責なんてものは初めからそんなものなのかもしれないが、それを知れるほど大人じゃない。


そんな俺が、彼女を幸せにできるだろうか。愛し愛されるだろうか。


出来ればあの日の自分にけじめをつけ後悔を昇華させ、その上で彼女に気持ちを伝えたい。


そう考えるのは無知で世間知らずな傲慢な考えか。


だが皮肉か悪運か、そのチャンスは確かに巡ってきた。


【担任】

「あー、それと3、4限目のスポーツテストだがな、校長先生殿の計らいで陽の上学園と合同で行うことになった。」


【クラスメイト】

「合同っ?!」


【担任】

「まあ、もうすぐあっちの校舎の復旧も終わるらしいし、こういうイベントがあったほうがいいんじゃないかって打診されてな。」


朝、連絡事項でクラスをざわめかせる内容が発表された。


ただでさえ険悪な仲の両者が同じ学び舎にいることさえ危ういというのに、それが一緒に、それもスポーツテストという競技の場を共にしようというのだ。


大義名分を得た、優劣を決める戦いの場。クラスの熱気が滾るのは当然のことでもある。


〈グラウンド〉

【体育教師】

「よーし、まず男子は反復横跳びから始めるぞー! 陽の上はこっち側、陽の下はこっちで行う。はーい、すぐ整列ー!」


いかつい体育教師の手前、目立った行為は見受けられないが、そこら中からバチバチと熱い火花が散っていた。


【陽の上・男子】

「うっひょー、マサシすっげーなー、70回越えだぜー! こんなの誰にも超えられねえよー!」


【陽の上・男子】

「……チラ。」


【陽の下・男子】

「……。いっやー、トオルは73回かー、ちょっと力抜いて本気じゃなかったのになー。73回かー!」


【陽の下・男子】

「……チラ。」


そうして競技が進む中、一番目立っているのはやはりソウタだった。“下”の奴らの記録を易々と塗り替え、実質ソウタ一人と“下”の対決模様となっていっていた。


【体育教師】

「よーし、これで最後の種目だな。……しかしどうせ最後だしあれにするか、今まで別々にやっていたが、仲良く一緒にするかっ!」


【陽の上、陽の下・男子】

「「は?」」


【体育教師】

「陽の上と陽の下二人一組でやろう。せっかく違う学園が一緒にやっているのに、これじゃあ意味ないしな。交流を深めるためにもそうしよう!」


突然の体育教師の提案。仲良くさせたいのか喧嘩させたいのかわからないが、俺にとってはこれほど好都合なことはなかった。


【体育教師】

「よぉし、そういうことで適当にペアを作ってくれ。走る順番は好きにやってくれていいからな。間違っても、ペア決めるので揉めたりなんてするなよー。」


そう言い残し、体育教師はゴール地点へと行ってしまった。


瞬間、全員の目の色が変わった。


今までの間接的な記録勝負ではなく、完全なる直接対決。これほど決着が明確でわかりやすいものはない。


【陽の下・男子1】

「おい、ソウタ! 俺と勝負しやがれ!」


【陽の下・男子2】

「馬鹿野郎! お前じゃ勝負にならねえよ! ここは俺に任せとけ!」


【陽の下・男子1】

「俺はこいつに借りがあるんだ……! 負けっぱなしで帰れるかよ!」


ソウタと陽の下とのペア決めはやはり熾烈を極めることとなった。


【ソウタ】

「……はぁ、別にどっちだっていいよ。じゃんけんでもして――。」


【コウスケ】

「……どけ。」


【陽の下・男子1】

「ちょっ!」


【陽の下・男子2】

「おい何す――。」


【コウスケ】

「悪いが、俺と走ってもらうぞ。」


俺の宣言に、言い争いをしていた二人だけでなく両学園の生徒が驚愕する。


【陽の下・男子1】

「なァ! なんでお前なんかがっ……!」


【陽の下・男子2】

「そうだぞ! てめえは引っ込んで――。」


【コウスケ】

「黙ってろッ……!」


【陽の下・男子1、2】

「「っ!?」」


【ソウタ】

「……へぇ、久しぶりに見たな、その目。……でも僕が誰とやるか、君に決める権利は――ンッ!?」


【コウスケ】

「逃がすと思うかっ……。」


俺はソウタの胸倉を無理やりつかみ上げる。


【ソウタ】

「……分かったよ。やればいいんでしょ、やれば。全く、相変わらず手荒いなぁー。」


【陽の下・男子1】

「相変わらず……?」


【陽の下・男子2】

「こいつが……?」


信じられないと、少なくとも陽の下の生徒は思っている。


【コウスケ】

「順番は最後をもらう、いいな?」


周りに確認するように問うと、誰も反対する者はいなかった。


いきなりの俺の高圧的な態度で人が散開していった。


【ソウタ】

「……ふぅ、ずいぶんと手荒なやり方だ。わざわざ走順を最後にしたのは、あの日の再現かい?」


【コウスケ】

「……。」


【ソウタ】

「君のやりたいことは大方予想できた。……だが、あえて負けてやるほど僕は優しくはないよ?」


【コウスケ】

「構わないさ。実力で勝つことに意味があるんだからな。」


そして順番が回ってきた。俺は堂々と白線に向かう。


気が付けば女子のほうは先に終わったのか、ちらほら姿が見えてきた。男子女子、両クラス全員が見守る中、俺たちはスタートラインに立った。


あの日、ユイと再会した日に足を挫き満足な調整はできていないが、日々の努力の成果か不安はない。


継続は力なり、とはよく言ったものだ。自信、自己肯定はコンディションを決める重要なファクター。


腰を落としクラウチングスタートの構えをとる。


【コウスケ】

「……。」


足裏で砂の感触をよく確かめながら、着実に足を地面に接地する。


【コウスケ】

「……ふぅぅぅ。」


息吹。武道の稽古にも用いられる準備動作。新鮮な空気を全身に取り込み、筋肉と精神のポテンシャルを引き出す。


呼吸を落とす。全身の力を圧縮されたポンプのように抜き、その反力を蓄える。


目を閉じる。自分の心臓の鼓動に集中し、律動を確かめる。


世界に溶け込むかのような感覚。この数秒にも満たない時間が不可視のパラメータを上昇させる。


これが正真正銘、速く走るために俺が今までに学んだ方法、その一端。


【合図者】

「位置について、よーい、……。」


[効果音]バンッ!


【コウスケ】

「ッ!」


低姿勢からバネのように力強く体を押し上げる。地面を蹴って得る反発力により推進し加速する。


【コウスケ】

「……っ! ……っ! ……っ!」


上体をぶらさずゴールの一点のみに視線を定める。振る腕を、上げる腿を、手指の一先まで風を押しのけ抵抗の反発を最小限で超え続ける。


【陽の下・男子】

「あいつ、ソウタと互角に走ってやがる……!」


【陽の上・男子】

「おいおい、こりゃどういうことだ?」


別に今まで隠してきたわけではなかった。ただ悪目立ちなのは分かっていたし、全力を出す理由がなかった。


あの日、俺はソウタに負け彼女は転校していった。願いが叶う魔法のカードなんてもんが空想だとわかる今でも、あの日を悔いなかったことはない。


もし勝てていたら転校は止められたのか。否、結果は変わらなかっただろう。


だがそれでも、俺は悔いた。彼女の抱いていた小さな希望を掴めなかったことを。


悔いるだけなら誰にでも出来る。どれだけ歯を食いしばり、涙を流し、血が滲むほどに握りこぶしを作ろうとも、過去も未来も変わらない。


ただの感情。ただの経験。目に見えぬもの。世界が観測することはない。


後悔の数や量でステータスが変化することなど絶対にない。大事なのはその先。


もし未来に変化が生じる何かがあるのだとしたら、後悔が何かを生んでいるのだとしたら。


それは原動力。


一生に一度の人生。同じ出来事が何度も起きるほど、神様は優しくない。


しかしそれでも、俺は特訓をした。学びを得た。もしあの日勝てていたらという悪夢を、再び見ないで済むように。


(今勝たなくて、いつ勝つっていうんだッ!)


既に半分は切った。つまり第二次加速を終えた今、あとはこの速度を維持できたほうが勝つ。


気を抜き一瞬でも迷いが生じたほうが敗者だ。まさに正念場。


【陽の上・男子1】

「ソウタ負けんなー!」


【陽の上・男子2】

「裏切り者を倒せー!」


僅かに、僅かに地面を蹴る足先が力んだ。


一か月も前の捻挫の痛みさえ、ぶりかえしたかのようにまとわりつく。


もう既に加速区間は終わっている。それでも懸命に腿と足裏に意識を集中させ足を全回転させる。


ゴールまであと10m……。5m……!


(またなのか……! また、俺はっ……!)


【ユイ】

「――コウちゃんっ、がんばれぇぇぇぇっーーー!!!」


【コウスケ】

「ッ!」


“上”にも“下”にも嫌われている、俺に対する声を聞いた。届くことがないはずの声援。あの日聞こえなかった俺の勝利を願うエール。


そしてそれは見えないゴールテープを切る寸前、俺の背中を撫でるように押した。


【コウスケ】

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


【ソウタ】

「はぁはぁ……!」


【陽の上・男子】

「コ、コウスケが勝った……。」


【陽の下・男子】

「まじ、かよ……。」


あれだけの走りをしたというのに、ソウタはすぐに呼吸を整えていた。


【ソウタ】

「……まさか、本当に勝ってしまうとはね。」


【コウスケ】

「はぁっ、はぁっ……。二度も、負けられるかよっ……!」


【ソウタ】

「正直驚いたよ。大した努力だ。あの屋敷に通っていたのは、やっぱり何かしら意味があったのか。」


確かにトレーニングにはトリジイの屋敷周辺を使っていた。生前はトリジイもそれとなく俺に手を貸してくれた。ほとんどはガラクタの意味のない発明品だったが。


【ソウタ】

「……まあ勝てた褒美としては何だが、ひとつ昔話でもしようか。」


唐突な提案だった。ソウタは静かに目を伏せる。


【ソウタ】

「僕は、……彼女に謝らなければいけないことがあるんだ。」


【コウスケ】

「謝る……?」


【ソウタ】

「実は彼女が転校する直前の運動会、彼女にある頼み事をされた。」


【ソウタ】

「それはお前を勝たせてやってくれないか、というものだった。」


【コウスケ】

「……!」


【ソウタ】

「お願いだからと、私に出来ることなら何でもするからと、一生懸命コウちゃんは練習しているんだと、彼女は訴えてきた。」


【ソウタ】

「だけど僕はそれを突っぱねた。あの頃は僕も君に劣らずやんちゃだった。か弱い彼女を容赦なく突き飛ばし、ふざけるなとあざ笑った。」


仮に今のお人よしのソウタだとしても受け入れないだろう。ましてや当時のガキならなおさらだ。それをユイがわからなかったとも思えない。


でも、それでも、実行するには行動するしかなかったんだ。しがみつくことしかできなかった。


【コウスケ】

「……程度はどうあれ、それは仕方がないことなんじゃないのか? 負けてくれなんて、頼むほうが間違ってる。」


【ソウタ】

「……かもね。でも彼女は怒鳴る僕にこう言った。」


【ソウタ】

『あんな弱っちい雑魚に俺が負けられるかよ! 俺を誰だと思ってやがる!』


【ユイ】

『うぅ、だったら、だったら、せめて、……せめて、コウちゃんの友達になってくれませんか?』


【ソウタ】

「彼女は泣くのを必死に堪えながら、そう懇願してきた。無論僕はそれも蹴った。しかし何度蹴っても、彼女はお願いしますと縋り付いてきた。」


【ユイ】

『お願いします……! お願いしますっ……!』


【ソウタ】

『うるさいっ! あんなのと友達になんかなるわけないだろ!』


【ソウタ】

「ひどい言葉で去ろうとする僕に、それでもと彼女は声を上げた。正直、ここまで強情だとは知らなかった。」


【ユイ】

『コウちゃん、本当はみんなと遊びたいって思ってるから! 仲間を探してるから! 本当は寂しがり屋で、みんなと楽しく遊ぶことを夢みてるからっ! ……でも、私じゃできなかったから。だから、だからどうかっ……!』


【ソウタ】

「彼女は、自分が独りぼっちになることよりも、君が独りになってしまうことに悩んでいた。みんなと仲良くなりたいのに、意地っ張りで友達ができない君のことを心配していた。自分では力不足だと知り、僕らに助けを求めた。」


【コウスケ】

「……。」


【ソウタ】

「あの運動会の日、彼女はそうしてずっと頼み込んできた。僕たち以外にも頭を下げ懇願していた。……君にはバレないようにしていたみたいだけどね。」


知らなかった。何も知らなかった。だから彼女の声援が聞こえなかったのか。


【ソウタ】

「そんな彼女の優しさを無碍にしたことを、僕は謝りたかった。……実はあの日、彼女が引越ししてきた日も森で真っ先に伝えようと思ったんだ。ただ最悪のタイミングで君が来てしまってけどね。」


【ソウタ】

「さぁ、僕からは以上だ。……観客は大人しく物語の続きを見させてもらおうか。」


ソウタが見つめる先には、彼女の姿があった。

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