第六話
〈教室〉
あれから一週間が経った。
あの日、俺とユイとソウタは時が止まったかのように停止した。そしてその一瞬で、村の捜索隊に発見され保護された。
後日回収した俺の携帯には、彼女の父親、おじさんが亡くなり戻ってくることになったとソウタから連絡が来ていた。転校先は“上”の学園だそうだ。
また親の会話を盗み聞いた話では、あの日彼女は戻ってきて早々母親と口論になり家を飛び出していたらしい。
【コウスケ】
「はぁぁあ……。」
そうして一週間、近くにいるはずなのに遠い生活を送っている。
【担任】
「席つけー。帰りのホームルーム始めるぞー。」
視線を外に移すと、あの日から止まない雨が冷たく降り注いでいた。それはまるで永遠に降り続くのではないかと錯覚させる。
【担任】
「それと最後に、……急な話なんだがな、明日から陽の上学園がうちで授業を受けることになった。」
【コウスケ】
「……え?」
思わず声が出てしまった。しかし周りでも同じように驚いている生徒が多くその声はかき消された。
それもそのはずだ。陽の上と陽の下の犬猿の仲。それが同じ校舎で過ごそうというのだ。
【担任】
「はいはい、静かに。今説明するって。」
【担任】
「今日の午前中に上のほうで土砂崩れがあったらしくてな。幸いにもけが人はいなかったものの、いつ崩れるか分からない以上出入りは禁止されるそうだ。それでうちの校舎を使ってもらうことになった。」
【担任】
「というわけだから、くれぐれも問題とか起こすなよー。はい日直、号令ー。」
あまりの驚きに俺は席を立つことができなかった。
※場面転換※
〈電車〉
次の日、俺はいつもよりも早い電車に乗っていた。
今日から“上”の人間も“下”の学園に通う。裏切り者の俺が、“上”の人間と一緒の電車で登校するのを避けようとした結果だった。
電車はいつにもましてがらがらだった。
だったのに――。
【コウスケ】
「……。」
【ユイ】
「……。」
俺のはす向かいには、彼女が座っていた。
もっとも恐れ避けたはずの事態が今、起こっている。なんなら乗り込んでから席を見渡したタイミングで目が合っている。
【車掌】
「まもなく~、陽の下~、陽の下~。お出口~、右側で~す。」
電車が停止する寸前に、俺は真っ先に立ち上がった。
【コウスケ・ユイ】
「「っ!」」
しかし、一呼吸ずれて立ち上がった彼女と目が合ってしまった。
と、同時にブレーキがかかり車内を揺らす。
【ユイ】
「あっ……。」
その揺れに、ふらりと彼女はバランスを崩した。
【コウスケ】
「っ!」
【会社員】
「おっと、君……大丈夫かい?」
【ユイ】
「あっ、はい。ありがとう、ございます……。」
俺は伸ばしたかけた手を素早く引っ込めた。
※場面転換※
〈電車〉
更に一週間が経った。陽の上と陽の下の小競り合いはあるものの、日常は続いている。
しかし俺はというと、彼女を避けて学園生活を送ろうとした結果、逆に彼女と出くわす機会が増えてしまっていた。
帰りの電車、下校時刻をずらしたはずなのに一緒の電車に乗ってしまう。
移動教室に忘れ物をして戻ると、トイレから出てきた彼女と出くわす。
遠回りをして登校しても、校門でばったり会ってしまう。
堂々としていればいいのに、どうしても彼女を避けてしまう。
そして避けているのに、出会ってしまう。まるで決められた星の巡りのように。
【ソウタ】
「まだまだ寒いな。」
がらがらのはずの車内で、隣に人が座った気配があった。声だけでそれが誰であるか分かっていた。
【コウスケ】
「……ソウタ。」
あの日から、ユイが戻ってきてからソウタが俺に話をしようとしてきてたのは何もこれが初めてではなかった。
その度何かにつけて俺はそれを避けた。避ける理由も分からず避け続けた。心の靄が彼を拒んでいた。
そうして避け続けるにも関わらず、ソウタはいつもと変わらぬ様子で俺に向かってくる。
ソウタは賢い。無理やり話す算段を付けることは可能だったはずだ。それでも俺を待った。
【コウスケ】
「……何か用か?」
俺に返事にソウタは一息ついた。
【ソウタ】
「不躾で悪いんだが、……ロミオとジュリエットは、見たことあるかい?」
【コウスケ】
「はぁ?」
想定外の内容に思わず声が出る。
【ソウタ】
「タイタニックはどうだい? 海に沈むラストシーンくらいは思い描けるだろう?」
【コウスケ】
「……なんなんだ、一体。最後に死ぬ映画ばっかあげやがって。」
【ソウタ】
「残念。気づいてほしかったところはそこじゃない。」
【ソウタ】
「ラブ、ロマンスだ。」
ソウタは真顔だった。
【ソウタ】
「観客は二人がどう結ばれていくのか、立ちはだかる壁をどう乗り越えるのかを楽しむ。まさに恋の試練。」
【ソウタ】
「しかし苦労した末に障害を乗り越えたというのに、それなのに二人がなかなか結ばれなかったとしたら、これほどもどかしいものはないだろう?」
【コウスケ】
「……何が言いたい?」
【ソウタ】
「外野として、気持ちが悪いというわけだ。さっさと抱き合っちまいなってね。」
【ソウタ】
「賢い君なら検討がついていたはずだ。僕の家は林道の手前にある。そこから森に走っていく人陰が見えて、ちょうど町から人が一人いなくなったと騒がれていれば、僕がそれを追いかけても不思議はない。」
【ソウタ】
「ただタイミングが悪かった。まともに話もできないまま、全員家に帰された。」
【ソウタ】
「というわけだから、別に僕と彼女は――。」
【コウスケ】
「っ!」
俺は席を立った。同時に電車が停止した。
【ソウタ】
「おいおい、どこへ行くんだ? 降りるのは次の駅だろ?」
ソウタを無視し、俺は電車を降りた。
自己嫌悪。ソウタの言いたいことは分かっていた。あの日、ソウタとユイが一緒にいて最初はさすがに面食らったが、あれから2週間、二人の関係性はソウタの言う通りなのだろう。
真面目なソウタのことだ。俺が理解していることに感づいていてなお、説明責任を果たす。
俺はなんて惨めなんだろう。
【車掌】
「発射しま~す。」
【???】
「――すっ! ――りますっ!」
無人改札に向かって歩き出した足が止まった。振り返ると閉まりだしたドアは再び開き、一人の乗客を降ろした。
【ユイ】
「はぁっ……、はぁっ……!」
そして何事もなかったようにドアは閉まり、電車は動き出す。
しかし対照的に、俺たちの時間は止まった。
【コウスケ】
「……っ!」
俺は素早く反転した。そして逃げるように足を動かす。
【ユイ】
「ま、待ってっ!」
【コウスケ】
「っ!」
【ユイ】
「その、ちゃんとお話しできていなかったから……、それで……。」
【ユイ】
「なんか、私緊張しちゃって……、それで、なかなか言えなくて……。」
背中越しに、彼女の途切れ途切れの言葉を受け取る。
【ユイ】
「その、……ただいま。」
【コウスケ】
「ぉ……。」
【コウスケ】
「……おぅ。」
おかえりとは言えなかった。
【ユイ】
「ご、ごめんね……。それだけ言いたかったの、コウちゃんに……。」
【ユイ】
「……。」
【コウスケ】
「……。」
沈黙が場を支配した。俺は彼女に背を向けたまま動くことができなくなった。そして彼女もまた動こうとはしなかった。
まるでまだ何か言い足りないと、聞き足りないと、脳が次の行動を拒んでいるかのように。
そうした我慢比べに負けたのは、――俺だった。
【コウスケ】
「……い、一時間後に次の電車が来る……。それじゃあ……。」
一歩、踏み出す。
【ユイ】
「わっ私も、行く……。ダ、ダメ、かな……?」
その声は弱々しく、まるで拒否されることを許容しているようだった。
昔あれだけ勝手についてきては置いて行かれ泣きじゃくっていた少女が、そんな台詞をはいた。
飼育小屋に初めて来た時も、俺について回るようになったときも、半泣きになりながらも我を通す芯の強さをもった彼女が、だ。
【コウスケ】
「…………ふっ。」
そんなギャップに、思わず声が漏れてしまった。
【ユイ】
「え? 笑った……? なんで……?」
【コウスケ】
「ふふっ。いや、お前がついて行っていいかなんて頼むところ、初めて見たもんでな。」
【ユイ】
「んなっ!」
【ユイ】
「わ、笑うことないじゃん!」
【コウスケ】
「あっはっはっはっ。……いやー、見掛けによらないわがまま少女も、成長したもんだなー。」
【ユイ】
「も、もおー!」
ひとしきり笑ったところで、俺は彼女のほうに振り返った。
【コウスケ】
「ついてくんなら、はぐれんじゃねえぞ?」
【ユイ】
「うん!」
※場面転換※
〈林〉
歩き出して最初に口を開いたのは彼女だった。
【ユイ】
「……コウちゃん、変わったよね。」
【コウスケ】
「……そうか?」
【ユイ】
「そうだよ。昔はもっとガサツだった。乱暴で意地悪で、誰の言うことも聞かない意地っ張りな自己中さん。」
【コウスケ】
「……それただの悪口じゃねえか。」
【ユイ】
「それだけ、真っ直ぐだった。曲げず曲がらず正面から向かっていってた。相手が誰だろうと何だろうと、ね。」
【コウスケ】
「……。」
【ユイ】
「でも、今は色々考えてる。ちゃんと考えて答えを探してる。みんなの意見を全部聞いて、全部返そうとしている。」
【ユイ】
「再会して大して時間も経ってないけど、私はそう思った……。なーんかうまく立ち回ってるなーって。」
【コウスケ】
「……いいことじゃねえか。それだけ俺も大人になったってことだろ。」
【ユイ】
「うんうん、お姉さんも嬉しい限りですよ。」
同い年なのに、ユイは昔から自分がお姉ちゃんだと言い張った。たった数日誕生日が早いだけで何かと率先してやろうとして、大抵は失敗した。
今ならわかる。俺に勝る要素があってうれしかったのだろう。
そうして彼女は俺を追い越し振り返った。
【ユイ】
「――でもさ、たまにはがむしゃらにやったって、いいんじゃない?」
あの日、ソウタに勝つと豪語した俺に向けたときと同じ優しい笑み。
【ユイ】
「なーんてね。よし、それじゃああの木まで競争だー。ほい、鞄!」
【コウスケ】
「……は? おぉっと。」
【ユイ】
「それハンデね! よし。よーい、ドンっ!」
【コウスケ】
「え? あっ、おい」
俺の言葉を待たずして彼女は走り出してしまった。俺も遅れて駆け出す。
彼女のほうが先に走り出したにも関わらず、ものの数秒で追いつき追い越してしまった。
【ユイ】
「はぁっ、はぁっ……! やっぱり早いね、コウちゃんは。」
【コウスケ】
「……おめえが遅いんだよ。」
【ユイ】
「くっそー! じゃあ今度は木登りで勝負だ!」
【コウスケ】
「おいおい……。」
本当に登りだした彼女に続き、俺は登れそうな木を品定めする。
【ユイ】
「ふっふーん。私はもうここまで登っちゃったぞー?」
【コウスケ】
「俺はお前の三倍の速さで登れるから、その速さだと勝ち目なんてないぞー。」
【ユイ】
「うるさーい! いつまでも昔の私だと思うなよー!」
そう言うと彼女は急ぎ早に足を掛けた。
【ユイ】
「あっ。」
しかしその足は宙を蹴った。
【コウスケ】
「ッ!」
咄嗟に体の向きを変え、最速で落下地点に向かう。
(届けっ……!)
ヘッドスライディングのように飛び出た体はなんとか彼女の体を捉えた。しかし速さの乗った重みに耐えきれず、俺もろとも押しつぶされた。
【コウスケ】
「ぐぇっ!」
【ユイ】
「きゃあっ!」
【コウスケ】
「……おい、だ、大丈夫か?」
【ユイ】
「う、うん……。なんとか……。」
それは良かったと、俺は倒れた体を起こす。
【ユイ】
「きゃっ!」
【コウスケ】
「え?」
見れば、俺の手のひらは彼女の胸を掴んでいた。
【ユイ】
「ちょ、ちょっと! どこ触ってっ、――ぃ、痛っ!」
慌てて立ち上がろうとした彼女は、しかしよろめき俺の肩を取った。
【コウスケ】
「す、すまん! い、いや、それより大丈夫か……?」
【ユイ】
「うー、ちょっとひねったかも……。」
【コウスケ】
「おいおい、急に変な事言い出すから……。立てるか?」
なんとか自力で立ったものの、しかし歩くのは無理そうに見えた。
【ユイ】
「ま、まぁ、平気平気! ちょっと痛むけどすぐ引くだろうし、家まであと少しだし……。」
泣くことしか知らなかった彼女も成長しそんな台詞をはくのだなと、俺は息をつく。
俺は彼女の前で膝をついた。
【コウスケ】
「……乗れ。」
【ユイ】
「え? でも……。」
【コウスケ】
「お前も背負うのは慣れてるっつーの。昔っからお前すぐにずっこけるからな。」
【ユイ】
「ず、ずっこけてなんてないよ! た、ただちょっとつまずくことがあっただけじゃん!」
【コウスケ】
「はいはい、どっちでもいいよそんなもん。ただ、捻挫の痛みなんてそんな簡単には引かないし、家まではまだまだかかるだろ。それに――。」
【コウスケ】
「おじさんとの約束だからな。お前を連れ回す代わりに、必ず家まで届けろってのは。」
【ユイ】
「……うん。」
俺は彼女を背負う。
【ユイ】
「お、重くない……?」
【コウスケ】
「……重い。」
【ユイ】
「ぅっ! そ、そういうのは嘘でも重くないって――。」
【コウスケ】
「重いほうがいいだろ。…………居なくなっちまうよりは。」
後半の自身に向けて発せられた言葉が、彼女に聞こえたかどうかは分からない。
俺は自分の言葉をはぐらかすように咳払いをする。
【コウスケ】
「それで、なんで急にこんなことやろうと思ったんだ?」
【ユイ】
「……真似だよ。」
【コウスケ】
「あ? 真似? 誰の?」
【ユイ】
「ふふ、コウちゃんだよ。」
あどけなく笑って、ユイは少し視線を上げた。
【ユイ】
「覚えてないの? コウちゃん、急にかけっこやったり木登りやったりして負けた私のこと馬鹿にしてたじゃん。」
【ユイ】
「だから、私も先にスタートすれば勝てるかなって思ったんだけどなー。それにあの時の私の気持ちも教えてやれると思ってね。」
そんなことやったっけか……。
【ユイ】
「……。」
【ユイ】
「……それにコウちゃん、元気なかったから。本当に変わっちゃったのか、知りたくて……。」
【コウスケ】
「……。」
【コウスケ】
「変わらんさ。」
【コウスケ】
「変われなかった、俺は。何度も変わろうとしたけど、結局変われなかった。そんなもんだろ、人間なんて。」
【ユイ】
「……変わっちゃう人は、いっぱいいるよ……。」
【コウスケ】
「そんなの表面だけだ。薄っぺらい仮面被って変わった気になってるだけ。根っこの部分は、芯は変えられない。」
【コウスケ】
「俺にとってそれが何なのかはわからないけれど、お前のそれは泣き虫なところだな。」
【ユイ】
「泣き虫じゃ、ぐすっ……、ないよぉ……。」
見えずとも、泣きまいとするユイの様子が目に浮かぶ。
【ユイ】
「変わっちゃったのかと……思ってた……。何年も経ってたから、ぐす……知らない人みたいに見えて……、もう、ぅ……会えないのかと、ずっと……うう……ずっと、不安だった。」
【コウスケ】
「……おう。」
【ユイ】
「良かった、……本当に……良かったよぉ。」
10年。10年分の重みが乗った言葉だった。
【ユイ】
「ただいま、……コウちゃん……。」
【コウスケ】
「おかえり、ユイ。」
それから彼女のすすり泣く声だけが、耳に届いた。
※場面転換※
〈道〉
遂に一駅分を歩ききった。
【コウスケ】
「そろそろ商店街も近いし、……どうする?」
さすがにこのおんぶ状態を見られるのはお互いが恥ずかしい。遠回りをしてもいいが、それならそうとその旨を伝えておく必要がある。
【ユイ】
「……。」
【コウスケ】
「おい、どうす――。」
俺は口を開きながら顔を後ろに捻った。
【コウスケ】
「っ!」
そこには彼女の顔があった。思わずキスしてしまうほどの距離に。
【コウスケ】
「い、いや! 違うんだ! 別にそういうことをしようと思って振り向いたわけじゃなくて……!」
【ユイ】
「……。」
【コウスケ】
「……?」
そろ~りと振り返ると、そこには彼女の寝顔があった。
【コウスケ】
「この状況で寝たのかよ……。」
俺は遠回りに進路をとった。
人通りを避けて進む中、出くわす野良猫や鳥たちは近づくと真っ先に逃げていく。普段の俺ならばここまで嫌われることはない。
【コウスケ】
「……相変わらずの嫌われっぷりだな。」
そうして彼女の家まで来た。しかし勝手にお邪魔するわけにもいかない。
【コウスケ】
「どうすんだ、これ……。」
出来るだけ彼女の母親、おばさんと会うというイベントだけは避けるべきだ。だとすれば申し訳ないが起きてもらうほかないか。
【おばさん】
「……コウスケ、くん?」
声に振り返ると、そこには彼女の母親、おばさんが立っていた。
【コウスケ】
「あっ、いや、これは、その……!」
最も会ってはならない人物だった。絶体絶命。死屍累々。冷や汗が心臓させ凍らせる。
【おばさん】
「まだ、友達でいてくれたのね……。良かった……。」
【コウスケ】
「……?」
【おばさん】
「いえ、何でもないわ。代わるわよ、重かったでしょ?」
【コウスケ】
「い、いえ、そんなことは……。」
開口一番怒鳴られるかと思ったが、そんなことはなかった。
【おばさん】
「よいしょっと。……ふふ、やっぱり重いじゃない、この子。」
顔は笑っていたが、思いのほか苦しそうであった。
【コウスケ】
「あ、あの、良かったら僕が……。」
【おばさん】
「いいの。背負わせて、今は。…………あの日の分まで。」
その瞳は、まるで先ほどまでの自分を見ているようだった。
【おばさん】
「全く、おんぶされて眠ってしまうなんて、この子も変わらないわね。」
【コウスケ】
「あ、あのっ! すみません、実は彼女途中で足を怪我してしまっていて……。それで僕がここまで……。」
【おばさん】
「あら、そうだったの? やんちゃなのも相変わらずね。」
今度こそ怒られるかと思ったが、しかしおばさんはむしろ笑っていた。
【おばさん】
「いいわよ、そんな治る傷のことは。……あなたたちの関係が壊れていることが、一番不安だったから。」
【コウスケ】
「……。」
おばさんがそんな風に思っているなんて以外だった。憎たらしい少年だと思われているとばかり思っていた。
【おばさん】
「これまで悪かったわね、ほんとうに。」
【コウスケ】
「い、いえ……。」
【おばさん】
「本当に、あなたたちには悪いことをしたわ。あの人にも……。」
あの日引き裂かれた関係は、俺たちだけではなかったのか。
【おばさん】
「よいしょっと。それじゃあ、またいつでもいらっしゃい。この子も喜ぶわ。」
【コウスケ】
「は、はい……。」
そうして彼女の家をあとにした。