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スターゲイザー 3

 また夜がやってくる。当たり前のことだけど当たり前ではないそんな夜。


 ボールを窓にぶつけられるのは流石に勘弁だったので今夜は午前二時になったらすぐ外に出た。


まだ来ていないかと思ったが既に家の前には明里がいた。投球フォームの途中だったので僕は目を丸くした。そして、すぐに止めに入る。


「待て、明里。僕はもういるぞ」


 そう伝えると明里は舌打ちする。


「もう、ボール投げられなかったじゃん。折角、硬球持ってきたのに」


 明里の手にはしっかりとプロ野球で使われる硬球が握られていた。


 口を尖らせて文句を言う彼女に僕は溜息をつく。


「本当に投げる気だったのか。投げられる前に外に出て良かったよ」


「私のコントロールなら心配ないのに」


「コントロールが良いのを知っているから窓ガラスが心配なんだよ」


 明里は運動神経抜群で小学生の頃は僕と一緒にリトルリーグまで入っていた。女の明里が投手で男の僕が外野を守っていた。この時から既に才能の差を感じた。おかげで僕は野球をリトルリーグで辞める決心がついた。


 明里は硬球を玄関の前に置く。少しだけ転がり扉の端の方で止まった。


「あー、つまらない」


「つまらないなら帰れば良いだろ。別に無理して僕と夜に散歩しなくても良いんだから」


「私との散歩がつまらないって言いたいの?」


「誰もそんなこと言ってないし、つまらないって言ったのは明里だからな」


「私、そんなこと言った?」


「言ったよ!」


惚ける彼女に僕はすぐさまツッコむ。


「夜なのに元気だね。可愛い女の子と連日散歩デートできるから興奮しているの?」


「してないし、デートじゃないから。ただの散歩だから」


「照れなくても良いじゃん。してるなら、してるって正直に言ってごらん」


「さて、今日は少し距離があるけど公園まで行ってみるか」


 堪らず僕は話を変える。勿論、興奮なんてしてないけどいくら「してない」と言ってもまた違う攻め方をされるだけと長年の付き合いで知っているのでこれが最善の策だ。


「あー、逃げた」


「逃げてないから。目的地を提案しただけだ」


「夜逃げだ、夜逃げ」


「言葉の使い方を知らないようだな。本を読め、本を」


「本より映画派なの、私」


「本の方がより詳しく人の心情とか書かれているから深い人間になれるぞ」


「私のこと浅い人間だと思ってるの?」


「……ちょっと」


「歩は深い人間じゃなくて闇深いただの陰キャラじゃん!」


「陰キャラを馬鹿にするな、この陽キャラが」


「陽キャラは学校では最強なんですー」


 僕たちはそんなくだらない話をしながら公園を目指して歩く。


 夜風は冷たいし、手や足も冷たい。沢山会話を重ねても体温は微かにしか上がらない。なんでこんな冬の夜に苦行のようなことをしているかはわからない。


「寒いな」


「そう?」


 私は違うけど、と言わんばかりの得意気な顔で明里は首を傾げる。


「そう言えば明里って寒さに強かったな。なんで?」


「知らないわよ。歩は細すぎるから寒いんじゃない?」


「ガリガリを馬鹿にするな。痩せたくても痩せられない人がいるように太りたくても太れない奴がこの世にはいるんだから」


 大盛チャーハンを平らげても体重はさほど変わらない。沢山食べて体重計に乗った後に数値が変わらない時の絶望を明里は知らない。


「熱量が凄いわね。まあ、痩せているのは女子からしたら羨ましいけど」


 明里だって十分痩せている部類に入ると思うけど女子はなぜか極限まで痩せたがるからな。肉を削いで骨を目指しているのかってくらい痩せたがるのは男からしたら不思議だ。


「……そのままで良いだろ」


 照れながら僕はそんなことを言った。


「まあね。今のままでもスタイル抜群だし、可愛いし」


 自信満々に言いモデルのようにポーズをとる彼女に僕は苦笑する。


「自己肯定感の化け物だな」


「誰が化け物よ」


 悪口を言うと思い切り睨まれる。その形相は本当に化け物じみていた。


明里が溜息を吐く。


「女子に対して化け物とか酷いなぁ。そんなんじゃ歩、女子にモテないよ」


「うるさいな。その悪口ばかり言う口をどうにかしてやる」


「やめてよー」


 僕はそう言って彼女の両方の頬を軽く引っ張ることにする。そして彼女の肌に触れた瞬間、僕は目を見開く。彼女の顔が氷のように冷たいからだ。


「おい、本当に大丈夫か? 異常なくらい顔が冷たいぞ」


「大丈夫だって。心配性だなぁ、歩は」


「それなら良いけど」


 クスッと笑ってから彼女は言う。


「……そんなに心配なら歩の手で温めてよ」


 明里の艶っぽい言い方に不覚にもドキッとしてしまう。


「あ、今ドキッとした?」


 からかう彼女に僕は頑張って平然とした態度で答える。


「……してないし」


「本当に?」


「幼馴染相手にそんなことしないよ」


「私を女だと思ってないと言いたいのか!」


 そう言って明里は僕の頬を引っ張る。彼女の指は冷たい。引っ張られた僕の頬は熱を帯びる。


「痛いな」


「私が引っ張って温めてあげたんだからお返しは?」


 上目遣いの彼女に僕は溜息を吐く。


「なんで僕がお前の顔を温めないといけないんだよ」


「優しい男子なら何も言わずにやってくれるはずなんだけどなー」


 僕を試そうとしているのか棒読みで彼女は言った。心配して損した気分になる。ムカつくので両手を使って明里の顔を挟む。面白いサンドイッチができた。


「もっと優しくしてよ」


「圧力をかけた方が熱も生まれるから良いだろ?」


「意地悪だなぁ」


「優しい男子だろ」


 僕は苦笑して言った。




 人気(ひとけ)のない公園に着くと僕たちはベンチに並んで座る。


 街灯の明かりが僕たち二人を照らしている。


 近くに自販機があったので僕は昨日と同じように缶コーヒーとペットボトルのミルクティーを買う。財布から取り出した小銭の一枚一枚が冷たい。ボタンを押して出てきた飲み物は冬なので両方とも温かい。それを手にして明里の元へと戻る。飲み物を渡すと彼女は微笑む。


「ありがとう。昨日から歩に奢られっぱなしだなぁ」


「大した額じゃないから気にしなくて良いよ」


「金額の問題じゃなくて与えられてばかりだと困るなって話」


 ピンとこなくて僕は首を傾げる。


 言ってなかったかと明里は真面目な顔で話し始める。


「人に与えられることは幸せだけど与えられすぎるとそれが当たり前に感じて幸せを感じられなくなると思うの。だから与えられたら与え返して、また与えられたら与える。私はそれを繰り返したいの。そうしないと気が済まない」


 珍しく明里の口から真剣な話を聞いた気がする。


「律儀だな。与えて貰えるなら得だし、感謝するだけで良いだろ」


「それだと私的には駄目なの。マイルール」


 何が駄目かは僕にはわからないが彼女が言いたいことはわかった。それを尊重するなら僕は彼女に何か与えて貰わないといけない。


 別に欲しいものなどないので困ったが僕は疑問に思っていたことを口にする。


「あっちの話を教えてくれないか?」


 抽象的な聞き方だったが明里には伝わったらしく首肯する。深呼吸してから彼女は語り始める。


「あっちはね、本当に住みやすい場所だよ。とても美しいところ。ただ退屈なのがデメリットかな。争いごとが起きない代わりに誰かと関わることがほとんどない。だから私はこっちに遊びに来ているの。暇そうな話し相手もいるしね」


「悪かったな、暇そうで。……まあ、良い所で安心したよ」


「歩が来るときはもっと良い場所になっていると思うよ」


 明里は笑顔で話すが寂しそうに見えた。


 僕は明里に悲しい顔をして欲しくないので話題を変えることにする。今の話で十分与えて貰ったからだ。


 僕は缶コーヒーのプルタブに親指をかけようとするが滑って指が上手く引っかからない。時々、僕の親指と合わない缶があるような気がする。


「不器用だなぁ。貸して」


 彼女はそう言って僕の缶コーヒーを奪い、器用にプルタブを開け手渡してくれる。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


「どういたしまして。本当に困った時は言ってね、こうやって助けてあげるから」


 また彼女に僕は与えてもらった。次は何を返そうか。そんなことを考える。


コーヒーの匂いが鼻腔をくすぐる。それを受け取り僕はコーヒーを一口飲む。口の中に苦味が広がる。真夜中にカフェインを摂っても昨日は眠れたのでむしろカフェインは夜摂ったほうが良いのではないかと錯覚してしまう。


「昨日も飲んでいたよね。中学生の時はまったく飲めなかったのに」


「まあな」


 コーヒーの苦味にハマったのは最近だ。前までは飲めなかったが僕の舌が好む味はころころと変わる。人間という生き物は不思議で満ちている。


「前なんて自販機でカッコつけて買った缶コーヒー、舌を出して苦そうに飲んでたもんね。あれは笑ったなぁ」


 中学校の帰り道、そんなことがあったっけ。


「よく覚えてるな、そんな僕の黒歴史」


「それは覚えてるよ。面白かったから」


「忘れてくれ」


「忘れないよ。私にとっては良い思い出だから」


 ニッコリと笑い明里は言った。


 中学の頃はどこか背伸びしている自分がいた。周りも背伸びしていたからあまり気づいていなかったけど今になるとなんであんなことをしていたのかよくわからない。


「……大人になったんだね、歩は」


 昨日も言われたことを感慨深そうに明里が呟くが僕はそれに首を横に振って否定する。


「いや、餓鬼のままだよ」


 童心を忘れていないと言えば聞こえは良いがそうではない。見たいものを見て、見たくないものから目を逸す。まったく、大きな餓鬼になってしまったものだ。


 このままずっと餓鬼でいられたのならどんなに幸せか僕は星のない曇った夜空を見上げて思う。


 だけど、人間は生きてさえいれば勝手に大人になっていく。


 だから背伸びなんてしないで今見られるものだけ、幼馴染がいる横でも向いていれば良いと思った。



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