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3. 宮廷画家の弟子たち

 翌日からも王子は毎日、屋敷内の工房に通ってきた。

 ロイドとフィンとも友好な関係を築いているようで、ときどき和やかに話し込んでいる。


「そういえば、ちゃんと名前を聞いていなかった」


 セウラスがそう言うと、自己紹介が始まる。

 あっという間に馴染んだだけあって、二人の口調はくだけた感じだ。


「俺がロイド。一応、ここでは一番の兄弟子になるよ。二十五歳」

「僕はフィン。ロイドの次に入って来たんだ。二十三歳だよ。これで三人、年齢は並んだね」

「ああ、そうだね」


 セウラスは確認するように、ロイド、フィン、と口の中で呟いた。

 それを見ていたロイドは、真面目な顔をして提案する。


「覚えられなければ、赤いほう、茶色いほう、でいいよ」


 赤い髪がロイドで、茶色い髪がフィン。


「ええ?」


 いやそれはいくらなんでも、と言いたげにセウラスが手を顔の前で振った。

 ロイドは笑いを含ませて説明する。


「いやね、兄弟子とは言うけれど、フィンとはほとんど同時なんだ。それでね」

「先生は覚えられなかったみたいでさ、名前をなかなか呼んでくれなくて。で、赤いほう、茶色いほう、って」


 フィンが苦笑交じりに補足した。

 それを聞いてセウラスは、ああ、と頷いた。


「そういえば、先生は最初の頃は私のことを、三番目、と呼んでいた」

「王子さまに対してもか!」


 三人は揃って声を上げて笑った。

 ひとしきり笑ったあと、ふとロイドがこちらに首を向けてくる。


「彼女は、アメリア。先生の一人娘だよ。年齢は……教えてもいいのかな?」


 ロイドが私に向かって問う。


「十八歳」


 それだけ短く答えると、画架の前の椅子に座って絵筆を握る。

 私のその態度に、ロイドとフィンが顔を見合わせたのが目の端に見えた。

 そのせいだろうが、それ以上は話が広がらなくて、彼らは話題を変える。


「二人はどうして弟子入りを?」

「弟子入りしかなかったから」

「弟子入りすると、なにがいいって、絵の具や筆を自由に使えることかな」


 ロイドが雑に置かれた画材に視線をやりながら、そう理由を述べた。


「絵の具って、高価な宝石が調合されているものとかだと、とんでもなく高いから。でも発色がいいんだよ。普通のものとは全然違う」

「でも一般人じゃ手が届かないからなあ」


 フィンが天井を仰いで、ため息とともにぼやく。


「帆布もさ、失敗作だと思ったら、絵の具を削ってその上に新作を描くんだよ。そのときに傷めたりするから、裏側から見ると補修の跡でいっぱいだよ」

「まあ、失敗作なら残したくはないから、それでもいいんだけど」

「でも、まっさらな帆布に描きたいものなんだよ。下の失敗作につられそうになるし」

「とにかくお金がかかるんだ。だから、弟子入りするしか手がない」


 二人の話を、セウラスは真剣に聞いているようだ。

 彼は考え込んだあと、口を開いた。


「なるほどね、それは問題だ。宮廷画家は積極的に弟子を取るようにしないといけないね。もしくは、王城で画家を育成する機関を作るか」

「あっ、それいいね」

「でも授業料が高くちゃ本末転倒だよ」


 あっさりとフィンが問題点を挙げる。


「貴族や王族の支援は必要だろうね。そして優秀な生徒には授業料の免除、というのが一般的かな」

「でも優秀ってなにを基準に? 絵はやっぱり判断が難しい。好みの問題もあるし」


 ロイドがそう答える。

 三人での討論は、有意義に行われているようではあった。


「ねえ、ちょっと」


 私は我慢できずに、そう声を掛ける。


「この静物、私はもうすぐ描き終わってしまうわ。片付けちゃうわよ」

「あ、ごめん」


 言われて三人は、慌てたように自分の椅子にそれぞれ座った。


「喋る暇があるなら、絵筆を握りなさいよ」


 正直、ああも語り合わられると、気が散って仕方ない。

 私の言葉にロイドとフィンは肩をすくめるだけだったが、セウラスは違った。


「アメリア」

「なに?」

「私はここに絵を学びに来ているけれど、それとは別に、宮廷画家以外の画家たちの実情も調べたいんだ。だから彼らを責めないで欲しい」

「ああ、そう。それはすみませんでした。それではどうぞご自由に」


 私はぷいと横を向く。

 これではまるで接待ではないか。やっぱり王子が一人いることで、かなりの時間を浪費してしまう。


 私の態度などまるで気にならないかのように、セウラスは穏やかに返してきた。


「じゃあアメリア、君からも話が聞きたい」

「はあっ?」


 突然指名されて、変な声が出た。


「なっ、なんで、私が」

「だって、もう終わりそうなんだろう? じゃあ彼らが描いている間、私に話をして欲しい。宮廷画家の弟子の話はもっと聞きたい」


 そう返されて、答えに窮する。


「……私から話すことは、なにもないわ」

「え? そんなことはないだろう?」

「ないわ。だって私は二人とは違うもの……」


 そう消え入りそうな声で続けると、セウラスは首を傾げた。

 ロイドが困ったように口の端を上げて、代わりに答える。


「お嬢さんは自分が先生の娘だってこと、気にしているんだよ」

「余計なこと言わないでよっ」


 彼の言葉を打ち消そうとする私の荒い口調を聞いて、ロイドはため息をついた。


「気にすることはないのに。少なくとも俺たちは、お嬢さんの実力は認めているよ」

「……でも、どうしたって有利だわ。私は一ヶ月通わなくたって、ここにいられるのだし。そういうのは……」


 卑怯と思ってはいても、だからといってこの恵まれた環境を手放したくはなかった。


「だから私は、弟子とは少し違うの。悪いけれど、その二人に聞いて。さっきは中断させて悪かったわ」


 それだけ一気に話すと、また自分の絵に向き直る。


「じゃあアメリア、ごめんね、もう少しだけ」

「どうぞ」


 また三人の会話が始まった。さきほどは固まって話をしていたが、それぞれ椅子に座ってしまったせいで音量が上がっている。だがもう、こうなっては口出しできない。


「マシュー先生の指導方法はどんな感じなのかな。私がここに来て、特になにか教えられたことはないんだけれど」

「先生は、俺たちが描く絵に口を出すことはほとんどないよ。とにかく描けって感じ」


 まったくもって、その通りだ。私にも、父はなにも指摘しない。王子に対してはどうかと思ったが、やはりなにか助言しているのを見たことがない。


「でも先生は、そういう指導をしない代わりに、俺たちにはあまり絵以外の手伝いをさせない。そこはすごくありがたい」

「そうそう、他の宮廷画家の弟子に聞いたけど、小間使いがほとんどで、絵筆を握る時間がないってところもあるみたいだよ」

「毎日、お茶くみやったり、洗濯したり、荷物持ちだけやったり、って話も聞いたことがある」

「だから先生に師事したんだけどね。ああ、もちろん先生の作品が好きだからというのが一番なんだけれど」


 なるほど、そんな理由があったのか。そういえば、そんなことも二人に聞いたことはなかったな、と思う。

 いやいや、聞き耳を立ててどうする。絵に集中しないと。

 私はまた絵筆を握り直した。


「ああ、そうなのか。じゃあ、先生からの指南は諦めたほうがいいかな」

「どうかなあ。でも、ここには先生の作品がたくさんあるから、それを見るだけでも勉強になるよ。模写も描けるし」

「先生の助言が欲しくて訊いてみても、『もう少し描き進めて』って言われるだけだったりもするけど……でもセウラスが訊いたら違うかもね」

「けれど、同じようにしたいから」

「じゃあ、お嬢さんに聞くといい」


 自分のことを言われているとわかって、顔を上げた。

 フィンがこちらを指さしていて、三人ともが私を見ている。


「な、なに?」

「このあいだ先生も話していたけれど、お嬢さんは見る目があるんだ。小さい頃から先生の絵を見て育ったからかもね」

「でも、言うことが、すごくわかりづらい」

「確かに!」


 からかうように、ロイドとフィンは笑った。

 私は口を尖らせる。ものすごくわかりやすく言っているつもりなのに。


「じゃあさっそく、お願いできるかな?」


 セウラスは画架の前の椅子から立ち上がり、私を促すように、絵の前を少し空ける。


「正直、先日の指摘ではどうしたらいいのかわからない。できればもう一度、聞きたいのだけれど」


 私は渋々ながら立ち上がり、彼の絵の傍に歩み寄る。


「でも、あれ以上、思うことはないわ。上手いのは間違いないもの」

「それは褒め言葉?」

「どうかしらね」


 そう曖昧に返すと、彼の絵の前に立つ。

 先日の静物画と同じように、きっちりとした絵だ。

 しかし。


「あら」


 私は絵を覗き込む。


「良くなってる」

「え? そう?」

「うん、良くなってる」


 私がそう重ねると、ロイドとフィンも立ち上がって、絵を覗き込んでくる。


「どう変わった?」


 ロイドが問う。


「正直、僕にはよく……」


 フィンが首を捻っている。


「あんなになにも感じられないことはないわ。わかるもの」

「なにが?」


 セウラスは首を傾げた。


「あんなことはもう言わせないって、絵が語っている」


 私は安心して、身体の力を抜いた。あんなに怖い絵は、もう見たくない。


「それに、迷っているのね。どんな風に描けばいいのか」

「そう見える?」

「絵が、そう語っているのよ。私、そういう絵は好きよ。奥行きがあるわ」

「……抽象的で、よくわからない」


 セウラスは眉をひそめる。


「そう? わかりやすく言っているつもりなんだけれど」

「ね? わかりづらいんだ」


 フィンが笑いながらそう茶々を入れると、セウラスは顎に手を当て、何度か頷いた。


「なるほど……」

「もうっ! そんなこと言うなら、もう見ない!」


 私は口を尖らせて、そっぽを向く。


「わかった、わかった。ごめんって。参考になってるって」


 ロイドとフィンは、笑って何度か私の肩を叩いた。

 私はもう一度、セウラスの絵を見たあと、彼を見上げる。


「よかった。好きな絵だった」


 私がそう声を掛けると、彼は少し身を引いて、何度か目を瞬かせた。


「……笑うんだね」

「はい?」

「いや、なんでもない」


 少し照れ臭そうに、セウラスが横を向いた。

 私もそんな彼を見ていると、なぜだか急に気恥ずかしくなって、俯いてしまった。

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