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16. セウラスの昔語り

 セウラスは淡々と、語り始める。


「四人の王子が成人するまでは、それでも予備の王子としての扱いだったと思う」


 自身の悩みを語っているとは思えないような、感情の込められていない口調だった。

 まるで、彼が描いたあの絵のような。


「王太子である第一王子がどう成長するのか、見定められていたのかもしれないね。王の器でないと判断されれば、次の王子にお鉢が回ってくる」

「そんなことできるの?」

「できるよ。やり方はいろいろあるけれど」


 そのいろいろは、聞かないほうがいいような気がした。だから私は口を閉ざす。

 保険。予備。

 そんな表現を、事もなげに自身や自身の兄弟に使える彼にそれを訊くと、返ってくる言葉はやっぱり人に対して使うものではないのではなかろうか。


「第一王子は、期待通りの優秀な王子に育った。私の目から見ても、それは間違いないと思う」

「そう」

「なんというか、頭の回転が速くてね。器用でなんでもこなしてしまう。それと、何事にも優先順位をつけるのが上手い」

「優先順位?」

「誤解しないで欲しいのだけど、別に冷酷な人間というわけではないよ。けれどいざとなれば冷酷にもなれる、そういうこと」


 そう話してこちらに向いてにっこりと微笑むが、とても笑い返せる心境ではなかった。

 世界が違う。

 そのことが、強く心に刻まれた気がした。


「第二王子は対して、やたらと熱い人間でね」


 セウラスはそう口にして、小さく笑った。


「すべてを拾って歩こうとする感じというかな。人望だけなら、第一王子よりも優秀だろうね」


 性質の違う二人の王子。だったらいずれ、二人が協力して国を統べてくれれば上手く回りそうだけれど、と私は素人ながらの感想を抱いた。


「これで次世代は安泰。そうは思わないか?」


 それだけを聞けば、素直に頷くしかない話なのだろう。

 けれど、私はセウラスの、第三王子の語る話を聞いているのだ。

 どういう反応を示せばいいのかわからなくて、私は黙り込むしかできなかった。

 特に反応を期待していたわけではないのか、セウラスはそのまま続ける。


「もし第一王子か第二王子、どちらか一人でもその資質に問題があれば、私への扱いもまた違ったものだっただろうとは思うけれど、でもだからといって私が王の器かと訊かれれば、それは違う」


 そう言って彼は、床に視線を落とした。


「第一王子から第四王子まで、その優秀さが綺麗に並んでいた。少なくとも表向きは。一番目の下に二番目、二番目の下に三番目、三番目の下に四番目」


 失礼極まりない話だけれど、父はセウラスのことを『三番目』と呼んでいたらしい。それは三番目に産まれた、という意味だけではなかったのかもしれない。


「そんな感じで、第一王子の王太子としての立場が確立されれば、もう、人数は必要ない。王子が二十四にもなって婚約者の一人もいないということで推して知るべしだと思うけれど。別にぞんざいな扱いを受けたわけではないよ? 一言で表すなら、『忘れられた』」


 忘れられた王子。

 王子という地位にありながら、忘れられた。

 そんなことがあるなんて、私には思いもよらないことだった。


「視察や歓迎や、そういう公務があるだろう? 私が出るとね、少し落胆されるんだ」


 そう言って彼は苦笑する。


「もちろん陛下が出るのが一番喜ばれる。王妃である母も。次期国王である第一王子も。人望のある第二王子も。だが、特筆すべきところのない第三王子が出てくるとする。すると相手方は思うわけだ。軽く見られたのではないか、と。もちろん表立って言われたことはないけれど、なんとなくね」


 口調は変わらず淡々としたままだが、どこか苦しそうに聞こえた。

 彼はどんな気持ちで、その落胆を見ていたのだろう。


 そこで彼は何事かを思案するように床を見つめたあと、吹っ切るように天井を見上げて大きく息を吐いた。


「幼い頃から優秀な兄たちに劣等感を抱いていた私が、自分の心の安寧を得るためにしてきたことはなんだと思う?」


 そう問うて、彼は私のほうに向き直る。

 けれど私は彼の問いに答えることはできなかった。


「……なに?」

「自分より下の人間を見つけることだよ」


 そう答えた彼の表情が歪んだ。

 唾棄すべき感情を自分が抱いたことを、嫌悪しているのだ。それがわかった。


「私は、第四王子を見下していた」


 苦々しげにそう明かす。


「私より年下だし、しかも妾腹。私よりも下の王子がいる、とそれを心の支えにしていた。なんて愚かしいことか、なんて矮小な人間か、とは思うけれど、その思いを止められなかった」


 私は彼の瞳をじっと見つめる。栗色の瞳の奥の黒。

 彼の心の闇が見える気がした。


「剣術、弓術なんかの武術も、経済学や政治学なんかの座学も、すべてにおいて、私のほうが第四王子より優れていた。優れていたと思っていた」

「違っていたというの」

「子どもの頃の話だけれど、王城でね、剣闘会が催されて。そのとき第四王子と相対して、そして負けた」

「それだけ? たった一回のことで」

「負けたことは問題ではなかった。そのときわかったのは、第四王子は今まで手を抜いていたということだよ」


 泣き出すのではないかと思った。そんな表情をしていた。


「そのときは、はずみで勝ってしまったんだろう。しまった、という表情が見て取れたよ」


 そう話して、歪んだ口元を無理に持ち上げる。


 人を貶めるのは悪いことだとは知っている。

 けれど私も彼と同じように、思わず第四王子の粗探しをしてしまっていた。


「でも、第四王子のいい噂は聞かないわ」

「たとえば?」

「すごい放蕩息子だって。すぐ王城を抜け出すし、城下をうろうろしているのをいろんな人が見たりしてるって。綺麗な女の人を見かけたらすぐに声を掛けるとか」

「それ、本当に悪い噂? 違うだろう?」


 彼は苦笑交じりに、そう問い返してくる。

 第四王子の話をしている人たちの顔を思い浮かべる。


 彼らは笑っていた。

 まったく困ったお人だよ。あれじゃあ陛下も大変だろうねえ。王子さまって言っても、ああいう人がいるんだね。

 そこの花屋の娘が口説かれたって。ここにあるどの花よりも美しいお嬢さん、とかなんとか。よく言うよ、まったくあの人は。

 口にする言葉は侮蔑しているかのようなのに、けれど彼らは楽しそうに語るのだ。


 セウラスの問いに答えられずに黙り込んだ私を見て、彼は笑みで応える。


「ね?」


 悪い噂のように見えて、その実、そうではない。第四王子に対する親近感がそうさせる。


 対して第三王子は。

 いい噂も悪い噂も、どちらも聞かない。


「第四王子は、四番目にいることで自分の存在を確立した。私を抜かないようにと気を使っていたんだろうね。私を抜くと、少なくとも一人、敵が増える」


 兄弟なのに。第三王子が敵にならないように気を使う。

 王城は華やかで満ち足りているような場所の気がしていたのに。

 けれど決してそんなことはなかった。


「私だけ。王子の中で私だけが、必要とされていない。そのことに確信を持ったとき、本当に足元が崩れ落ちるような感覚がした」


 彼の口は止まらない。


「私の存在はなんなのか? いてもいなくてもなにも変わりはしない。どこにも居場所がない」


 喋ることで救われるとでも思っているかのように。

 だから私は聞かなければならない。彼の、叫びを。


「何事もそつなくこなしていたと思いきや、実は一番の出来損ないだった」


 言い切るとセウラスは両手で自分の顔を覆い、息を整えるためか一息ついた。


「けれどね、そんな私にも、ひとつだけ心の支えが残った」


 そう少しだけ明るい声音を出すと、彼は顔を上げる。けれど泣きそうな表情は変わっていなかった。


「私には第一王子よりも、第二王子よりも、そして第四王子よりも優れていたものが、ひとつだけあった」

「……絵?」

「そうだよ。これだけは、彼らよりも優れていた。だから、描いた。それしかなかった。美しいものを描きたいとか、絵を描くことが好きだとか、なにかを表現したいだとか、そんなことは考えたこともなかった。ただただ上手くなりたかった。彼らに追いつかれないように」


 彼はゆっくりと私のほうに振り返って、そして口を開いた。


「なのにその絵を否定された。本当に驚いたよ。見透かされた、と思った」

「えと……ごめんなさい」

「謝られると、困る」


 そう返してきて、笑う。

 私は思わず手を伸ばした。そしてセウラスの手を握った。

 驚いたように彼はその手を見たあと、私の顔に視線を移した。


「私、今は、あなたの絵が好きよ」


 彼にどう声を掛ければいいのか、わからなかった。私は王族のなんたるかも、なにもかも知らないから、なにも浮かばなかった。

 だから私のわかることで、彼に伝えたかった。

 あなたの存在が必要なのだと。


「言ったでしょう? 奥行きがあるって。そういう絵は好きだって」


 生真面目な彼が丁寧に描く絵は、ひどく私を安心させた。

 それはとても価値あることなのだ。


「ありがとう」


 彼は泣きそうな顔で、でも微笑んで、私の手を握り返してきた。

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