やさしいキス
「ねぇ、どうして僕のこと好きになったの?」
いつも彼女が答えをはぐらかす質問。
「……聞いても、怒らない?」
可愛い瞳にいっぱいの涙をため込んだ顔で、彼女が答える。僕は、震える指先でそっと彼女の頬に触れて、そこから溢れてしまった涙を拭う。そして、今できるだけの、最大限の笑顔で念を押す。
「絶対に怒らないから、教えて?」
実は僕は、たぶんその答えを知っている。だって先に一目惚れしたのは僕だし、好きになってもらえるようアレコレ頑張ったのも僕だ。それが成功していたんだとしたら、そのきっかけは僕が作ったものだ。ただ、それをいつか死ぬまでには確かめたかったんだ。こんなにも彼女に夢中な僕の負けは最初から決まっていた。だけど、その結果彼女のことも幸せにできる日が来たのなら、当初は不純だったきっかけさえ『大成功』という勲章を授けてあげたい。
今日のベッドは、真っ白だ。シーツも、枕も、なにもかも真っ白。今までと違うところは、他にもある。寝転んでいるのは、僕だけ。彼女は、ベッド脇のあまり座り心地良さそうではない椅子に座っている。歳の数だけしわこそ増えたが、それさえ可愛らしい彼女への想いは変わらない。本当はあの頃のように一緒にゴロゴロしたいところだが、それはもう叶わない。僕の腕には点滴の管、顔には酸素の管が付いている。僕たちは、気付けば出会ってから50年以上も時を共にしていた。
「あのね…」
「うん」
「あなたが、私の推しに似ていたの」
「うん」
「でも、それはきっかけよ?知れば知るほどあなた自身の可愛らしさにハマったわ」
「よかった、それなら僕の大成功だ」
怒るどころか、喜ぶ僕に彼女の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。
「僕という存在に、気付いてもらうため…」
「うん?」
「意外と可愛い男子が好きだった君に、見つけてもらうために…」
「うん」
「君の推しを研究した僕の人生計画、大成功だね」
「なにそれ…完全にハメられたのね、私」
そう言って彼女は、泣きながら笑う。僕は50年越しの『大成功』の勲章に満足して、ニッと笑ってみせた。お互いに、共に歳を重ねた手を握りしめる。
「教えてくれて、ありがとう」
「うん」
「僕を好きになってくれて、ありがとう」
「うん」
「最期に、キスしてくれる?」
「自分で、最期って言わないでよ……」
涙を流しながら、あの頃僕が一目惚れした、大好きな照れ笑いをしながら、優しくキスをしてくれた。
「ねぇ、どうして僕のこと好きになったの?」
「だーかーら、ヒミツだってば♡」
いつだって笑ってごまかす、優しい彼女の笑顔が浮かぶ。しつこく聞いてごめんね。
最期のキスは、しょっぱかったね。
何度次の命で出会っても、君にキスしてもらえる人生になるよう、僕は頑張るよ。