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【ファンアート】星猫のキャラバン

作者: 河原 由虎

 吾輩は『猫』…………の看板、名は『タフティー・マッカーヤ』である。


 格好よくシルクハットを被り、夜空を駆け、ウィンクまでして見せようではないか──────



 とある街の外れ、裏側にすぐ野原が広がり小高い山に繋がっているような場所に、今はほぼ居住区として利用されている元商店街があった。何店舗かは未だ細々と続けているようだが、それもいつまで保つかはわからない。そんな中、古くからひっそりとそこにあるらしい店が一軒。


 入り口の扉横には、古いがよく手入れされた黒い釣看板が設置されていて、器用にウィンクするネコと、『星猫のキャラバン』と店の名前が抜き文字で入っている。


「こんにちはー! 星猫のじーちゃん!」


 ガラスを守るように木の格子のはまったシンプルな扉を、軽快なドアベルの音を立てて小さな客がやってきた。


「なんだ小僧、またきたか。

 冷やかしならいらんぞ帰れ」


 半分諦めたような、少し冷たい声色で放たれたその言葉は、閑古鳥のなく店にやってきた貴重な客である少年へのもの。


「冷やかしじゃねーよぉ。母ちゃんへの誕生日プレゼントどうしよっかなーって考えにきてんだ!

 ここなら色んなアーティファクトがあるから、絶対何か良い物が見つかるだろ〜?」


 星猫と呼ばれた白髪白髭の老齢な紳士は、それまで読んでいた新聞を置き、深いため息とも何とも取れない息を吐いてから、ひとりごちた。


「近頃はろくな客が来ん。

 いい加減店じまいの時なのかもしれんのぅ…………」


 その人物はこの店、アーティファクトと呼ばれる物品の仕入れ販売をしている『星猫のキャラバン』のオーナーだった。


 アーティファクトとは、心込めて作られたアクセサリーや置物、雑貨など、さまざまなハンドメイドの物品に不思議な力の宿ったもののことを言う。


 使用されている資材によってある程度能力の方向性が決まるものだが、作り手の想いによってイレギュラーな能力になったり、使い手によって差が出たりもする、なんとも不思議な現代の魔道具だ。生活のすべての場面において使用されるそれは、湯を沸かす火の素から、夜道を照らす灯りまで、さまざまなアーティファクトが生活必需品として出回っている。


 普段からパリッとした(しわ)のないシャツ、タキシードに身を包み、外に出るときは必ずトレードマークのシルクハットとステッキを持つが、その身のこなしは()()()()()()()と有名な店主星猫は、少年を眺めながらパイプに手を伸ばす。


 カウンターの所で面白くなさそうにパイプをふかす星猫に少年は言った。


「そうやって言いながら何十年もやってるって、かーちゃんから聞いてるぞー?」


 ししししっと笑いながら店の安物コーナーのカゴを漁り始める。その後ろ姿を眺めながら、タフティーは記憶の山の中から少年の母親との出会いを思い出す。


 そう、それは二十年ほど前のこと。ちょうど少年の母親が初めてこの店にやってきた頃のことだった────




 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 多くの人が帰路に着く夕方五時過ぎ。仕事場から自宅へと戻っていく時間で、裏通りですらも、人々が慌ただしく行き交っていた。

 そんな中、閑古鳥の鳴いている一見ガラクタ屋のようにしか見えない『星猫のキャラバン』へ、丁寧な挨拶と静かめなドアベルの音と共にその少女はやってきた。


「こんにちはー……」


「いらっしゃい、初めましてだね? お嬢ちゃん」


 黒髪に少し白髪まじりの店主、星猫が入口から伸びている通路の奥の方、カウンター前にある棚の商品を手入れしながら小さなお客を迎え入れた。


「どんなものをお探しで?」


 星猫は埃落としをしていたアーティファクトを元の場所に戻して立ち上がり、中へどうぞと少女に促した。すると少女は目を輝かせ陳列されている商品をながめながら店内へと足を踏み入れる。


「来月……お母さんの誕生日なの! お金、コレだけしかないんだけど何か買えるかしら?」


 そう言って小さな革袋を開いて見せた。


「…………」


 革袋の中には小銭が十数枚。


「お嬢ちゃん……残念だがうちのような店でも三千はないと、何も買えんのぅ…………」


 中身を確認し、店主はとても残念そうにそう言った。


 表通りにある通常の店ならば、最低額はもっと上がる。店の場所と外見からそこまで高いものは置いていまいと思ったのであろう少女の判断は、確かに正しかったのだが────


 正直足りない額の方が大きいその財布の中身に、あとどれくらいの金額が必要なのか理解したらしい少女は、しょんぼりと顔を曇らせた。


「…………」


 生活に必需品であるアーティファクト、その金額はピンからキリまでだが、先程星猫の言った最低でも三千という金額は他の店よりはずっと安い。


「じゃが……いくつか方法がないわけじゃない」


 その言葉に少女は枯れかけた花が息を吹き返したかのような顔となって星猫を見た。


「お嬢ちゃんが、アーティファクトの材料になりそうな物をこの店に持ってくるんじゃ」


「材料……?」


 小さな少女が店に持ち込める資材はそこまで多くなかろう。だが籠る想いにも能力を左右されるアーティファクト、少女が母親への想いを込めて探した材料は、きっと素晴らしいアーティファクトとなると考えた星猫は一つの提案をする。


「そう。材料を集めて来たならば、加工をする手伝いをしようじゃないか?」


「加工をする……?」


「そう、マスターのようにのぅ」


 販売できるようなアーティファクトを作るためには免許を持つことが必要で、それを持つ者のことをマスターと呼ぶ。


 が、アーティファクトの面白く厄介なところは一般人が作ったものでも力を持つことがあるというところだった。


「お嬢ちゃんがプレゼントしたいという想いを込めたその作品はお母さんを笑顔にするアーティファクトになると思うんじゃ」


「でもわたしどういう物が材料になるのかわからないわ……」


「なんでもいいんじゃよ……。綺麗な物や面白い物、それに珍しい物でもいい……おっとワシの趣味が入っちまう」


 饒舌になりかけた星猫は、おほん、と一つ咳払いをしてから言い直し、


「お嬢ちゃんが素敵だな、お母さんに似合いそうだなとか思える物ならなんでも大丈夫。例えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とかでも、な」


 そう言われ、何かに気づいたようなハッとした表情で星猫を見る少女。


「わたし、やってみる!」


「材料を見つけたら持っておいで。それを確認してから製作の用意にかかろう。準備とかに二、三日はかかるじゃろうから、間に合うように材料を持っておいで」


 星猫の言葉に、花のような笑顔を残し少女は店を後にした。


「……いつの時代にも優しい子というのはいるもんじゃのぅ…………」


 少し嬉しそうに、どこか懐かしそうに、そう呟くと


「さて、じゃぁ少し出かけてくるか」


 店の明かりを落とし、看板をクローズにして施錠をする。そしてシルクハットを被って杖を片手に、星猫は店の奥にある裏口から出て行った。




 少女はその晩、自分の大切な物を入れてある宝物箱の中身を確認していた。


「この間原っぱで見つけたこれも、つかえるのかな……」


 箱の中には、キラキラしたビーズやボタン、ビー玉や木製の根付など、少女がこれまで集めてきた宝物が入っている。

 先日原っぱで人懐っこい黒猫と遊んでいた時に見つけた、水色で透明な何かの欠片を部屋の明かりに翳して覗きながら少女は言った。


「またあの原っぱに行ってみて……何かないか、探してみようかなー……」



 ◇


 翌日、学校を終えて原っぱに行った少女はまたその黒猫と出会った。


 な~ん……ゴロゴログルルル


 猫は少女をを見るなりすり寄っていき、嬉しそうに喉を鳴らす。可愛らしい星形のチャームが付いた、渋い焦茶色で革製のよく手入れされている首輪をしているので、何処かの家の飼い猫なのだろう。


 少女はしゃがみこんでいつものように挨拶をする。


「元気だった? 黒猫ちゃん。今日もお散歩しているの?」


 小さな手を出し頭を撫でていると、ゴロンっと転がってお腹を出してきた。


「ふふふっかわいぃ」


 出されたお腹を撫でながら、わかるはずはないだろうけど、と少女は話しかける。


「今日はね、探し物をしに来たの。この間ここで見つけたみたいな綺麗な欠片とか。

 だから沢山は撫でてあげられないの、ごめんね?」


 黒猫は、耳をピクピクさせてからクァ~っと欠伸をすると、まるで少女の言葉が理解できたかのようで『もう良いよ』と言わんばかりに体をクルンとひっくり返し、伸びをした。十分に体を伸ばしおえた黒猫は、体全体をブルブルっと震わせてから何事もなかったかのようにちょこんと座ってほんの一瞬、少女の目を見つめる。


 なーん


 そう一鳴きしてから数歩進んで振り返り少女を見、また数歩進んでは少女を見る、を繰り返して山の方に向かって行った。


 なーん


 また一鳴きして自分を見てくる黒猫に何かを感じたのか、少女は何とはなしに聞いてみる。


「ついてきてほしいの…………?」


 なーん〜ぐるぐるるるるるる


 その嬉しそうな鳴き声に、クスッと笑いながら少女は猫の後についていく。


 黒猫は、少女がついてきているか確認しながら茂みをいくつか越えると、ぐるぐるぐるぐると喉を鳴らして止まり、少女の目を数秒見てから一つの茂みに頭を突っ込んだ。尻尾を振りながら何かをしているその背に少女が手を伸ばそうとすると、黒猫はズボッと勢いよく茂みから顔を出して後ろに飛び、それをちょうどよく少女が受け止めた。


「わわっ……! 大丈夫? 猫ちゃん?」


 華麗に着地するつもりだったのか、目を丸くして驚いているような顔だった黒猫が、大丈夫だと返事をするように一声鳴くと、その口に咥えていた何かがポロリと転がり落ちた。


 地面に転がったそれは、少し白く濁った半透明の欠片。


「何だろう?」


 少女はそれを拾ってじっと見てみた。手にすっぽり収まるくらいの小さなそれは、日にかざすと角度によって虹色の光が見え隠れしている。


「きれい…………」


 にゃーん


 少女がその水晶の欠片を眺めていると、黒猫は一声鳴いてから抱かれていた手からすり抜け、今度は振り向くことなく原っぱの方へと走り去る。


「あ、待って! 猫ちゃん!」


 少女は黒猫を追いかけたが、元いた原っぱにも姿はなく、手には水晶の欠片が残された。


「…………もらっていいのかな…………?

 ありがとう…………!」


 何処へ行ったかわからない黒猫へ、握ったままの欠片を両手で包んで、少女は目を瞑りながらお礼を述べた。



 その後も何日かかけて、アーティファクトの材料になりそうだと思ったものを探し集めた少女は、ある日の五時過ぎ家の手伝いを終えて、集めた物を宝箱に入れて星猫の所へやってくる。


「こんにちはー!」


「おぉ、いらっしゃい。どうかね、材料になりそうなものは見つかったかい?」


 カウンターの所に座っていた星猫は、読んでいた新聞を置いて、柔らかい笑顔で少女を見た。


「材料になるかわからないけど……いいなぁって思った物を持ってきたの。見てもらえるかしら……?」


「勿論だとも」


 星猫はカウンターの椅子から降りて店内の方へと出てくると、おいでおいでと手で招く。


 店内には、持ち込まれた物を鑑定したり、客にアーティファクトの能力を説明したりする時に使っている小さいテーブルと椅子があって、星猫はそこに来るよう少女に促した。


 少女が持ってきた宝物箱をテーブルの真ん中に置くと、星猫は黒いベルベット地のトレイを出してきてその横に置いた。


「この箱の中のものを使いたいんじゃな?」


「うん!」


 少女は蓋を開けて中身を星猫に見せた。


「……ほぉ…………」


 星猫はカチャリと眼鏡をかけ直し、目を細めてその中を見る。


「これで何か作れるかしら…………?」


「……全部を使う必要はないな……。

 お嬢ちゃんがお母さんへのプレゼントとして使いたい! と思う物はどれじゃ? そうさな……三つくらい選んでここに出してごらん」


 そう言われて少女は箱の中をじっと見つめた。


「三つ…………これと……これとこれ…………かな」


 少女が選んだのは、綺麗な白い白蝶貝のボタンに先日黒猫が見つけてくれた水晶の欠片、そして小さな花弁一枚。


「これは……薔薇の花びらかい……?」


 タフティーは、花びらには触れずに眼鏡をカチャリと鳴らしてかけなおし、顔を近づけてじっと見た。


 少女は、嬉しそうだけれど少し哀しいような表情で話しはじめた。


「二年くらい前に、お母さんがお父さんからもらった薔薇の花をドライフラワーにしてたの……。少しくすんだ色になっちゃったけど、良い香りがしばらくそのままで……香りがなくなるまでね、って言って大事に……大事にしていたの…………」


「ほぉ…………」


 タフティーは目を細めて観察を続ける。


「でもお父さんが事故で死んじゃって…………

 お母さんは香りのなくなった薔薇をずーっと大切に壁に掛けていたんだけど…………

 先月お掃除のお手伝いしてる時に床に落ちてるお花に気づかなくて…………わたしが踏んじゃって…………」


 少女の目には涙が浮かんでいた。


「すぐにお母さんに持ってってごめんなさいって言ったけど……おかあさんは……大丈夫だよ、何か良くないことからそのお花がわたしを守ってくれたんだよ、て言って悲しそうな顔して笑ったの………………」


 そう言って黙りこくる。


「ずーっと気になっとったんじゃな…………」


 こくりと頷くと、数粒の涙がテーブルの上に落ちた。


「…………これらの物にはすでにお嬢ちゃんの優しい想いがこもっているのぅ……きっと良いものが作れるじゃろう……」


 そう言うと星猫は眼鏡をはずして少女を見た。


「お嬢ちゃんが集めてきた物から見るに、こういうものを作ろうと想像しておるじゃろう?」


 星猫は立ち上がり、棚の上に飾ってあった商品を一つ取って少女の前に置いた。


 それは、懐中時計の様な枠を使って作られたペンダント。中には小さなかすみ草が入っており、小さなシャボン玉のような玉がいくつか浮いていて、白い虹色の雲のような物が渦巻いているとても可愛らしい一品だった。


「素敵…………!」


 少女の目はそのアーティファクトに釘付けで、キラキラと輝いていた。


「わたしにこういうのが作れるのかしら…………」


「決まりじゃな。それを作るのに必要な助っ人を呼んでおこう。二日後にまた来れるかい?」


「うん!」


 少女は二日後に再び来る約束をし、自分が作るのだというドキドキからか、宝箱をテーブルに残したまま店を出てしまった。店を出て数歩でそのことに気づいた少女は、すぐに戻ってもう一度店のドアをそっと数センチほど開くが…………


 店主がが店のカウンター奥の方で連絡用アーティファクトに何か言っているのが聞こえてきた。


「だーかーら! 用意をして来いと言っとるだろうが!

 お前さんには借りがてんこ盛りあるだろう!」


 カウンターの上には少女の宝箱が置かれている。

 星猫が気付いてテーブルからそこに持っていったのだ。


 少女は、今入ったらいけないような雰囲気を感じ、そっとドアを閉じて扉の向こうの星猫に向かって小さな声でつぶやく。


「……星猫さんのとこならきっと、あずけていっても大丈夫……二日後、よろしくおねがいします」


 見えない店内に向かって少女はお辞儀をし、その場を後にした。



 ◇◆


「今日はー!」


「おぉ、きたか。いらっしゃい」


 少女がいつもの通りにカウンターのところまでやってくると、いつもと違うことが一つ。


「初めまして。閑古鳥のなくこの店で、資材を集めてきてアーティファクトを作りたいっていう子は君かい?」


 カウンターの奥から一人のおじさんが出てきて、カウンターの上に置いてある宝箱を指して言った。


「確かに閑古鳥のなきぐあいから

 いい加減店じまいの時なのかもしれんとは思うし言っとるが!」


 お前がそれを言うな、とステッキでポコンと叩かれているおじさん。


 店のカウンターの向こうに星猫以外がいるのをみたことがなかった少女は、少々驚きながらその人物を見た。


 長めの、天然パーマのかかった髪を後ろで一つにまとめた背の高い人で、シャツとジーパンというラフな服装に、腰に巻いた薄手なジーンズ生地のジャケット、その下に革製のよく使い込まれているであろう暗い茶色のウェストポーチが見え隠れしている。


「しざいって…………?」


 言葉の意味がわからず、はてな顔の少女にその人物はニッコリと微笑みながら言った。


「アーティファクトを作るための材料のことだよ。お母さんへのプレゼントのために色々頑張って集めたんだろう?」


「コイツはな、わしの懇意にしてるマスターだ。

 お嬢ちゃんの集めてきた材料をどういう風にアーティファクトにするのか、決めるのと作るのの助けになると思って呼んどいたんじゃよ」


「マスターのおじさんとでも呼んでくれ」


 二人はカウンターの向こうから出てくると、おいでおいでと先日の小さなテーブルの所に少女を呼んだ。


 そして、星猫が先日見せてくれた首飾りを手に取りマスターのおじさんに渡した。


「連絡しといたが、大体こういうのじゃ」


「お嬢ちゃんは、この首飾りみたいなのが作りたいと?」


「はい……」


 マスターのおじさんは、何かを考えるように顎に手を当て小さいテーブルを見る。


「じゃぁ枠かベースがいるな。ここに広げていいか?」


「全部持ってきとるんじゃろ? かまわんよ」


「じゃぁちょっとテーブルを大きくしてもらっていいか? 流石にこのテーブルじゃ小さすぎる」


「仕方ないな、ちょっと待っとれ」


 星猫は再びカウンターの方へ行くと、先程マスターのおじさんの頭を(はた)いた、自分の身の丈半分程度の長さの黒いステッキを持ってきて、マスターのおじさんは椅子を二つテーブルからさっと離して少女に座るように告げる。


「ここに座って見てな。面白いものが見れるから」


 少女は言われるままに座り、星猫が何をするのかじっと観察した。


「相変わらず気がきくのぅ? ありがとう。

 さーて今日は特別サービス、吾輩専用特別仕様のアーティファクトの力をとくとご覧あれ!」


 テーブルから少し離れた位置で立ち止まった星猫は、左手にステッキを持ち、右手でステッキの持ち手部分を覆い鍵となる言葉を放つ。


「我が祖父から受け継ぎしステッキよ……その力を解放せよ!」


 ステッキの持ち手から光が溢れ出し、強い光が迸る。


 少女はきゃっと可愛らしい声を出して目を瞑り、マスターのおじさんは左手で目の当たりを覆いながら微笑んだ。


「……おいおい、張り切りすぎだろ……?」


 コツン、と星猫がステッキの持ち手をテーブルに軽く当てると今度はテーブルに光が移り、一瞬のうちにその形を変える。


 恐る恐る少女が目を開けた時には、倍の大きさになったテーブルがそこにあった。


「……うわぁ……すごい…………!」


 ガタンと椅子を引いて少女の隣に座るマスターのおじさん。星猫は少女の向かいに柔らかい笑顔で腰掛けて、二人の様子を窺うつもりのようだ。


「さて……これらの中からピンとくる物を選んでもらおうか」


 マスターのおじさんがウェストポーチの中から色々な物を取り出して、どんどんと話は進んでいく。少女は絵に描いてどんな物にしたいか伝え、封入する物の配置を決めた。

 

 どのようにして作るのかを丁寧に教わった少女は、失敗はできないからとマスターのおじさんに補助してもらいながらゆっくりと慎重に製作をすすめていく。そして無事に首飾りは完成した。


 まじまじと出来上がったそれを見つめて少女はつぶやいた。


「すごい………………!」


 水晶の少し飛び出ている部分以外は、ほんの少し弧を描くように滑らかで、一見プルンとしてガラスのように輝く透明な部分。そしてその中には、話して決めた配置の白蝶貝のボタンとそこに乗せられた模様入りでカットの入ったラインストーン。


 そして薔薇の花びらが水晶の下部分を包むようにして配置されている。


「お嬢ちゃんはセンスが良いぞ〜! な、星猫の?」


「そうじゃな。デザイン力はお前より上なんじゃないか?」


 星猫はそう言ってカラカラと笑った。


「星猫さん、マスターのおじさん、本当にありがとう! お礼は……これで足りる…………?」


 材料を集めてきたとはいえ、作るのに使わせてもらった資材とか、教えてもらい、手伝ってもらってようやく完成した授業料的な物を払わなければ、と少女が聞くと……


「お代は……そうさな、コレ一つで良いだろう…………」


 そう言って星猫は、テーブルの上で開いたままだった宝物箱の中から、少女が原っぱで見つけた『水色で透明な何かの欠片』を手に取り言った。


「君が良ければ、コレをお代がわりにもらっておこう。その革袋のお金はお母さんに花でも買っておあげ」


 そう言われて少女が後ろに立つマスターのおじさんを振り向きながら見ると……


「お嬢ちゃん、俺のことは気にするな。星猫のじーちゃんからもらうから!」


 優しい笑顔で腰に手を当ててマスターのおじさんは言った。


「……本当に…………?」


 少女の質問に二人はうなづいて肯定した。


「それと、コレはおじさんからお嬢ちゃんにお礼だ」


 そう言っておじさんはウェストポーチから、可愛らしい赤いリボンにピンクの少し光沢のある地の袋を取り出して少女に渡す。


 少女が袋を開けると、中から出てきたのは何やら長めの紐のようなものだった。


「お嬢ちゃんのお母さんへの想い。しっかりと感じさせてもらったからな、そのお礼だよ。首飾りの紐に使うと良い」


 そう言われて少女は作業前のおじさんの言葉を思い出す。


『アーティファクトを作る時に一番大切なのは想いを込めることでな、オーダーされた時はまだ良いが、通常販売のは、まだ見ぬアーティファクトを使う人たちのことを想いながら作るんだ。そういうのが得意な人もいるんだけど、俺は苦手でな……。お嬢ちゃんの想いを作業の時に見せて、感じさせてもらうとすごく勉強になるし助かる』


「コレで俺もまた少しは成長できるってもんだ」


 そう言ってにっこり笑うマスターのおじさんに、自分も役に立てたのか、と少し照れながらも嬉しそうに少女も微笑む。


「ありがとう、マスターのおじさん……!」


 少女の頭をポンポンと優しくなでてから、マスターのおじさんは少女の隣に座り直していつのまにか星猫が用意してくれていた、冷めたお茶を飲み干した。


 少女は満開の桜のような笑顔で店を後にし、星猫とマスターのおじさんはそれを笑顔で見送る。


「かーわいいよなぁ? 星猫の」


 マスターのおじさんは、星猫が少女を追いかけるように眺めているのに気付いて話しかける。


「あぁ……。お前さんもあれくらいの時は可愛いもんだったぞ?」


「それ言われてもなぁ。俺覚えてないし」


「わしにとっちゃ皆『可愛い子供達』じゃよ……」


 何か思うところがあるのか、星猫はどこか寂しげだが嬉しそうに、目を瞑ってしばらくの間天井を仰いでいた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「なー、星猫のじーちゃん!

 母さんが、ばーちゃんにプレゼントした首飾りのお手本になったやつって、まだあるの?」


 ガサゴソと籠を漁っていた少年は、ふと思い出したように星猫の方を見て聞く。


 ふかしていたパイプを口から離し、少年が漁っていた籠のある棚の上の方を指して、星猫は少年に答えた。


「あぁ、ちょうどその棚の上の方にある」


 再び新聞に目をやろうとした星猫は、少年がそれを取ろうと立ち上がった時によろけて棚にぶつかるのを目にした。そして何かに気づいて、新聞もパイプも置いて目にも止まらぬ速さで動いた。


「あぶない‼︎」


 棚の上から落ちてきていた鋭い部分のある拳大の置物が少年に向かって落ちていく。


 星猫はカウンターのところから、まるで猫のようにジャンプし、落ちてきた物をキャッチして少年の向こう側、店の出入り口の前に着地した。


 何が起きていたのかわからない少年は目を丸くして星猫の着地した方を見た。


「すんげ〜!」


「まったく…………もっと気をつけんか……」


 着地の衝撃を和らげるために、右膝とアーティファクトを持たぬ右手を床についていた星猫は、ついた膝をポンポンとはらって立ち上がり、キャッチしたアーティファクトを低い位置の棚の奥へとひとまず置く。


「当たっていたら痛いじゃ済まされないぞ……」


 少年の身を案じての言葉は、少年の興奮気味の声にかき消されていたが、星猫は苦笑しながら自分よりほんの少しだけ低い身長である少年の頭を撫でた。


 その時、カチャリと星猫の腰の辺りから何かが落ち、少年はすぐさまそれを拾って星猫に渡す。


「ほい、星猫のじーちゃん」


「おぉ、ありがとうよ」


「星猫なだけあって星のチャームか? じーちゃんも結構可愛いところがあるんだな!」


「ホットケ! コレは出来るだけ肌身離さず持ってないといかんのじゃ。ワシの大事な……物なんでな……」


「そういえばこの近辺の原っぱによく出るどこかの飼い猫もそんなチャームつけてたなぁ……」


「あぁ…………あの猫は半分うちの猫みたいなものじゃからの……。ワシがあげたんじゃよ。首輪付けとけば何処かの飼い猫だってんで悪戯もされにくかろうて」


「へー。それも昔からか? なんか、かーちゃんも言ってた昔から何度も見るのよねぇって」


「…………さてなぁ…………」


 星猫は少年の言葉に曖昧な返事をして棚の上の方にあった少年の母親がモデルにしたというアーティファクトを手に店内にある小さなテーブルと椅子のところへと向かいながら少年に問うた。


「お前が本当にお母さんのことを想っておるのなら、良いものを見つける方法がないわけでもない。

 知りたいか? 小僧────」



────おしまい────




こちらの物語は、作者と縁の深い作品提供者さんの委託先、京都にありますハンドメイド系委託店

『星猫のキャラバン』さんに捧げますファンアートとなっております。

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