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青の座敷の墨つき妖怪  作者: 小津 岬
【 六 】
33/50

眠れる陸海空 2

「祖父ちゃん、伝家のお宝ってうちにある?」


 リハビリにつきそってくれた孫が妙なことを言いだしたので、月若玄徳(げんとく)は椅子からずり落ちかけた。慌てて身体を支えた虎太郎に渋い顔をむける。

「あったらどうする。少し働いてきたと思えばもう金欠か」

「売ったりしないって! 大学の課題で聞かれたんだ、月若の家は古いから」

「歴史があるといいなさい」

 ぴしっと正した祖父だったが、ふと視線を浮かすと「おう、そうだ」と珍しく軽い声をたてた。

「塚ならあったな。わが家のものではないが」


「つか?」

 子供のように眉をあげた虎太郎に、祖父は苦笑いを浮かべて答える。

「戦前、第一次世界大戦の前の話だ。当時関わりのあった寺が、いわれのある品をまつって塚をたてたそうだ。わしの曽祖父が揮毫きごうを納めたと聞いている」

 いわれのある品。

 虎太郎はピンときて目を見張ったつもりだったが、彼をしげしげ眺めた祖父が不思議そうに訊いた。

「ところで虎太郎、なにをそれほど眠そうにしている?」



 ともかく、これが手がかりになる。彼は家に帰ると這い寄る眠気をおさえて藍を呼んだ。

「きっとその塚に陸海空がある。なにかが待ってる気がするんだ」

「しかし所在がわからないのだろう?」

という藍の懸念をよそに、塚の詳しい場所は、インターネットの口コミ情報をたぐった先に呆気なく表示された。 “最恐オカルト天国もしくは地獄” というコミュニティ名について、虎太郎は妖に説明することをはぶいた。


「急行で三つ先、思ったより近いな。よし、行ってみよう!」

 二人が顔を見合わせる背後では、空が青く暮れはじめている。動きをとめた藍がそっと尋ねた。

「……これからか?」

 藍は、最近の静かな日々に新しい楽しみを見つけていた。

 白黒の駒ならべで時を忘れたり、月若老人の蔵書を借りて今代風の書にいそしんだり。特に今夜は、

「岡っ引きってのはべらぼうにカッコいいですよ、兄貴も一緒にどうです?」

という竹蔵につきあって、画が動く箱を眺めようとしていたのだが。


「これからか。これからなのか、虎」

「うん、急いだ方がいい。その前にちょっと昼寝、いや夕寝」

 寝っころがった虎太郎はすでに目を閉じ、開く気配もない。このごろ彼にふり回されているようだが、よくよく思えば宗月と旅をしていた時の感覚に似ていた。

 まさか千年経っても同じ気苦労を背負いこむとは。

「生まれかわりとは、まこと恐ろしいものだな……」

 妖は眠る人間を眺めつくねんと座っていたが、やがて「仕度をせねば。竹蔵、いるか」とあわただしく立ちあがった。




 秋というには早い、熱気の残る夜。

 空はやけに黒く深く、冴えざえとした三日月が傷のように浮かんでいた。

「藍、ここだ」

 スマホの地図を消した虎太郎が、道の先に懐中電灯をむける。しかし、細い光はざわめく林の奥を照らすには弱すぎる。

 かたわらに墨影が降り、藍の姿が現れる。白い横顔が雑木林をあおいだ。


「道なき道に闇のあり」

「ヤブ蚊もあり、だろうな。行こう」

 虎太郎の声はしっかりしていたが、いつ眠気が襲ってくるかわからない。できるだけ早く帰ろう、とふたりは決めていた。

 急な留守を頼まれたテン妖は、

「ええ、あんたらだけで? 夜行やぎょうならあたしの出番でしょうが」

と不満げに尻尾をふるった。


「でも姐さん、おいらだけになっちゃお屋敷がまるでザルですぜ。どうか一緒に本丸を守ってくださいよ」

 竹蔵がなかばあやすように懇願すると、「あーあ、あんたもしかたないヤツだよね」と言いながら機嫌を直し、蹴っ飛ばすようにして二人を送り出したのだった。

「海だか空だか知らないけどさ、五体満足で戻っといでよ!」



 不吉な言葉を思い返しつつ、虎太郎はかぶさってくる枝を押しのける。彼は知らず知らずのうちに先に立ち、藍は静かにそれにしたがう。

 前を行く背中を見つめながら、藍は一瞬にも似た二月ふたつきたらずを心に辿った。青の間が開いてから、虎太郎には色々のことが起こりすぎた。そう案じていたが……

 この青年は、自分が思うよりずっと成長しているのかもしれない。


 虎太郎が「あ、そうだ」とふり返った。

「電車の中で詳しく読んだんだけど、塚が怪異を起こすんだって」

「だろうな、私は驚かないよ…… おや虎、楽しんでいるのか?」

 深い青の目で問いかけると相手はニヤリとした。

「それがこんな話でさ。“石碑に触れた人は、数日ほど不眠に悩まされる”。宗月さんの夢と塚のたたり、どっちが強いと思う?」

 自分のことでもあるのだから “宗月さん” はよせ。そう言おうとした藍だが、

「虎。笑っていられるのも今のうちかもしれぬぞ」

と細い手を伸べた。つられて懐中電灯を動かした先に、いびつな影姿が浮かびあがった。



 塚だ、

 と言いかけて虎太郎は息を飲む。曽々々祖父の書が刻まれているという石碑の上に、白く大きいかたまりがずしりと据わっている。


 翼をたたんだ、巨大な鳥。

 しかしくちばしまでも白いその顔は両の眼を持たず、ぬるりとしたくぼみだけが彼らを見下ろしていた。





 この世とつながる、もうひとつの夜。

 あたたかい丘を支配しているのは、一本のしなやかな木だ。今にもほころびそうな花々の下に、長い裾を流して少女が座る。青くしげる草がつつましくそろえた脚を受けとめていた。

「とっても残念、もう少しでこちらに呼べたのに……」

 梨那紅りなくは、ひとふさ垂らした美しい髪をもてあそび唇をとがらせる。

「妖が邪魔をするのはわかっていたけれど。生者の声はそんなに強いものなの、シァンフェイ?」


「月若虎太郎という青年として、新たに育まれた一部が呼応したのでしょう」

 少女の頭上で、枝に下がる大きなコウモリが低く答えた。

「では、もしもわたしが新しくなれたら。宗月さま…… 虎太郎さまは、間違いなくこちらを向いてくださるかしら」

 期待を込めた問いかけに、従者はたたんだ翼の陰で逆さまの顔をかしげる。亡霊である梨那紅が人間に戻るすべは、彼が知るかぎり存在しなかった。



 考え深い従者にいらだったのか、「シァンフェイ!」とふくれた声が飛ぶ。

「聞いているのです、今代の生者になったわたしがあの声の持ち主よりきれいかどうか」

「はっ、それは無論」

 雑多な談話がはじまった、と慌てて返したが、少女はねるばかり。

「そうやってあなたはいつも甘やかすんだわ。相手を見てもいないのに」

「はい、ですが見る前にわかることも多少は…… 精霊としての勘であれば私にだってそれなりに……」

 忠実な部下のしどろもどろの言葉は唐突にさえぎられた。


「いってきて」


「はい?」

 意味をつかみかねた従者は、思わず間の抜けた返事をした。梨那紅は元気よく立ちあがり、幹を抱くようにして彼を見上げる。表情は真剣だ。

「あの娘のところに行って、よく見て、どこにどんな魅力があるのか教えてちょうだい。わたしにかわってつぶさに観察するのです。よいですね?」

 黒い瞳がきらきらと輝く。シァンフェイは気圧されながら「わかりました」とうなずいた。

「ああ、それでこそわが翼! お願いね、どうかお願いね」

 袖を遊ばせてくるくるまわる少女を眺めながら、落ちつきを戻した従者は “偵察” と頭に書きとめる。

 隙があればとらえてもいい。取るに足らない人間だが、餌にはできるだろう。算段をつけると獣の目が紫の光を帯びた。

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