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青の座敷の墨つき妖怪  作者: 小津 岬
【 四 】
25/50

青竹に光陰の追い書き 6

 ちょっとした罠は、その日の夜中にきちんと役割をはたした。

 仕掛け主はテン妖の菊火だ。若づくりだの子供だの評された彼女だったが、日ごろの元気さの裏でひそかに行動を起こしていたのだ。

 ごく薄い火の花を、月若邸の上空にいくつも咲かせて待つ。なにかが通ればすぐ知れる、という警戒線だ。


 こんなに気を張るのもひさしぶり。

 菊火は、かつて忙しく走り回った時代を思い出した。一緒にこの術を編み出した者は、 “忍び” と呼ばれた大馬鹿人間たち……

 あくびがもれて面影をかき消す。このところ毎晩の見張り、さすがに疲れが溜まってきたその矢先だった。

「……きた!」

 動きを感じ取って軒下を飛び出す。稲妻のように雨どいを駆けあがり瓦を走り、屋根におどり出ると同時に、彼女本来の真っ白い姿に変わった。



 かっと燃やした火があたりを照らす。

 探す相手は二階の軒先にいた。屋根のすぐ下、外壁に張りついて…… いや、ぶらさがっている。翼で身をおおい、頭を下に真っ逆さまだ。

 コウモリ?

 けど、この異相。


 四肢を踏みしめた菊火は、戸惑いを隠してにらみつける。

 そこらにいるような小さいコウモリではなく、立派な身体と大きな目を持つ飛ぶ獣だ。ここの国じゃ見たことない、と菊火はさらに警戒しつつ口を開いた。

「まんまと引っかかったね。これまでの妙な気配、全部あんただったわけだ」

 答えはないだろうとふんだとおり、相手はじっと動かない。静寂に声を重ねる。

「墨妖怪の領域にちょっかいかけたでしょ。ま、あのぽんこつはだいたい脇が甘いけど…… ひとつ言っておく」

と、橙色の眼が熱を帯びる。

「あたしはね、今この屋敷をねぐらにしてんの。内でも外でも、月若の家を乱そうってんならタダじゃおかないよ」


 異国の獣は、表情のない瞳で彼女を見つめるだけ。ふいにサッと翼を広げ天地を戻すと、音もなく飛び去ってしまった。

 その姿が夜空に消えてからも、菊火は油断なく視線をそそぎ続けた。

 きっと誰かにつかえてるんだろう、忍びみたいに。それじゃあ親玉はどこに陣を張ってる?

「……あいつに話しておくしかないか、しゃくだけどさ」

 首をふって深刻な空気を払う。この情報と引き替えに、あたしの筆を奪い返してやったらちょうどいいかもしれない。




 翌日の午後。外から戻った虎太郎は、しばらく居間に座っていた。

 先ほど、両親の墓前で不思議なことがあった。線香の煙も供えたばかりの花も飛び越え、かすかに甘い香りがただよってきたのだ。それはさわやかに彼の鼻先をくすぐり、やがて風に流されていった。どこか懐かしい気がした。

 もしかしたら、父さんと母さんだったのかもしれない。


 あたたかい気持ちで青の間に向かうと、藍と菊火が珍しく静かに向かいあっていて、ふたり同時にふり向いた。

「ただいま、やっと仲よくなったのか」

 笑いかけた虎太郎は、妖たちの様子にこれまでにないものを見て言葉をとめた。なにやら考え込む菊火の、鋭い表情。

 それから、彼を見透かすようにした藍が抱く、心細さのようなもの。


「あんたにまかせるよ、墨妖怪」

 虎太郎が呼びとめる前に、菊火は陽のそそぐ裏庭へ駆けていった。残されたふたりは困ったように顔を見合わせる。

「なにをまかされたんだ?」

「……私にも、よくわからない」

 藍は半分を正直に、半分を隠して答えた。虎太郎は首をかしげたが、やがて気をとり直した。

「それじゃあわかったら教えてくれ。菊火もタイミング悪いな、せっかくアイス買ってきたのに」


 出てこいよ竹蔵ー、とのん気に呼びかける虎太郎を、藍は心配まじりの半信半疑で眺める。異国の獣妖、そしてそれをけしかけた何者かが、この青年を狙っている……?

「よし、時間ぎれで早い者勝ち。先に選ぼうぜ、藍!」

 虎太郎が気合の入った顔で廊下に飛び出す。こちらも根は子供のようだ。

 ますます不安をつのらせた妖怪は、「虎や、小倉抹茶はあるか」と声をかけつつ、月若の末裔を追いかけた。



(第四話 了 )

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