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青の座敷の墨つき妖怪  作者: 小津 岬
【 四 】
23/50

青竹に光陰の追い書き 4

 カッと白い陽がさし、虎太郎は腕で顔をかばった。

「ここは……?」

 部屋の中はまったく違う場所になっていた。見回せば一面の竹林がはるか高くまで伸び、すき間をぬって割れた光が降りかかる。ただし景色は鮮やかさに欠け、白黒写真に薄い色をつけたようだった。

 藍の言葉を借りれば、ここが竹簡の主の “領域” なのかもしれない。

 そう考えた彼は足を踏みしめ、あたり向かって叫んだ。


「おおい、聞こえるか。俺は敵じゃない、姿を見せてくれ!」

 そのとたん、びしっと乾いた音が返ってきた。すぐそこにそびえる太い竹にひびが走り、数えきれないくらいの竹片に姿を変えてはじけ飛ぶ。

「うわっ!?」

 虎太郎は慌てて身をかわす。しかしあちらでもこちらでも、竹林全体が次々と崩れはじめていた。彼が焦っている間にも、からからと降ってくる竹が足もとに積み重なる…… かと思えば、その下から新たな竹がぐんぐん伸びてくる。

 このままでは竹片に溺れて終わってしまう。なんとかしないと、と虎太郎は矢立から筆を抜いた。


 だが、それはなんの変哲もないただの小筆だ。宙にかかげても穂先が揺れるだけ、術の気配はみじんもない。

 当然だ、藍がいなければ俺は役に立たない。

 考えなしの自分に顔をゆがめた虎太郎だが、ふと思いついた。


「……いや、できる」

 口を引き結び見据えるのは、虎眼石の数珠。

 祭りの河原で武者たちを前にした時、このお守りを失った彼は未知の術でその場をしずめた、と聞いていた。

 それがまぐれでないのなら、今こそ力を出すべきじゃないか。

 なにが起こるかわからないぞ、と恐怖が全身をめぐる。しかし、待っている春瑠の面影がよぎった瞬間、怯えを勢いに変えて数珠をつかんだ。



 それをとめたのは、上からすっと伸びてきた白い指だった。

「その必要はない」

 虎太郎が顔をあげる。そこには、長い髪を墨絵のように広げた藍が、なかば影に溶けながら宙にとどまっていた。

 逆光にかげる顔から深い青の目がまっすぐ彼を見る。一気に安堵が押し寄せ、虎太郎は大きく息を吐き出した。

「藍……!」

「遅くなった。守りはまかせ、書に気をそそげ」

 手にしていた小筆は、いつの間にかなじみの影筆へと姿を変えていた。



 空から降る竹も積もった竹も、涼風がさあっと巻きあげて場所をあけ、虎太郎がしっかりと立った。

 彼は気を静めて江戸霊の言葉を思い返す。心がばらばらじゃ浮かばれない、展示室の竹簡もここにある竹も、みんな不完全なんだ。

「つながりを戻したい。そうだろ?」

と、大きく腕を伸ばして書ききった形は、


 冊


 という字に似ていた。

 どうだ、と尋ねる間もなく、影の筆跡めがけて周囲の景色がいっせいに集約した。最後に白い光がすべてを照らし、虎太郎はぎゅっと目をつぶった。



 自然なざわめきに目を開けた時には、すべてが治まっていた。展示室の照明もまわりの人々も、なにごともなかったようにそこにある。

 ハッとなってあたりを見回した虎太郎は、

「……沖野さん!」

と短く叫んで部屋を走り出ていった。

 彼がいなくなったケースの向こうには、どこからか現れた竹片と紐で編みつながれ、すっかり復元された竹簡が、祈りの文字をあらわにしてひっそりライトを浴びていた。

 片隅で墨の影に消えていく藍が、ぽつりとつぶやきを残す。


「お前たち術者は、なぜみずからを投げ出したがるのだろうな」



 明るくなった廊下で固まっていた春瑠は、建物の外へつれ出されてもまだ放心していた。

 うろたえた虎太郎は「人、呼ぼうか」「救護室さがすよ」と声をかけたが、彼女は呆然としながら首を横にふるだけだった。

 ついに彼が、

「……寮まで送ろうか」

と恐るおそる申し出ると、ぼんやりした口調で「大丈夫」とだけ答えた。

 そのまま彼らは会話もなく駅に戻り、来た時とはまるで反対の空気の中、別方向の路線へと別れていった。

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