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青の座敷の墨つき妖怪  作者: 小津 岬
【 二 】
12/50

菊火てんてん 5

 しゅうしゅうと湧いた光は幾筋もの糸になって枝垂しだれ、大きな菊の花…… 輝く火の花を描き出した。

「虎、下がれ!」

 半身を影に変えた藍が前に出る。花はかあっと燃えあがり、大口を開けた獣の顔に変わった。短い鼻先と丸い耳、らんらんと光るだいだい色の目。

 慌てて壁に張りついた虎太郎のそばを、しゅっと光が駆け抜ける。階段からあっという間に場所を変え、白い炎をまとった獣が戸口に立ちはだかった。


 伸びあがった姿に、虎太郎が叫ぶ。

「い、イタチ!?」

「抜かせ、テン妖の菊火きっかさまだよっ!」

とタンカをきるのは昨晩耳にした甲高い声…… いかにも強気な女の子、といった感じだ。

「この馬鹿ニンゲン、せっかく鎌かけても仲よしごっこだ。それじゃてっとり早く行かせてもらおう、あたしから奪った物ぉ返しな!」


 闖入者はその声ほど微笑ましい存在ではなかった。長い胴にふさふさの尾をしならせて襲いかかってくる、光と熱をふりまいて。

「うわ、あつっ!?」

と身をかわした虎太郎の手を涼風がつつみ、筆をとらせる。墨影から半身をあらわした藍が顔を険しくした。

「なるほど。このコソ泥、家捜やさがしをしていたか」

 そうつぶやくと風をひと払いして青の間を開け、火花がばちばち鳴る廊下から虎太郎を引き下げた。


「やめろ、木造建築だぞ!」

 思わずテン妖に怒鳴った虎太郎だが、目の前を走った白い炎にはじき返され、畳に尻餅もちをつく。鼻先に残る熱気を慌てて払いのけたところに、ふたたび影に解けた藍の声が響いた。

「虎、書の術を。境目を引いた時のように、あやつを治めるのだ!」

「あ、ああっ」

 しかし、身体を立てなおしかけた彼の周囲に大小の菊の炎が咲いた。腹立ちまじりのあざけりが座敷に満ちる。

「コソ泥とは笑わせる、先に盗ったのはそっちじゃないのさ!」


 虎太郎は、白い炎を見回しながら気がついた。このテン妖、ふざけたようでいて真剣そのもの。盗った盗られたとでたらめに騒いでいるのではないらしい。

 藍の影に守られた彼は、筆を握りながらも動かせずにいた。光から顔をかばって必死に尋ねる。

「待てよ、テン妖怪! 俺が奪ったって、なにを……?」

 間髪いれず返事が爆発した。

「その筆さあぁっ!」

 ごうっ! と白い燐光が噴きあがり火柱が天井をついた。



 家が燃える……!

 四方を囲まれた虎太郎は、慌てて宙に字を書いた。しかし、“水” という筆跡をあらわした青い影は、引いたそばからすっと消えてしまう。

「な、なんでだよっ」

 うろたえるうちに火柱はどんどん太さを増し、熱と煙が彼を襲う。しゃがみ込んで頭を下げるしかない。

「虎、よく目を張れ!」

という藍の声も苦しげだった。虎太郎の閉じかけたまぶたがハッと開かれる。彼をつつんでいた墨色の影は、白い炎に食い破られるように揺れ、激しく渦巻いていた。

 このままじゃいけない、と受けとった言葉に心をそそぐ。息を吸い、もういちど目を開く。

 火柱の中に細長い影がはねた。

 舞いあがり流れるような、炎にそった動き。だがそれだけだろうか? 虎太郎は大きな目をぐっとせばめ、奥の奥を見据えた。


「……そうか、幻だ」

 あの獣が、見せかけの炎を操っているのだ。姿のない火に水は届かない。いま書くべきは、まやかしから本物の火を引っぱり出す字だ!

 筆を持ちなおした時、彼の手に不思議な感覚が走った。

 考える前に手がおどる。まるでもう一人の自分がぴったり重なっているかのような、揺るぎない自信が湧いてくる。

 彼は口を真一文字に結んだ。そして片膝をつく不安定な体勢ながら、腕を伸ばして力強く書ききった。


 誘火、油芯



 最後の一点を書ききった時、

「おみごと」

というつぶやきが聞こえた。

 次の瞬間、色々なことが立て続けに起きた。

 宙に書かれた影の字が、こよりのようにきゅっと細まった…… と思ったそばからまわりの火柱を一気に吸い寄せ、大きな青白い火の玉が空中に生まれた。

 唖然として見上げれば、その真上にポンと獣が現れる。今そこに置きました、というふうに突然に。


「えっおい、そこ、火……」

 虎太郎がとめる間もなく、細長い獣はジュッとあぶられた。

「あきゃああぁ熱っ、冷たっ、どっちよぉ!?」

 騒々しく飛びあがる声に押され、虎太郎はあたふたと “水” の字を書く。先ほど感じた心づよさはなくなっていたが、広がった文字からはかろうじて透明な水がこぼれ出し、火の玉に降りかかって一緒に消え去った。テンの身体がぼとっと畳に落っこちる。

 ぴちょん、という水滴の響きを最後に、座敷の動きはぱったりとまった。



「な、なんとかなった。なったよな、藍?」

 虎太郎が冷や汗をぬぐって見回すと、

「くっそぉ、数珠なんて怖くないから! ちょっと痛いだけだしっ!」

と足もとで決死の声があがった。

 サッと飛びついてきたのは、それまでの白さもどこへやら、胴体は褐色に橙、手足と顔は見事に真っ黒の、妖しさの欠片もない夏毛のテンだった。

「うわっやめろよ!」

 慌てた虎太郎が腕をふるが、獣は器用にしがみつく。しかし彼女は、虎太郎のからっぽの手を見て愕然とした。

「あれっうそ、筆は!?」


「そ こ ま で だ コ ソ 泥」


 地を這うような声がして、たゆたう影から白い手が伸びた。

 獣の首根っこを躊躇ちゅうちょなくつかみあげた藍は、息をつくとともにやっと全身をあらわした。さすがにくたびれた顔をしている。

 藍につかまったテンの妖は、長い尾をふってきいきい声をあげた。

「はなせ墨妖怪! 泥棒はあんたの方でしょうがっ」

「ははあ、読めた。テン毛の筆なら、これだろう」

と、袖の中から小筆を出してみせる。テンの目が真ん丸くなって転がり落ちかけた。

「あーっそれ、そっち! 隠してやがったねこの性悪しょうわる


 藍の眉がぴくりとはねる。

「この小筆はずいぶん昔に私の領域へ流れてきた。それを拾ったにすぎぬ」

「どっちにしろ盗人だ! あたしの毛ぇ返して、返してよぉ!」

 どう見てもただの小動物が泣き声まじりに手足をばたつかせるのを見て、虎太郎は困ったように口を開いた。

「そんなに言うなら返してやったら……」

「いやだ。これは使いやすいのだ。やけに穂先が長もちと思えば、なるほど妖の毛か」

 藍は無表情に筆をしまう。性悪という言葉がカンにさわったんだな、と虎太郎は眉を下げてテン妖に目をやった。悪いがこの頑固な墨妖怪は俺にも動かせない。


「ほら、いい毛並みだってよ。テンって高級毛皮だもんな」

 せめてものなぐさめと思ったが逆効果で、「けがわぁ!?」と憤慨ふんがいした菊火は、激しく身をよじって藍の手から逃れた。

 畳に四肢を踏みしめ、震えながら二人をにらみあげる。

「覚えときな高飛車墨野郎たかびしゃすみやろう、あたし絶っ対あきらめないから。主従そろって馬鹿と馬鹿、もうだいっきらい!」

 わーん、と子供の泣き声をあげながら、菊火は縁側を飛び下りていった。



 気配が消えたのを合図に、藍がじろりと横目になる。

「虎、あやつになにを吹き込まれた?」

「書をやってたら、お前に取り殺されるってさ。で、一瞬迷った。本当に一瞬だけ」

と、虎太郎は気まずそうに頭をかいた。

 藍は「必要があればとっくにしている」と澄まし顔でつぶやいてから彼を見た。

「まあ、正直に白状したので許してやりましょう。稽古を続けるのであればね!」

 揃えた五指でぺしりと叩かれ、虎太郎は背筋を伸ばして相手をうかがった。

「菊火だっけ、あいつ俺たちを主従って言ったな。まさかお前が主じゃないだろうな」


「さあどうか、お前の成長しだいだろう。それよりも……」

と、藍は廊下の方へ向き直った。

「これでやっと片づけができるのではないか? 明日には客人、めでたしめでたし、だ」

 優雅な微笑みを最後に、消えた。

 ひとり現実に残された虎太郎は、なにもかもごちゃ混ぜになった屋敷の有様を思い出し、

「……手伝えよ!」

と虚しい訴えを座敷に投げた。

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