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青の座敷の墨つき妖怪  作者: 小津 岬
【 二 】
11/50

菊火てんてん 4

 あの藍が、俺を取り殺す?

 そりゃ特訓では息も絶え絶えだったけど…… と、竜笛を布に収めながら虎太郎は考え込む。

 今朝になって異変を伝えようとしたが、どれだけ呼んでも藍は姿を見せなかった。眠っているのか、別の理由か。

 とにかく早く顔を合わせるほかはない。彼は荷物をまとめ、会長たちに「それじゃあ、失礼します」と頭を下げた。

「うん、次もよろしく!」

「気をつけてねー」

 彼は見送られながらドアに手をかけた。


 が、それは触れる前にふわりと外側へ引かれた。支えを失った虎太郎はつんのめりながら顔をあげる。

「あっ……」

と、やわらかな声がかかった。

 ブラウスの襟もとの細かい柄、それに続いてとらえた優しい輪郭りんかく。長い髪と丸く開いた二つの目があまりに明るい茶色をしていたので、虎太郎は講義室に陽がさしたのかと思った。


 知らないはずの相手。けれどどこか懐かしく感じ、虎太郎は視線を合わせて動きをとめる。一緒に時間までとまったようだった。

「あの、ごめんなさい! 月若くんですよね?」

と彼女が慌て出すのと、阿ヶ瀬が「ハルちゃん、間に合った!」と声をあげたのはほぼ同時。

 それで虎太郎は、目の前の彼女が“写真をやってる友達のハルちゃん”であり、月若邸の明日の客であることにやっと気がついた。



 ひとりになった藍は、荒れっぱなしの屋敷を落ちつきなく歩き回っていた。脚は墨影に溶けているので、飛び回ると言った方が近い。

 どこかに闖入者ちんにゅうしゃの影が見えないものか目を配りながら、意識は昨日の会話に立ち戻る。

「虎や。この家がどういう流れをくむか、少しも聞かされていないのか?」

 特訓の手を休ませる間に尋ねると、月若の末裔まつえいは長い眉をあげた。

「流れって…… 昔から書をやってる家、じゃないのか」

 ぼんやりとした回答に、腕を伸ばして頭を叩いてやる。

「自家の源を重んじなさい。私が見知ったお前の先祖は、優れた橋渡しだったのだ」


「ハシワタシ?」

「二つの世を結び、怪異を治め安寧をたもつ。調停役のようなものだよ」

 ていねいに説いてやったが、虎太郎は嬉しくなさそうな顔をした。

「それって陰陽師だろ。俺のご先祖は式神を飛ばして妖怪大戦してたのか」

「していませんし、陰陽師のような役人とは違う。もっとささやかな人助けに近い、しかし重要なぎょうを担っていたのだが……」

 妖のまなざしは少し遠くなった。



 藍が表の世から引き下がっている間、月若の力は代を重ねるごとに失われ、伝承も途絶えていたようだ。虎太郎の祖父がいい例だ、あれほどの怪異をまぢかにしながらつゆほども気取れなかった。

 そんな今代に、なぜ未熟なれど強い素質を持つ者が生まれ出たのか。

「いずれ、探らねばならないか」


 そうつぶやいて顔を向ければ、月若の孫は壁にもたれて船を漕いでいた。

 かたむけた頬には墨がくっついていて少しも頼りがいがない。虎太郎の出生が大きな変化の前ぶれであるならば、彼自身のためにもできるかぎり備えておきたいが……

 この調子では、妖の骨も折れそうだ。



 藍の考えごとは、

「ただいま!」

という威勢のいい声でさえぎられた。ふり向けば、散らかった廊下を虎太郎が跳ぶように踏み越えてくる。彼は、藍が答える前に期待を込めて尋ねた。

「なにか見つかったか?」

「いいや、別段変わったこともない。虎、隙のあるうちにおさらいしておこう」

 藍が青の間を示すと、虎太郎はちょっと声を詰まらせた。


「あのさ、先に変なやつを捕まえようぜ。まずは明日の約束をなんとかしないと」

「術の力を上げるには、書を身につけるのが一番なのだ。無闇に筆をふるっても機を逃すだけだぞ」

「根詰めても身体に悪いし、なんか他の方法とか……」

 そわそわする虎太郎をじっと眺め、藍は「それほどまでに書を嫌うか」と流麗な眉をひそめる。

「そうじゃない、けど今回は時間がないんだよ! あっちだってわざわざ予定開けたんだし、先延ばししちゃ沖野おきのさんに悪いだろ」


 名前を口にすると、短いあいさつを交わした彼女の姿がパッと浮かび、虎太郎はわけもなく廊下をうろうろした。困り顔をあげたと思えば、

「お前の力でどうにかできないのかよ。長生きの妖怪なんだろう?」

と言い出す始末で、これには藍もまなじりを吊りあげた。

「ひとりで勝手にやれと!? いいか、私は筆を助けるために力を添えるのだ、妖と人の二人三脚だぞ虎、わかれ!」

 虎太郎の両肩がガッとつかまれる。細い腕に隠れた意外な力で揺さぶられ、虎太郎はもがきながら声をあげた。

「わか、わかったからやめ……!」

 前後にがくがくする頭に “取り殺す” というよりもっと直接的な言葉が浮かんだ、その時。


 彼の目が藍のうしろに吸い寄せられた。


 二階へ続く急な階段、そのうす暗い一角で、かすかな光が瞬間的にひらめいたのが見えた。頭の中が警告一色に染まる。

「藍!」

 彼は鋭い声で妖をとめ、手で肩を押し出す。藍がすばやくふり返ると階段で閃光がはじけ、宙に流れた黒髪がつややかに照った。

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