表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

とある魔神夫婦の1日

作者: むきりょく




「“倦怠期予防”!」

「んん?」


ゆったりとした午前の読書の時間に、突如として妻の叫び。何だ何だ。


「どうしたの?」


と声で伺えば、


「なんかやんなきゃなーと思って、ここ数百年モヤモヤしてたけど、コレだー!

倦怠期予防!

あーー、スッキリー!」


何やら自己完結している。ふむ…。


「じゃ、しばらく一人旅行するから」


こちらを笑顔で振り向いた彼女は、人間から魔人になり副産物で変化した僕と同じ紫色の目を煌かせている。

同じ目の色なのに、どうして君の目はいつもそんなに輝いて見えるのだろう。


「ん?」


しばらくうんうんと頷く彼女を見つめ、漸く言葉が落ちてきた。

一人………旅行??

旅行なんて今まで二人でしか行かなかったのに?


「場所はどこにしよーかなー」


こちらが困惑しているのも何のその。今いる部屋から、彼女は何だかルンルンしながら立ち上がって動き出す。


「あ、この前旅行した時の街にしよ!

中々に安全だったし、ご飯もそこそこだったから。うん、よし!」


それに着いていくと、クローゼットがある寝室にて、何やら大きな旅行鞄を取り出そうとしている。

ずっと手を繋いでいるので、片手では少し取りにくそうだ。


「どれ取りたいの?」

「この前の旅行の時に使った、あなたの黒い鞄。よろしくー!」


あれかー。お揃いのを二人で選んだ内の片割れ。

旅行鞄はそれと、バラバラで買った物でローテーションしているなー。

片手を動かして魔法で鞄を探し、クローゼットから寝室前の少し開けたスペースに移動させる。


「やっぱ魔法便利!

人間から魔人に変わっても魔法だけは使えないとか本当ざーんねん」


鞄の前に来た彼女はまた大変そうに片手で鞄を開けようとしていたので、こちらも片手で魔法を行使し、鞄の頑丈に作った解錠。

中に入っていた除湿剤はクローゼットに掛かってる専用の袋へ纏めた。


「はいどーぞ。

魔法は……。君が行った寿命から解放される儀式と制約だけで君の…というか人間の体は限界だから、

魔法を行使出来る制約までは、当時は無理だったと思うよ。

今からだと…勉強と運と才能、って話だけど君の場合は」

「はいどーも!

分かってるってー。言ってみただけだから!

本気に取らないの!」


手を振り笑いながら彼女は鞄の前に座った。

いつも共同で使う旅行グッズはこの鞄にある程度入っているので、その中身をある程度確かめたいみたいだ。


「んーでも儀式とか制約かー。

何千年振りに聞いたけど、いやーあの時は周りの結婚許さん!から、『人間が魔人に変化する儀式を受ければ話ぐらいは聞こう』になるまでが滅茶苦茶大変で、尚且つ面倒だったなー…」


ある程度鞄の中身を眺めていた彼女は繋いだ手を外した。ん?

鞄に入っているペンとメモ帳を取り出した様だけど、言ってくれれば………。

と、一人モヤモヤしていると反対側に移動した彼女は再度手を繋ぎ直して、メモ帳を膝に置いてから、鞄に手をを伸ばした。

………ああ!メモ帳に何か書くから利き手にしたかったんだな。

動いて位置がズレたので、鞄を彼女の前に引き寄せる。


「はい。

当時は魔人と人間の関係に終止符が打たれる前後だったから…色々あったね……。

あの儀式も…今は廃れてしまった」

「ありがと。

ねー。拗れに拗れまくるくらい、あんなに身近だったのに、たった数千年で人間にとって魔人が夢物語の登場人物になっちゃったのはびっくりだよねー。

身近過ぎて正式な書類に誰も残して無くて、結局プロパガンダぽいのしか残らなかった、だっけ?

………それがまさかアイツで、物語にしか登場しなくなったのは嗤ったけど」


ペシッ、とペンでメモ帳を叩いてからカリカリと書いていく音が聞こえる。


「あー、ランプのやつとか?」

「そうそう。あのランプとか極悪の政治犯閉じ込めて置く処置なのに、何かいい人そうに書かれちゃってさー」

「ああ、あの人とか特に周りの熱狂が凄まじかったからね…。

最後の方の「あの選挙は不正選挙だー!」ってみんなの民意ガン無視の暴力的なアレソレには、周りは冷めた目で怒りを露わにしてたからね」

「その終息まで何年掛かってその後の遺恨をこびり付いたまま、なんとか張本人と周りの奴等ランプに閉じ込めたっていうのに何が『願いを叶えてあげる』ってーの。

見た目から何やら脚色しまくってそもそも元の人物じゃないじゃん!」


グシャ!グシャグシャ!!激し目の音が加わる。

…あの時人間と魔人の間にはそれまでに無い緊張関係が漂っていて、元々の相互な交流や、ましてや結婚する人達はそれまでに無い苦渋と苦悩を強いられた。

本当に酷くて、やるせ無くて、今でも沸々とした怒りが底にある。

しかも最後は…………。

そうするしか無かったとしても、それに至るまでどうにか出来なかったのかとみんなが思う、簡単には消化出来なかった経験。


「…。

外見は何となーく言われれば若い頃?って言われてるけどねえ。まあそんな見た目の人いっぱいいるからね」


カリカリ、通常の音に戻っていく。


「ねー。まあそんな妄執の塊でさえ、その根本が忘れ去られてるんだから、

ザマーミロ!」

「確かに。今人間が見てるものは、流した人達の意図とはかけ離れてるからね。そこは見てて安心」  


トントン、とペンでメモ帳を叩く。

それからうーん首を捻っている。


「管理する部署もあるからね。

んー……あとはお気に入りの枕とスキンケアグッズと、結婚式の時の写真とー」


…結婚式の写真?


「ねえ」

「後は熊のぬいぐるみと、」


熊のぬいぐるみ?

出会ってからお互いに交換し合ったプレゼントの中で1番最初に僕から彼女に渡した、今も寝室にちょこんと飾られてる、あの熊のぬいぐるみ?


「お揃いのグラスと、」

「ねえ」

「それと二人で作った、」

「ねえねえ」

「もー、さっきから何」

「そんなに僕とのものが必要なら、僕自身を持っていけば良くない?」



彼女がこちらを向く。

パチクリ。同じ色合い。でも同じには見えない綺麗で透き通った目が僕を見ている。

ああ、


「好きだなー」


そうすると可笑しそうにフフッ、と笑った彼女は、


「私も、好きだなー」


と返してくれる。嬉しい。


「そんな大好きな妻の人」

「はーい。何ですか夫の人」

「はーい。で、どう?

僕も一緒に連れて行ってくれる?」

「んんー。どうしようかなー」

「え」

「だって離れてるからこそ、っていうのもあるじゃん」

「結婚する時のあのゴタゴタで何年も離れてたし、もう良くない?」

「うーーん。それカウントするー?」

「するする。あの時人間とよもや断絶!?、とか言われてそのゴタゴタで全然会えなかったじゃん。

それと君、当時人間だったから………病気やら寿命やで何時永遠に離れ離れになるか戦々恐々してたんだよ…」


下を向く。彼女の部屋着に包まれた足と靴下とスリッパが見える。

彼女が側にいる。嬉しい。

なのに胸がざらつく。

何度も話してるのに、当時のことは……結婚式辺りは良いけど前後は余り思い出したく無い………。


パッ、と手を離された。

また…?

それからふんわり、と両手で顔を持ち上げられて前を向くと同じ銀色の髪、紫色の瞳。

彼女だけの色にいつの間にかなっていた、僕と結婚と同時に儀式にて変化した体。

人間の時も、今もずっと大好きな彼女。

そんな彼女がしょうがないなあという顔をして、ちゅっ、と頬にキスしてくれた。

嬉しい。

それから大きく手を広げたので、こちらも大きく手を広げて彼女をお迎えして抱き締める。

あー、


「好きだなー」

「さっきからそればっーか」

「んー」

「はいはい。ま、一途というか心の変動がそこまで無い魔人の中で、あなたは寂しがり屋だからね。今更かー」

「何調べ?」

「あなたのおかーさんと、一緒に暮らしてて分かった私調べ」

「成程。…少し恥ずかしいけど、そうかも…?」

「そうそう」

「じゃあそんな寂しがり屋の夫を置いて旅行に行かないでよ」

「えええ………。たった100年か………500年くらい、だよ?」

「嫌。せめて10年とかにして」

「短っ!!

人間同士じゃ無いんだから……」

「いーや」

「むむむ」

「嫌?」

「んー…10年。10年か………あっという間過ぎない?」

「うん。早く帰って来てね」

「んんんー。それだとこう、新たな環境からの、新たなお互いの視点が、とか無いよ」

「二人で住む場所また変えればいいじゃない。新たな環境で心機一転、二人で」

「そういうもん?」

「そうそう。僕の両親とか良く引っ越ししてるでしょ」

「まさかアレが倦怠期予防だったとは…!」

「二人とも飽きっぽいからかもしれないけどね」

「ふーん」

「んー」

「んー。

……ってお腹空いた!」


パッと体から離れた彼女は立ち上がる。


「何にしよっか」


僕も立ち上がって、手を繋ぐ。

そのまま二人で寝室からダイニングへ。


「んんー。旅行の話してたら今日は隣国料理の気分」

「んー。じゃあ買い物行く?料理する?」

「買い物!」

「じゃあベースとか作っておくね」

「よろしくー」

「そっちもよろしくー」


向かいながら、旅行鞄を魔法で片そうと片手を動かそうとした所で、


「あ、30年で行けるとこ、これから決めるから鞄はそのままだよー」


と彼女の声。

何千年と一緒にいるからこちらの行動なんて筒抜け?

そんでもって何か年数増えてる………。

チラリ、と彼女を見ると、


「30年なんて直ぐ直ぐ!」


笑った顔がなんだか可愛くて悔しくて……。

立ち止まって彼女を思いっきり抱きしめた。


「ぐえー。

お腹空いたから離してー」

「旅行期間5年にしてくれたら離してあげる」

「短過ぎ!通過するだけじゃん!

それと、旅行とは関係無いから離してー」

「んんー」

「夫の人ー。妻が買い物行けないよー」

「んんー」

「もーー」



また彼女から抱きしめてくれた。嬉しい。

こんな日々がこの先も、出会ってから切望した”永遠”に続く様に、努力していこう。

…もう彼女にあんな辛い思いをさせないように。

一人で頑張れる所は一人で。二人で頑張れる所は二人で。



「あー。刺激が無い安心な日常から、離れてみて分かる二人のあれこれー、とか面白そうと思ったんだけどなー。

その前の段階でこんなに拗れる前兆バンバン出すとか………なんか………面倒くさい」

「うん。ごめんね。

あと君元々持ってたのと、魔人のめんどくさがり屋の所が見事にコラボしてるね」

「うるへー、寂しがり屋魔人」

「そうだよ、めんどくさがり屋魔人」





一緒の存在になれたのが嬉しい。

それがずっと続いている。だから、







「旅行、1年で戻って来てね」

「また減った!!!

そんでもって1年って、最早チラ見じゃん!!!」









魔人の時間感覚は人間では到底理解出来ません。


お粗末でした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ