第6話 家庭事情の差異
試験的に金曜日までの3日間、18時更新にします。
気づけば、誕生日を迎えて1歳になっていた。
少々足取りはおぼつかないものの、歩くという動作は問題なく行えるようになった。
母であるソフィアが過保護なせいなのか、未だ家の外に出たことはない。
最近は専ら家である屋敷の中を探索している。
階段の昇降などは身体の大きさ的に無理なために、恥を忍んで、付き添いの使用人に抱っこしてもらっている。
その探索の結果分かったのだが、我が家は3棟に分かれているらしい。
1つが、正門に向かって垂直になっている、今自分が住んでいる棟だ。
第一妃であるソフィア用の居住空間である。
この棟に向かい合うようにして、外観の変わらない棟が建っている。
そちらは、第二妃であるイリジナ用の居住空間である。
そして、それらの棟を正門側から隠すように建てられているのが、侯爵領の統治や他貴族との会談で用いる執務棟だ。
一応全ての棟は申し訳程度の屋根のある、吹き曝しの廊下で繋がっている。
ちなみにだが、当主であるレオンハルトは毎晩執務棟以外のどちらかの棟で過ごすことになっている。
理想を言えば、一晩毎に違う棟へ訪れるのがベストだろう。
だが実際は、イリジナ側の居住棟に入り浸るばかりでソフィア用の居住棟に来るのは稀である。
月に数度しか訪れず、しかも決まって子を成すことができない、もしくはそのための行為すらできない時期にしか来ないのだ。
俺だってそんな事実には気付きたくはなかった。
だがしかし、俺がまだ1歳と幼いためか、平気でそういう話を目の前で繰り広げられるのだ。
母親のアレの周期なんて知りたくなかったよ。
そんなわけで、母親は俺に絶賛べったりだ。
母親も基本的に一緒に行動するが、抱っこは万が一に備えて部屋の中以外ではしてくれない。
それでも、ほとんどの時間を一緒に過ごしている。
今も俺はソフィアの膝の上でティータイムを過ごしている。
「ヴィーちゃんは本当に可愛いわね〜。小さくて暖かくて、ずっと抱いていたいわ〜。」
「クンクンクン、はあ〜、いい匂い。どうしてヴィーちゃんはこんなにもいい匂いなのかしら?」
「はあはあ、私のヴィーちゃん。ヴィーちゃんは私のもの。」
……本当に見るも見事にべったりのひっつき虫だ。
実はソフィア、当初から若く見えたが、どうやら外見年齢通りの年齢のようだ。
しかももし地球にいたら、花の女子高生生活を送っているという17歳。
転生前の質問タイムで聞いていたが、この世界は15歳で成人を迎える。
そう考えると、逆算して成人後割とすぐにこの家に嫁いだことになる。
貴族社会の婚姻制度の片鱗が見えた。
まあ何が言いたいかと言われると、俺の転生前と同い年の存在なのだ。
ようは精神年齢だけで鑑みると、ほぼ同い年の女性とそういうプレイを嗜んでいるようにしか思えない。
羞恥心がフル稼働なのだ。
レオンハルトがもっとソフィアのこと構ってくれればこんな状態にならないのになと思ってたりする。
いや、若干の手遅れ感も否めない。
ここまで来ると、レオンハルトか俺か選べと言われたら、秒で迷わず俺を選びかねないレベルな気がする。
「ああ、そうそうヴィーちゃん。近いうちにお爺様がいらっしゃるのよ。ああごめんね、前回会ったのは、生まれる時だったから覚えてないよね。大丈夫よ〜、ヴィーちゃん怖くないでちゅよ〜。」
俺の祖父の家、すなわち母方の実家はこの国に存在する3つの公爵家のうちの1つだ。
入りたての使用人が教育されていたのを偶然耳にした結果知ることができた。
北西部を治める、敬虔なピスティード公爵家。
南部・南西部を治める、国内最大規模を誇るエクセシア公爵家。
そして、東部を治める母方の実家であり、家として国内最強のフィアンソロフィー公爵家。
さらに聞いた話によると、各家で俺と同い年の子が生まれているらしい。
そのうち、エクセシア公爵家は男子、それ以外の公爵家は女子らしい。
王家の双子を含めたの5人がいずれ相対する同い年の最高権力者の子供だ。
慣れないうちに強大な権力の恩恵を受けると、暴走しがちで危険である。
道理に合わない不条理なことを強いられる可能性が高い。
もし、その中に俺と同じ転生者がいたら、なおのことたちが悪い。
どこまで既存知識を保持しているかは分からないが、思考パターン自体は元高校3年生であったこともあり、ほとんど完成されている。
言い換えれば、無駄に頭が働くのだ。
そして、運が悪いことに俺のことを知っている。
俺の能力がいかにも外れクラスであった《敗北者》であることも、ピアッシモン侯爵家に転生したことも全て皆にバレているのだ。
元々いじめられっ子に甘んじていたこともあり、これ幸いと狙い打ちされるに決まっている。
対処法を考えるためにも、遠目なりで相対せずに相手を観察してみたいところだ。
「ーーちゃん、ヴィーちゃん?お眠なの〜?」
ああ、しまった。
あまりにも反応が遅かったようでソフィアに心配をかけてしまったようだ。
といっても、今は子供の身体。
眠気がないと言えば嘘になる。
ぶっちゃけこのまま昼寝と洒落込みたい。
「マーマー、ねーむー。」
「あら、やっぱりお眠なのね〜。さあお昼寝の時間でちゅよ〜。」
もう1歳を迎えたこともあり、舌足らずではあるものの言葉を話せるようになった。
誰もいないタイミングで発声練習をし、ソフィアの前で披露した。
最初に話した言葉は、ママ。
その時のソフィアはまさに狂喜乱舞といった感じだった。
夢かどうか確認するために、使用人に頬を引っ張らせるという貴族の風上にも置けなさそうなことをしていたぐらいだ。
その様子を見て、思わず頬が緩んで、にへっとした感じの笑みを浮かべてしまった。
ちなみにだが、それ以外の言葉も話せるようになったが、簡単な言葉でも決して話してないフレーズが1つだけある。
それは、パパだ。
ソフィアのことを軽んじて、毎月1回程度しか会えない男を父親だなんて認めたくないという気持ちが強いのだ。
我ながらこんな子供じみたことをするとは思わなかった。
だが、どうしても俺のことを大事にしてくれる母親のソフィアを軽んじられることが許せなかった。
前世を含めてこんなことを感じたのは初めての経験でだった。
今思えば、俺は愛情という物に飢えていたのかもしれない。
転生前の家族関係など、酷い以外の言葉が見つからないレベルだった。
身内同士でも決して信用し合うことなく、両親ですら俺のことを商売道具のようにか見ていなかった。
ファミリーと言うより、ビジネスパートナーのような関係。
一緒に食事の時間を取ることもなく、顔を合わせる日の方が珍しいと感じるレベルだった。
授業参観や運動会、文化祭は勿論、入学式や卒業式といった普通の親なら苦心して時間を確保するようなイベントに足を運んでくれたこともなかった。
我ながらよく耐えたものだな。
だから、俺はこんなにも自分のことを大切にしてくれる存在を大事にしたいと感じる。
1歩間違えれば、漏れ無くマザコン判定なされるだろう。
だが、それは大局を見れば些事だ。
今度の人生こそきっとしたわせになってやる。
そこで俺の意識は途絶えた。
「あらあら、寝ちゃったわね〜。」
「……マーマー、まもる…」
「ふふふっ、本当にヴィーちゃんは可愛いわね。ねえ貴女、私のベッドにヴィーちゃん運んでくれる?」
「はい、お嬢様。一体どうされるおつもりですか?」
「何って、ヴィーちゃんと一緒に寝るのよ?お昼寝なんて久しぶりだわ〜。」
「……はあー、分かりました。あまり長時間の睡眠はしないように気をつけてくださいね。」
「気をつけるわね。けどきっと幸せな気分になっちゃうから寝過ぎちゃうかも。」
その日の夕方、俺はとても幸せな夢を見た。
次回更新日は明日です。お見逃しなく…
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