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第28話 2人目の悪役②

しばらくすると部屋の扉が開き、ギデオンが入ってきた。


ちなみにレイナの方はそれよりも先に部屋へと戻ってきていた。

赤らんでいた目元もその跡が分からなくなっている。

自然回復では考えられないスピードだから、おそらく魔法とやらだろうな。


そして、そのギデオンの後ろには俺達と変わらないぐらいの子供がいた。


十中八九タイラン=エクセシアだと思うのだが、その確信が持てない。

前情報で得ていた様子との大きな乖離が見られたからだ。


髪色はリーラから聞いていた通り、白っぽいアッシュグレイである。

だが髪型が大きく異なり、全体的にのぺっとしており、前髪が目元を隠さんばかりに伸びて垂れている。

おまけに身長もこれから本当に大きくなるのかと疑問符を浮かべたくなるぐらい、俺達より一回り小さく見える。


その男の子はギデオンの後ろから恐る恐る前に出てきて、ペコリと頭を下げた。


「……は、は、は、初めまして…コ、コ、コーラップ=フォン=エ、エ、エクセシアが子、タ、タイラン=エクセシアです…い、以後、お、お見知り置きを…ほ、本日は、お、お招き、い、いただきありがとう、ご、ございます…」


……まるで自分が弱い者いじめをしているような気持ちになってしまう。

いくらなんでも挙動不審だし、人見知りとかいうレベルを超えている気がする。

これが現代地球の学校にいたら、ほとんどの確率で弄りもしくはいじめのターゲットになっていただろう。


「初めまして、レイナリア=フィアンソロフィーですわ。お会いできて光栄ですわ。」

「お初にお目にかかります。レオンハルト=フォン=ピアッシモンが子、ヴィクトル=ピアッシモンと申します。こちらは我が従者のリーラです。」


俺達はなるだけ刺激しないようにと、極めて柔和な感じで挨拶し返した。


「ひぃ!」


しかし、それでも怖がられてしまった。

その後、何度か話しかけるも何も変わらず。

とりわけリーラに対してのビビリ具合が顕著だ。

エルフだ耳長い怖い、とビクビクしっぱなしである。


これ以上は埒が明かないということで、俺達は一旦タイランと打ち解けることを諦めた。

ちなみにだが、ギデオンはお互い挨拶していたのを見届けると数人の使用人を部屋に置いた上で去っていった。


そして、前回の来訪時同様にレイナとお話しすることにした。

1年ぶりの再会なのだ、いくらでも話題はあるのだ。



それからしばらくの間、楽しそうに雑談する3人と若干距離を開けて座り静かにしている1人という構図が続いた。


個人的には楽しのだが、ただこの状況が続くのは色々と問題がある。

周りで待機している使用人達の中にエクセシア公爵家の者もいるだろう。

この状況を報告でもされたら、良い印象を持たれないことは間違いない上に、下手したら公爵家を敵に回しかねない。

そんなことになったら、俺の将来設計に支障をきたしてしまう。


俺は会話しながらも、タイランの方に視線を向け、彼を観察していた。

俺達の会話自体は同じ部屋、そうは慣れていない位置にいる以上、耳に入ってくる。

そして、少なからず気になるワードが出てきた時に僅かながらも反応を示してしまうのだ。


タイランの場合はと言うと――


「母上が使った魔法が……」


「騎士達の訓練を見てたんだけど……」


「フォレストウルフとまた戦闘になって……」


と、明らかに魔法とか訓練とか魔物との戦闘とかに強い興味を示していた。

それも、キラキラした目をこちらに向けてくるという露骨なほどに。



「――タイラン様、興味あるようでしたら、よろしければもう少し近づいてお聞きになりますか?」


そんなに興味あるなら、自分から会話の輪に入ってこいよ、と我慢できなくなったので声をかけた。

本人的には気づかれてたとは思っていなかったようで、かなり動揺している。


「え、あ、え、その…」


「今から面白くなるところですよ、きっとつまらないとは思いになられないと考えますが?」


「じ、じゃあ、お、お願いします…」


ビクビクしながらも、やはり興味が勝ったのか、俺の隣に座ってきた。

……若干鼻息が荒いが、まあ問題はあるまい。


その後はタイランも含め歓談に興じた。

始めこそ特に口を開くことなく、俺達の話を聞いていたが、次第に相槌や質問といった形で声を出し始めた。

最終的には自分から話題を振って語ってくれるという段階までいった。

ただやはり興味を示す物は先のものと変わらず、戦闘狂の片鱗が窺えた。



「坊っちゃま、お時間です。」


時間が過ぎるのは早いもので、エクセシア公爵家が屋敷から去る時間となった。

日が落ち始めているのにか、と疑問に思ったが、どうやら領都内の最上位ホテルに宿泊することになっているらしい。

屋敷に泊まらないあたり、完全に両公爵家が打ち解けていないことが感じられる。


「今日はありがとう、おかげで楽しく過ごせたよ。」


入室してきた当初と様子は一変して、かなりフレンドリーに振る舞ってくれるようになった。

怯えるように顔色ばかり伺ってのが嘘であったかのように、しっかりとこちらを見ている。

ただ楽しい時間が終わり迎えってしまったことが悲しいのか、捨てられた子犬のように寂しそうな様子だ。


「こちらも楽しい時間が過ごせました。」

「とても有意義なひと時になったと思いますわ。」


俺とレイナもそれぞれ別れの言葉をタイランにかける。


個人的にも実りのある時間となった。

レイナに対する一目惚れを避けることができたからだ。

事実、タイランが視線を向けるのが多かった順に俺、リーラ、レイナと、あまりレイナの方に視線を向けていなかった。

その避け方も、表情を見る限り、幼い頃によくある好き避けという現象でもないようだ。

彼は感情が表に出てきやすいだけに、十分可能性は高い。


それまで張り詰めていた緊張が一気に解けていく。

無事フラグを叩き終わることが成功した。



「あの……最後に1ついいかな?」


だが、世の中そんな甘くないようだ。

これで終わりかと思ったところで、1つのイベントが発生した。


口を開いた本人であるタイランはもじもじとし始め、その頬は若干紅潮している。

そして、こちらを見たり自分の足元を見たりと、視線が忙しなく動く。

まるで何か言い辛いことを切り出そうとしている感じだ。


こいつ、まさか!

おいおい、実はレイナに惚れていたのか?

だとしたら、相当な演技力だぞ。

というより今までのリアクションすら演技である可能性も出てくる。

とんだ策士だ。


折れたと思ったフラグが折れてなかった。

そんな可能性が出てきたため、再び緊張が俺を襲う。


しかし、展開はまたまた俺の想定外のことへと移る。


「ぼ、僕と友達になってくれませんか?」


そう言ったタイランは俺に向けて、右手を差し出してきた。

レイナでもましてやリーラでもなく、俺にだ。


一瞬虚を突かれたため、この行動をポジティブな意味では受け取ることはできなかった。


真っ先に、地球では白い手袋を相手の足元に投げつけると決闘を意味するということが、頭に浮かんだ。

思わず、この世界で右手を差し出すことは、決闘の申し込みの一種だったか、と連想してしまう。

勿論そんな右手を差し出せば決闘というルールはないことにすぐ思い至る。


では、なぜ?

考え込む俺に対して、タイランは悲しそうな目を向けてくる。


この段階に来て、やっとタイランの真意に気づいた。

これは純粋に友好を結びたいという感情であるのだと。


考えてみれば、高位貴族出身の根暗そうな性格。

出会う同世代は基本的に忌避するか、おべっかしか言わない上辺だけの2択がほとんどだろう。

前世含めハイソサイエティーの生まれである俺は十分その境遇が理解できる。


……そう言えば、俺に純粋な友人と言える者はいないな。

今さらながら俺もタイランとほぼ同じ状態であることに気づいた。


「すみません、突然の申し出に驚いてしまいました。自分でよろしければ、喜んで。」


タイランの右手を握り、握手を交わす。


「ほんと?!嬉しいよ!」


タイランは感極まったのか、片手でなく両手で俺の手を握ってきた。

感情が昂っているようで握力も心なしか強くなった、若干痛い。


「友達になったんだし、これからはタイランって呼び捨てにしてよ。あと、敬語もやめてね。」


「……はい、分かりました。」


「ほら、敬語になってるよ。」


「すみま……いや、すまない。これでいいか?」


「うん!」


自分より高位の者を呼び捨てにするってのは抵抗がある。

身分に五月蝿い者に見られたら何と言われるか。

まあ、そんな満面の笑みで言われたら、断ることなんてできないけどな。


「レイナリアさんとリーラさんも、これからよろしくね。」


「ええ、良い関係を気付きたいですわね。」


勿論この場にいるのは俺とタイランの2人だけではない。

タイランは他の2人に対しても、友好の意思を示した。

レイナも微笑みながら返答し、リーラはぺこりとお辞儀をする。


その後再び俺と固く握手を交わしながら、再会をすることを誓い合い、タイランは部屋の中から出て行った。

それと同時にレイナを守れたという安堵感と1つの達成感が俺の胸中を占めた。



――この度、俺に初めての友人ができました。

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