第27話 2人目の悪役①
元々次話と含めて1話だったのですが、長くなったので分割しました。
しばらく経つと、レイナが泣き止んだ。
泣き腫らしたようで、目元がかなり赤くなっている。
別にサディストの毛があるわけではないが、不覚にもその様子のレイナにキュンとしてしまった。
「ゴホン!」
おっとアラフィフがいたことをすっかり忘れてたな。
レイナを不純な目で見るなと、視線だけで制される。
「レイナ、落ち着いたか?」
ギデオンの言葉にコクリと首を縦に振り、肯定の意を示す。
それと同時に耳元が真っ赤に染まる。
どうやら周りに人がいたことを思い出したようだ。
「落ち着いたようだし、話の続きをするとしよう。」
話の続き?
婚約話を持ち込まれたが断った、で終わりではないのか?
「婚約話は断ったが、エクセシア側から提案があっての。件の倅も実はこの屋敷に来ているのだ。本当は婚約が結ばれたら対面させるつもりだったのだが、先ほど言った通り婚約はなしだ。このままだと連れてきた意味がなくなってしまうため、しばしの間交流させたいとのことだ。せっかく来たのに何もなく帰らせられるのは、同じ子供としても嫌だろう?」
なるほど、一理ある。
正確な移動距離は分からないが、南部のエクセシア公爵領から来ているのだ。
何日も馬車に揺られてきたのに、そのまま帰れというのは酷だろう。
「それに……恋愛の末にエクセシアの倅と結ばれる、なんて未来もあるかもしれんからな。今から面識を持っておくに越したことはないだろう?」
そして、ギデオンは一言付け加え、俺を挑発してきた。
不躾な物言いに思わず睨みつけてやりたくなったが、当主としての思考回路としては間違いないので踏み止まった。
こいつ、俺を煽ることを楽しんでいる節があるんじゃないか?
それからギデオンはエクセシアの倅を連れてくるため、一度部屋から出て行った。
ついでにレイナも、泣き腫らした目をしたまま会うことは相手方に失礼に当たるため、化粧直しのために部屋を退出して行った。
俺はその間一息つくことにして、以前リーラから聞いたことを思い浮かべた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――男の方の悪役の情報を教えろ?」
ある日の昼下がり、周りに人がいないことを確認した上で側にいたリーラにそう切り出した。
「ああ、そうだ。レイナみたいに突然接触することになる、なんてこともありえるだろう?時が来たら教えてもらうってのはもうなしだ。」
「うぅ、実際前例があるだけに否定できない…」
図星を突かれ、若干テンションの下がったリーラであったが、それでもきちんと教えてくれた。
タイラン=エクセシア。
王国全体の20%以上を領地とする王国最大規模のエクセシア公爵家。
その現当主コーラップ=フォン=エクセシアの次男坊である。
限りなく白に近いアッシュグレイの髪を持ち、それらは物理法則を無視したかのように逆立っている。
ガタイの良さは、攻略対象の中で最も優れている体躯のハワード=シークルシースよりも勝り、2m越えの長身を誇る。
非常に苛烈な性格で、傲慢という言葉の意味を体現する乱暴者。
世界中の物は全て自分のために存在しているという、かなり自己中心的な思想を持っている。
そのため、相手の感情など考えなしに他者の物を平気で奪取する。
対象が、たとえ人間であろうとも。
ただその暴君のように振る舞えるぐらいに圧倒的な戦闘センスを誇る。
"宣告の儀"を行った1年後には、度々国境線を越えて侵入する騎馬民族との戦闘の日々に明け暮れていた。
最初こそ公爵家の家臣団にフォローされていたものの、その期間もごく僅かで、数ヶ月後には公爵家お抱えの騎士団の一部隊分以上の戦果を上げていた。
作中でも何度も戦闘パートが存在し、ゲーム攻略という視点で屈指の嫌われキャラだ。
序盤に至っては完全な負けイベントであるらしく、全くもって歯が立たない。
それが後半になると勝利する必要が出てきて、難易度が爆上がりするようだ。
そんなタイランのクラスだが、実は判明していないらしい。
あまりにも強すぎるため、短期決戦しかまともに戦えなかったため、正体を知る暇がなかったんだとか。
とりあえず戦闘系なのは間違いないし、十中八九者がつく上位クラスだろう。
ちなみに頭自体も悪くないため、武の比重が大きすぎるものの一応文武両道だ。
そんな彼の婚約者はレイナリア。
両公爵家の繋がりを強めるための、所謂政略結婚であった。
ところが、タイランはレイナリアとの初対面の際に、ほとんど一目惚れのような形で恋に落ちる。
予想外のことであったが、双方反発するという最悪の事態を回避することができて、両家は喜んだという。
だが、一方のレイナリアはというと、全くタイランに対して興味を抱くことはなかった。
彼女の中で異性というのは、所詮自分に傅く駒でしかなかったからだ。
タイランもその範疇を出ない存在であったのだ。
通常であれば、好きな異性からまともな認識をされていないことを知ると、ショックを受けるところである。
だが、タイランは腐ることなく、いつか振り向かせてやると逆に燃え上がったらしい。
その結果、レイナリアに相応しい男にならんと、戦闘の日々に明け暮れたり、全てを己が手に収めんとすることになった。
つまり、タイランの人格形成にレイナリアは大きな役割を果たしたのだ。
「こう聞くと、まるでレイナリアが真の悪役って感じがしてくるな。」
「まあ、否定はできないね。レイナリアってTHE悪女なんだもの。今流行りの悪役令嬢なんて言葉は生優しいね。」
こうなれ、とレイナリアが指示したわけではないが、明らかにその存在がタイラン=エクセシアという悪役キャラを生み出すきっかけになっている。
元々苛烈な性格になるという素質がタイランにはあったに違いない。
だが、それをレイナリアは無理矢理開花させたのだ。
タイランに対して、雀の涙ほどの同情の念を抱いてしまう。
しかし、それ以上に注目すべきはレイナリアに一目惚れした、という点だ。
「ほとんど一目惚れってどういうことだ?何故ほとんどという修飾語がつく?」
「ああ……それは判明していないんだよね。攻略対象ではなかったから、ガッツリと深掘りされてなかったし。転生する前にDLCが来てれば…」
うーむ、こればかりはリーラは悪くないな。
これ以上はただのないものねだりだ。
推測に過ぎないが、容姿に惚れたというわけではないだろう。
もし容姿に惚れ込んだのだったら、ガッツリそれは一目惚れだ。
ほとんど、なんて言葉はいらない。
ということで、何かレイナリアの言動が琴線に触れたという線が濃厚だ。
それが何か知ることはおそらくできないが、この事実に少しだけ安心することができる。
今、レイナリアはレイナであってレイナリアではない。
外見はともかく内面はえらい違いだ。
ゲームとは違う展開になる可能性のほうが高い。
……尤も今のレイナであるからこそ、恋に落ちられるなんてことがあるかもしれないがな。
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