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第26話 最悪の展開?

「リーラ、言いたいことがあるんだろう?」


俺は案内された部屋で一息つくと側にいたリーラに話すよう促した。

使用人達には席を外すように言ったので、室内は関係者のみだ。


「……よく分かったね?」


「顔に出てたからな。いつも一緒にいるんだ、それぐらい分かるようになる。」


「……あははは、そっかー…」


「いったいどうしたんだ?」


いつものおちゃらけた感じが鳴りを潜め、若干怪訝な様子のリーラ。

まるで何か俺に伝えることを躊躇っているように思える。

これだけで俺に良い知らせでないことは明白だ。


「俺は可能な限り多くの情報が欲しい。些細なことでいいから教えてくれ。」


俺がそう言うと、しばしの逡巡の後、リーラは()()の目をじっと見てきた。

表情は優れないものの、どうやら話す気になってくれたようだ。



「こほん、コーラップ…様は三公爵の一角であるエクセシア公爵家の現当主よ。そのことは知ってるわよね?」


「ああ。話にも聞いたことがあるし、書物でも目にした。」


リーラは念のためか、様と敬称をつけて話す。

まあ相手は身内ではない公爵家だ。

下手なこと言った結果、何かが起きてもおかしくはない。


「それで貴族になれば、基本的に当主が他所に足を運ぶことなんて稀なの。大人数での会議とか自分より高位身分からの呼び出しを除いてね。公爵なんてまさにその法則に当てはまるわ。ゲームの中でも、王族からの呼び出し以外で派閥外の貴族の元に赴いていた描写は()()()()なかったわ。」


まあそうだろうな。

その考え方に関しては理解できる。

当主に何かあったりしたら、要らぬ混乱を招き御家の一大事だ。

安全なところにいてもらうに限る。


事実、前世でも統世グループの当主だった祖父は前当主の曽祖父から当主の座を譲られたあたりから表舞台に出ることはなくなってたらしいからな。


だが、今のリーラの言葉には引っ掛かるところがあったな。


「ほとんど、なかったか…」


「……ええ、そうよ。それこそ両手の指の数だけで足りる程度だけどね。」


リーラが何を言いたいか少しずつだが、見当がついてきた。

つまり、今この屋敷の中で当主が動くレベルのやりとりが行われているということだ。


このタイミングで再びリーラは口を閉ざした。

余程言い辛いことなのだろう。

しきりに俺達の顔を交互に見ている。

比重としては俺よりももう1人の方が多いか。


ということは、この部屋にいるもう1人――レイナに関係する話である可能性が高い。

しかも、少なからず俺も関係している、と。


……まさか!


「リーラ、それはレイナに関することだろう?」


1番可能性が高い選択肢に気付いてしまい、声を荒げそうになる。

だが、リーラに圧力をかけたとしても状況が好転することなどない。

既の所で思い留まる。


ちらっとレイナの方を見る。

すると、俺と同じことに思い至ったのか、口を重ねた両手で押さえワナワナと震えている。


「そうよ……どうやら、気づいたようね…」


これ以上黙っていても意味がないことを悟ったのか、観念したような表情を浮かべた。

その態度でそれまでの疑念が確信へと変わる。



「やはり、()()()()()()()か!」



まさに最悪のパターンだ。

前々から危険視はしていたものの、いざ事態に対面すると狼狽えてしまう。

部屋の中ではあるが、思わず天を仰ぐ。


「……悪役2人が何故悪役なのか。本来なら他の人と同様に婚約者を見繕うわないといけない状況なのに、遊び感覚やモノ感覚で複数の異性に粉かけていたのは不自然に思わなかった?」


今思い返せば、ゲームのストーリーを聞いた時に悪役の男女2人が度々邪魔してくるって言われたな。

ゲーム中のレイナリアは《誘惑者》の能力で、多くの異性を誑かせていたようだし、男の方のメイン悪役も異性を所有物としか考えていない奴だとか。


「2人が自由に振る舞えたのは、予め自分に決まった婚約者がいたからなの。何をしようが、どんなことをしようが、将来的に結婚する相手は変わらない。だってお互いに公爵家、これ以上ない良縁なのだもの。」


どんどんと仮定であったものが事実へと変質していく。


「で、でも、一応学園に入るまでは婚約話は口約束という段階に過ぎないから。それまでになんとかすれば大丈夫…だと思う…多分…」


「……なんとかとかって何だよ…」


そんな気休めはいらない、と悪態をつきたくなる。

話がまとまってしまえば、それを覆すことなぞ不可能に近いことなど今まで集めた知識だけでも分かる。

このままでは、俺とレイナの未来という夢が絶たれてしまう。


しかし今はただ、そんな婚約話をされていないことを願うしかできない。




「おお、ヴィクトルよく来たな。レイナもここにいたのか。」


しばらくすると、ギデオンが扉を開けて部屋の中へ入ってこようとした。

どうやらコーラップとの話し合いがひと段落したようだ。


だが、入室することは叶わなかった。

レイナがあっという間に詰め寄ったからだ。


「お爺様、何のお話をしていたの?」


コテンと首を傾げて、レイナのお爺様ことギデオンに問いかけるレイナ。

一見するととても可愛らしいのだが、どこか表現することが躊躇われる恐ろしさを内包していた。


そんなレイナの迫力に気圧されたのか、はたまた部屋の中の空気が良くないことを察したのか、ギデオンは何があったのかを話してくれた。


「う、うむ。実はエクセシアの方から倅とレイナの婚約話を持ち込まれてな…」


「いっ!」


「い?」


「……な、何でもないです…」


ギデオンの口から予想通りのフレーズが飛び出してきた。

レイナは即座に、嫌だと拒絶の言葉を吐こうとしたようだが、ギリギリの所で耐えた。

だが、その代わりに両手をこれでもかと握りしめている。

俺も似たようなもので、こっちは力が強いあまりに手のひらが切れて出血している。


そんな俺達の状況に気付いていないのか、ギデオンは話を続ける。


「実に魅力的な提案に思えたよ。仮の家は王国内最大規模の領地や保有物資を誇っている。そうそうない良縁だろう?」


結婚は家と家とを繋げる手段。

そのような思考を上流階級になるほど持つことは前世から重々承知している。

利益の最大化を考えれば、両公爵家の婚姻はうってつけだ。

それが頭で分かっているが故に、声高に反対意見など言えないのだ。


俺達はギデオンの口から決定的な言葉が出てくるのを待った。


「――だがまあ、今回は断らせてもらった。」


「「はっ?」」


思わず驚きの言葉が口から飛び出す。

てっきり婚約することにしたと言われると覚悟していたからだ。

それだと言うのに、婚約していないという予想だにしていなかったことを告げられたのだ。


チラッとリーラの方を見るも、1番衝撃を受けていたのは彼女であったようだ。

目をまん丸に見開いて、口も指3本ぐらい入りそうなほどぽかんと広がっていた。


……これは()()()()()()()()()になったということか?


「……驚いているようだな。だが、それも仕方あるまい。元々我が家は恋愛結婚を是としている。家の繋がりも大事ではあるが、当人同士の関係が強固でないと意味がない。今は儂達が生きてはいるが、それは永遠ではない。儂達が生きているから関係を持っていただけに過ぎないなんて展開は望まないのだ。」


なんという甘い考え方だろうか。

貴族の当主としては、失格という判断で間違いない。


だが……今はその考え方がありがたいと思う。


「尤もレイナが制御が難しいほど愚かな娘だったら別だったがな。鎖の意味を兼ねて婚約やむなしと思ってたが、レイナは非常に良い子だ。それなら、家訓の通り、好きな人と結ばれて欲しい。」


ギデオンは側に来ていたレイナの頭に上に手を乗せ、よしよしと撫で始めた。

そんなレイナの目からはポロポロと涙が溢れている。


危機は去った。

俺は思わずホッと安堵した溜息を溢す。

すると、ギデオンは俺に向かってウインクをしてきた。


くそっ、このアラフィフ知ってやがったな。

カッコいいじゃねえか。


俺はアラフィフの格好良さを認めるのが癪だったので、片目の下瞼を人差し指で下げて、ベーと舌を出した。

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