第25話 再びティネウェアへ
時は進み、季節が夏になり、気温が高くなってきた。
また俺の誕生日が近づいてきた。
なんとなく察してはいたが、3歳の誕生日と同様に、4歳の誕生日もソフィアの生家であるフィアンソロフィー公爵家で行うことになった。
今更このことに何か思うところはない。
家族間の関係はほとんど去年と変わりないからだ。
むしろ、およそ1年ぶりにレイナに会えるということで楽しみでしかない。
去年と違い、今回は出発時からフィアンソロフィー公爵家から十分な人数の護衛が派遣されている。
護衛を率いるのは去年領境で合流した護衛の指揮官であったフェルナンと呼ばれていた騎士だ。
そして、前回盗賊らしき襲撃があった道中だが、今回は驚くほど何もなかった。
あっても、簡単に撃退できる魔物に遭遇したぐらいだ。
出発前にフェルナンがピアッシモン家の騎士達に何か念押ししていたおかげだったりするのかな?
「ーー母上、"マノチシオ"って何?」
平穏すぎるのもなかなか考えものである。
ただただ馬車に揺られるというのは時間を持て余してしょうがない。
そのため、すれ違う通行人の会話から度々聞こえてくるワードが気になってしまった。
これから向かうフィアンソロフィー公爵領都のティネウェアに関係しているということは文脈から読み取れた。
あとは、行かない方が良さそうだとネガティブな印象を想起させるような言葉がちらほらぐらい。
すれ違う一瞬ではこれが限界であった。
「うう、やっぱりママって呼んでくれないのね…」
ちなみにだが、ソフィアの呼び方はママから母上へと変化した。
ミリーナという妹ができたので、対外的に自分はしっかりとした人物であると見られるようにするためだ。
呼び方を変えると言った時のソフィアの悲しそうな表情はもう一度見たいとは思わないが、いい思い出だ。
ただ今回のごとく未だにテンションを駄々下げることもよくある。
おかげで、そんな時の対処法も確立されているのだ。
「……ママ、教えて?」
「ええ、いいわよ!」
ご覧の通り、ママ呼びで元通り。
実の母に対して申し訳なく思うが、扱いやすくて助かる。
「うーん、どう説明しようかしら…」
張り切ったものの、どう説明するか決めあぐねているソフィア。
俺はまだほぼ4歳児に過ぎない。
難しい言葉とかは使いづらいのだろう。
そこへ助け舟を出す形で使用人のアマンダが口を挟んできた。
案の定同じ馬車に乗っており、娘のリーラも一緒だ。
チラッとリーラにアイコンタクトで、知っているか、と聞いてみる。
だが、残念なことに知らないようだ。
ゲームの世界には出てこなかった要素らしい。
アマンダは言葉を選びながらも丁寧な説明をしてくれた。
"魔の血潮"。
イタリアのヴェネツィアのような水上都市であるティネウェア。
毎年夏になると、結構な頻度で都市下の水面が泥水のように濁るという現象が起きるらしい。
水が濁るだけなら、まだ都市の外観を損ねるだけで済むのだが、事態はそう簡単ではない。
しばらくすると水面に魚や水棲の魔物の死骸が浮かび上がるそうだ。
さらにはその死骸から発生した臭気などで体調を損う者や病に罹ったりする者が増加してしまうようだ。
これに対して、フィアンソロフィー側はその濁った原因らしき粒子を魔法で焼き払うなどして対応している。
しかし、その対応策はその場凌ぎに過ぎず、翌年にはまた同様の被害に見舞われてしまうそうだ。
根絶したはずなのに、毎年のごとく発生する現象。
あまりの様相に、悪魔の仕業だとか呪いだとか思われているらしい。
ソフィアやアマンダでさえもそう思っているほどだ。
アマンダの説明をまとめると、俺はその事態の厄介さに気付いてしまった。
それは"魔の血潮"なんかではない。
呪いだとかそんなファンタジーな代物ではなく、地球でも起こっていることだ。
しかし現代地球でも、これといった完全な解決策が確立されていない問題であった。
前世の英才教育の一環とやらで、その分野に取り組まされたこともある。
ありがたいことに、一応絶対とはいえないものの、いくつかの手段は把握している。
たが知っているが故に、俺は事態の深刻さを認識してしまった。
俺はまだ子供。
いくら声高に主張しようとも、おそらく聞いてはくれるものの、内容は耳の中を通り過ぎていくだけだろう。
根拠もない机上の空論だろう、と。
子供であることがもどかしい。
事態は早急に対処しなければならないというのに。
ティネウェアに到着すると、ちょうど魔法による駆除が行われている真っ最中であった。
問題である赤褐色の水面に対して、火のような魔法を浴びせている。
魔法を浴びせた直後は確かに比較的綺麗な水面へと戻っていた。
だが、それは抜本的な解決にはならない。
俺は魔法による対応を馬車の中から見ることしかできなかった。
「ようこそいらっしゃいました。ただ今当主様は先客の応対中ですので、先にお部屋の方でお待ちになっていただけますでしょうか?」
屋敷に到着すると、執事らしき人が見えてそう告げてきた。
名前は……ビスマークだったか?
上唇全体を覆う豊かなシルバーアッシュな髭を持ち、老獪という印象を受ける。
見た目だけでいえば、どこぞの近代ヨーロッパの帝国首相みたいだ。
「誰がいらっしゃってるの?」
「コーラップ様でこざいます。」
ビスマークの回答に表情を曇らせるソフィア。
周りにいる使用人達も心なしか表情が曇る。
どうやら面倒臭い御仁なのかもしれない。
「……はあ、一応挨拶しに行くわね……ヴィーちゃんは先にお部屋に向かってて。」
「お嬢様、くれぐれも感情を顔に出さぬよう気を付けていただきたく…」
「大丈夫よ、多分……」
陰鬱そうなままこの場を去るソフィア。
置いていかれるのは悲しいが、俺は素直にソフィアの指示に従う。
面倒臭いことに巻き込まれたくないという気持ちもあるが、それだけではない。
何故なら、俺と同じで会ったことのないはずのリーラの表情も優れなかったからだ。
これはゲーム的に何かあるということだ。
早く部屋へ移動して聞き出さなくては……
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