第17話 不可解な襲撃
相対する数はおよそ30人弱。
囲まれはしないものの、前方に展開され、行く手を完全に遮られた。
薄汚れた布切れのようなものを被っていて、一見すると盗賊のように見えなくもない。
だが、俺は違和感を拭うことができないでいた。
第一に盗賊が現れるという立地と条件に適していないのだ。
ここは領境の川を越えて間もない場所で、平地の草原が広がっている。
当然草原ということもあり、視界は開けている。
また交通量も昼時であるために、何度も人とすれ違っており、少なくはなかった。
元来、盗賊などの荒くれ者は襲撃対象以外の第三者の視線を気にするものだ。
現代日本でも強盗や通り魔は、精神的疾患等がない限りは夜間での犯罪率が高い。
心のどこかでやましいことをしていると自覚しているが故の行動になる。
だが、今回の襲撃犯はそんなセオリーに反している。
こんな明らかに人目がありそうなところで犯行に及ぶはずがないのだ。
他にも不審な点はある。
盗賊のように見える割に所々装備品に統一感があるのだ。
これはあくまでもイメージになるが、盗賊は略奪品で武装するものだ。
物に対する執着が少なく、より新しい物が手に入れば、古い物を捨て去る傾向にあると考えている。
よほどの業物でない限りは、物持ちがいいという印象はない。
また、この世界の武器は基本的に規格の統一がなされていないと考えている。
中世と同等の文化レベルということは、マニファクチュアという概念は普及されていない。
ということは、同一時期に同じ鍛冶師が作った者ではない限り、差異が生じてしまう。
そうであるはずであろうに、装備が似たり寄ったりしているのだ。
剣や弓など武器の系統の違いこそあれど、同系統の武器はほとんど同じような代物にしか見えない。
「げへへ、貴族様に会えるたあラッキーだったな。」
思考の海から抜け出したあたりで、先頭にいた体格のいい男が話しかけてきた。
他の者達よりも上等な装備であるが、薄汚れている。
やはり見た目だけで判断すれば、盗賊以外の何者でもない。
だが、どうしてもしっくりとこない。
背中の一本の線が入っているかのように、立ち姿が綺麗だ。
転生前に見たが、剣道とか武道の修練を積んでいた者のそれに類似している気がする。
元々いい所出で落ちぶれていったタイプか?
「何のようだ!これなるはピアッシモン侯爵家と知っての狼藉か?」
フェルナンが皆の代表として応対する。
正直ここまで来て、貴族だぞこんなことしていいのか、と聞く意味はあるのだろうか?
「へー、それは運のいいことで。今日は実りが良さそうだな、げへへへ。」
「なっ!そのようなこと許されるとでも思うのか!」
「別に許しを乞う必要なんてねーよ。ああ、いや言い間違えたな。あんた達が許しを乞うんだな、命ばかりは助けてくれと。金目の物とその馬車に乗っているであろう別嬪さん置いてくなら、許してやるよ。」
「……ほう、それは遺言ということで良いか?もう後には退けんぞ?」
「誰が逃げっかよ?おい、お前らやっちまうぞ!」
抜刀するや否やフェルナンに斬りかかるリーダーらしき者。
リーダー以外の荒くれ者も馬車を守る護衛達と剣戟を繰り広げ始めた。
場は完全に戦闘フェイズへと移行した。
こちら側で戦力としてカウントできるのは、元々ピアッシモン侯爵領から護衛してきた者が8人、フェルナン率いるフィアンソロフィー公爵領に入ってからの騎士が10人。
6人いる使用人達の中に戦える者がいれば話は変わるが、合わせて18人。
一方の荒くれ者の集団側は、目視できているだけでも30人超と確実に頭数に限っては、こちら側を凌駕している。
控えや別動隊がいれば、さらにその差は開く。
護衛達の、フォレストウルフと戦っていた様子を見た限りでは、護衛達の練度は中々のものであった。
フェルナン達だって、公爵の側近なのだ、弱いはずがない。
だが、戦いは拮抗している状況が続いている。
この乱戦の中で最も武勇を誇っているのは、間違いなくフェルナンだ。
常に襲撃犯のリーダーを含めた複数を相手取りながらも、危なげない戦いを繰り広げている。
他の護衛達も1人で戦おうとせず、常に仲間の動向を視界の中で捉えている。
しかし、何故状況が好転しないかとなると、相手方に理由があった。
こちら側より段階は落ちるものの、総じて相手の練度も高いのだ。
武器の扱いが洗練されているように見える。
また、味方が窮地に陥ることがないように、相互でフォローするなど連携も取れている。
盗賊じゃなくて軍人かと見間違えそうになるくらいだ。
まあそれでも、まだこちらの方が若干ではあるが優勢か。
しかし、早く片が着くに越したことはない。
何か転機が訪れてくれるといいのだが…
戦闘が続く中、また新たに馬が駆けてくる音が聞こえた。
馬車の後ろ手の方、つまり背後から何者かが迫ってきたのだ。
新手だとまずいということで、窓越しに後ろを確認する。
窓越しとはいえ完全に顔を見せると狙われる可能性があるので、片目だけ出す。
すると、どうだろうか。
確かに新手らしき集団が後ろから来ていた。
フェルナン達護衛も気付いたようだが、対応に回りきれないようだ。
このまま襲われるかと思ったが、馬上から声が飛んできた。
「我らはピアッシモン侯爵家に仕える騎士なり。その馬車、我が主人の奥方様を乗せた馬車とお見受けする。我らも助力申し上げよう。」
ピアッシモン侯爵領の騎士?
言われてみれば、確かに侯爵家の家紋が刻まれた装備をしている。
その数およそ、20人弱程度。
だが、俺は不可解な点に気付いてしまった。
何故このような場所に現れたのか、ということだ。
魔法関連の書物を書庫で探していた時に、偶然見た本で得た知識だ。
基本的に貴族仕えの騎士は、その主人の領内のみで活動する。
領外で活動する時は、主人の命令があった時か戦争などで動員がかけられた時しかない。
今はフィアンソロフィー公爵領だ。
ピアッシモン侯爵領の騎士が活動するエリア外なのだ。
例外措置だと考慮しても、やはり不自然だ。
レオンハルトの指示に従って馳せ参じたとしても、道理が通っていない。
そもそも心配であったのなら、最初から騎士を護衛つければ良かったのだ。
なのに、今更のこのこ現れる意味が分からない。
あと、フェルナンを見つけた時に表情を曇らせ、バツが悪そうな顔をしたように見えた。
一瞬のことだったのでただの見間違えだったかもしれないが、少し気になった。
その後は人数差の逆転もあり、荒くれ者は瞬く間に無力化されていった。
しかし、これで話は解決とはいかず、さらに混迷を極めることになった。
「こやつらは、我らのピアッシモン侯爵領で出没し討伐対象となっていた盗賊団だ。故にこやつらの罪を処断する権利を持つ。どうか、引き渡しを求む。」
明らかに無茶な要求だ。
ここはフィアンソロフィー公爵領。
言ってみれば、手柄を横取りする明らかな権利侵害である。
身勝手極まりない話に、当然フェルナン達は納得できない。
「それはならん。ここは公爵領だ、その者らはこちらで裁くのが道理だ。」
「しかし、貴公らは奥方様の護送中だろう。その職務を全うする必要がある。ここからこの者らを輸送する人員を割けるようには思えませんし、奥方様の防犯上容認致しかねますな。」
「ぐっ、それはそうだが…」
言ってることは尤もらしいところがタチが悪い。
優先順位で言えば、確かに俺達の護衛が1番だ。
「その点我らは、盗賊の捕縛を正式にレオンハルト様より指示を頂いております。こちらがその指令書でございます。」
何やら書かれているらしい紙をフェルナンに渡している。
おそらく聞こえてきた指令書なのだろう。
そして、それが本物であることを認めたのか、フェルナンの表情が渋くなった。
結局、フェルナン側が折れることになった。
時間をかけ過ぎると、今日の宿泊地に辿り着かない恐れがあったからだ。
一応後日正式な盗賊引き渡しの取引を行い、またレオンハルトが詫び状を送ることになった。
勝手に決めていいのかと思ったが、片方は公爵家の重臣、もう一方は既にそう伝えていいという旨を聞いていたというのが理由だ。
後者は実に用意がいいように感じた。
それ以降の動向は、残念ながら俺は知ることはできなかった。
目の前で盗賊との戦闘という血生臭い状況を見た俺をリラックスさせたかったのだろう。
ソフィアに抱きしめられ、その効果に抗えず、いつの間にか眠りに落ちてしまった。
そして、目が覚めるとその日泊まる街に辿り着いていた。
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