第15話 初めての外出
明日は別作品の更新をしたいので、お休みです。
「じゃあ、お願いしますね。」
「「「はっ!」」」
俺は今日初めて屋敷の外にできることになった。
以前みたいに庭に出るのではなく、完全に敷地外にだ。
残念ながら自分の足ではなく、馬車に乗ってではあるが、それは些事なこと。
お出かけの目的は、俺の3歳の誕生日をソフィアの生家であるフィアンソロフィー公爵領で祝うため。
正確には、ソフィアのことで分かり合えたアラフィフ、現公爵のギデオンからそういった提案があったからだ。
まさかの初外出は遠出である。
幸いにも、我がピアッシモン侯爵領とフィアンソロフイー公爵領は隣り合う領地である。
出発前に地図で見せてもらったが、それぞれの領地の中心であり家がある領都の間は、およそ150kmほど離れている。
東海道線で表すと、東京駅〜静岡にある富士駅間の距離だ。
一般的な観点から言うと、非常に近い距離にある。
しかし、この世界の複数人での移動手段と言えば、専ら馬車になる。
スピードで言うと、時速10kmにも満たない代物だ。
単純計算だと日中ひたすら走れば2日で着くが、途中の行程を加味すると3日かかってしまう。
俺がもしノーマルな幼児であった場合、確実に途中で面倒なことになってしまう。
3日間馬車の中とか耐えられないぞ。
そこらへん、大人側は把握しているのだろうか?
とにもかくにも、馬車は走り出した。
今回のメンバーは、俺とソフィアと使用人達。
レオンハルトは当初同伴する予定ではあったが、急遽予定が入ったらしく、断念することになった。
うん、イリジナとコーネリアの圧力だろう。
馬車は2台。
1台目の方が豪華な装飾が施されたもので、俺とソフィア。
そして、アマンダと何故か使用人枠で同伴しているその娘リーラが乗っている。
子供が2人いれば、息苦しい道中の気も晴れるだろうということだろうか?
2台目は、それに劣るものの十分小綺麗な馬車で、女性の使用人達が乗っている。
2台目は言ってみればスペアで、もし1台目に不調をきたした場合に乗り換えられるようにということらしい。
ちなみにだが、使用人達は皆ソフィアが嫁いで来た時に同伴してきた者やソフィア側フィアンソロフィー家が雇った者だけで構成されている。
貴族のドロドロが垣間見える。
その2台を、フィアンソロフィー家から派遣されてきた私軍出身の者達が護衛している形だ。
最初話を聞いた時は、てっきりするフルプレートアーマーの部隊が来るのかと思っていたが、蓋を開けたら急所だけしっかりと装備した軽装備であった。
その理由をソフィアママに聞いてみたところ、道中遭遇する危険を退けるため、ということを子供向けに話してくれた。
道中、遭遇する恐れがある危険は2つある。
1つが盗賊などの荒くれ者による襲撃。
領都周辺は監視の目が行き届いているため比較的安全であるが、領地境、森林地帯や山地などでは人目が少ないため、盗賊などの輩が湧きやすいらしい。
また、その集団は人数が多ければ多いほど、集団の長と全体の戦闘力が高くなるという傾向がある。
弱い頭に集うなんてことはしないだろうからな。
もう一方は、言わずと知れた魔物である。
先の荒くれ者同様に人気の少ない場所で遭遇しやすい。
だが、盗賊などは人目を気にして暗所を好むのに対して、魔物は平地の草原などでも平気で襲撃してくる。
救いとして、魔物の分布は基本的に変わりにくいという点がある。
荒くれ者共はある日当然住みつくのに対して、魔物は生まれた当初のテリトリー内で生活することがポピュラーらしい。
そのため、道中現れる魔物の予想はついており、その対策も立てやすいんだとか。
個人的には盗賊はともかく魔物は一度でいいからその雰囲気を味わってみたいという欲もある。
まあ、何事も起こらないことがベストなんだが。
ゴロゴロゴロゴロ。
腹の底に馬車の走る音が響く。
座っていると、石とかで馬車がかち上げられ、尻が痛いという話を聞いたことがあった。
実際リーラは先ほどから顔を顰めることが何度かあるので、事実なのだろう。
だが俺はそれを体験することは叶わなかった。
なぜなら、ソフィアの膝の上に座らせられ、後ろからギュッとホールドされているからだ。
むしろ女性特有の柔らかさというものが伝わってきて、尻の代わりに頬が赤くなってしまう。
とんだなんちゃってチャイルドシートだ。
「ヴィーちゃんは騒がなくて本当にいい子ね。」
それはそうだろう、完全にロックされているのだから。
心の中でソフィアに言い返しつつ、俺は馬車の外の景色を見る。
ピアッシモンの領都からは既に離れ、ちょっとした森の中へと侵入していた。
森と言いつつも道は整備され、先ほどから商人らしき馬車と何度かすれ違っているので人通り自体は少なくはない。
領都の街中を走っていた時に判明したのだが、やはりソフィアは中々優れた人物らしい。
魔法の実力とその容姿が相まって、民衆の中でも人気度がとても高いようだ。
まるで場所の中にスピーカーがあるのではないかと、錯覚するほどの歓声に包まれた。
当のソフィアは若干恥ずかしがりながらも、悪い気はしていないようであった。
俺をその歓声を聞いて、ソフィアを凄いと褒めたのもあるかもしれないが。
森の中に入って少し進んだ頃に馬車の外が騒がしくなった。
慌ただしく動く足音と、護衛同士の言葉の掛け合いが聞こえてくる。
「ママ、どうしたの?」
「どうやら魔物さんがやってきたみたいね。うーん……この感じだとフォレストウルフかしら?ママがいるから大丈夫よー。」
見事なフラグ回収を決めた。
魔物に出会いたいと思ったけど、こんなに早く遭遇するとは思わなかった。
一抹の不安を覚えるも、ソフィアの様子を見るとどこか安心してしまう。
そんなやり取りをしていると、馬車が止まった。
おそらく魔物を迎撃するのだろう。
扉が開いて、護衛のリーダーを務める騎士が顔を出す。
「失礼、前方より魔物が来襲してきたため、この場で迎撃させていただきます。」
「ええ、構わないわ。相手はフォレストウルフでしょう?」
「い、いえ、魔物の特定までは未だ叶わず。その仰り方だと、魔物はフォレストウルフなのでしょうか?」
「そうよ。まあフォレストウルフなら貴方方で大丈夫でしょう?」
「はっ、この身命に代えても!」
「そう、じゃあお願いするわね。」
「……流石ソフィア様だ、まさかこの距離で特定してしまうとは…」
独言た後に礼をして、扉を閉めた騎士。
いや、彼の驚きも分かるよ。
目視もせずに現場の人間よりも早く特定したのだもの、ソフィアやっぱり凄いわ!
おそらく戦闘なら彼らで十分なのだろう。
フォレストウルフは、書庫にあった魔法関連の書物に例の仮想的として出てきていたので認知はしている。
見た目というかほとんど地球にいたオオカミと変わらない。
若干魔力を用いて身体能力を上昇させたりするぐらいで、討伐難易度は低いと考えている。
愛娘の護衛をギデオンから任された彼らが弱いはずもない。
となると、ほぼ安全は確保されているのか。
ここは俺の欲を満たすことにさせてもらおう。
「ねえ、ママ。魔物倒すところ見てみたい!」
「ええ!うーん、あー、うん、そうねー…」
これは流石におねだり失敗か?
もうすぐ3歳児が頼む話ではなかったか。
だが、魔物討伐という教養を深めるにはいい機会なのだ。
ここを逃す手はない。
「ねえ、ママ、いいでしょう?」
「うーん、そうねー…」
「ママがいるなら安全でしょ?」
リーラから突き刺さる視線に耐え続け、精神年齢ほぼ同い年の女性に甘える俺。
色々と犠牲にしながらも最終的に譲歩させることに成功した。
「じゃあ、窓から見るだけね。お外には出ちゃダメよ?」
「うん、分かった!」
これ以上ごねたら、時間が長引きすぎて、全く見れないなんてこともあり得る。
この提案で妥協しておくのが吉だ。
俺は窓から顔を覗かせ、馬車の前方を見やる。
そこには、書物で見た通りのフォレストウルフと戦う護衛の姿があった。
ソフィアとの交渉に時間をかけすぎたのか、戦いは終盤へと移行していた。
辺りに散らかるフォレストウルフの死骸。
仲間の死に奮起しつつこちらに襲い掛かる存命のフォレストウルフ。
そのスピードは地球で見たオオカミとは違い、頑張って視認できる程度だ。
しかし、護衛はそんなスピードに翻弄されることもなく、確実にフォレストウルフの数を減らしていく。
剣で胴体を切り裂く者、矢で頭部を射抜く者、そして色鮮やかな魔法で翻弄する者。
目に見えて、フォレストウルフを圧倒していた。
ここで生き物の命を取ることに対することの忌避感を覚えるというのが、異世界モノによく出てくる流れだ。
しかし、俺はそんなことはない。
統世家の英才教育の一環で、狩猟を既に経験している。
その関門は既に通り抜けているのだ。
気づくと、フォレストウルフは全滅もしくは退散したのか、残るは死骸だけとなった。
こちら側の護衛は命を落とすことは勿論、誰一人大きな傷を負うことはなかった。
俺はそれを見届け、馬車の中に頭を引っ込めた。
するとどうだろうか、俺の身体は震えていた。
やはり心のどこかで恐怖を覚えていたのだろうか?
否、それは違う――
俺はただ魔法を使う、その様子に魅了されていた。
次回更新日は明後日です。お見逃しなく…
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