おっぱい揉まなきゃ死ぬ病!前編
・ことの始まりは、いつもと同じ朝のことだった。
私の名前は早坂美琴。私立双頭鷹高等学校第67代生徒会長。
開口史上最大の賞状授与数を記録し同時に最も多く問題を起こして校長室に呼ばれた生徒でもある。
趣味は手芸(たった20分で針に糸通せるのよすごいでしょ)料理(冷凍パスタ作れるようになったわすごいでしょ)と、家庭的なお姉さんタイプ。
そして私の武器兼コンプレックスといえば……そう、胸と身長。
幼少期よりよく食べ、よく眠り、よく動き、現在部活動は未所属ながらあらゆる運動部から助っ人として呼ばれる。
そんな私のスリーサイズは上から87・65・78。
いわゆるなろう作家とかが大好きな異世界転生ヒロインの風貌だとよく言われるけれど、私には何のことだかよく分からない。
「おっはよー美琴〜!今日もいいおっぱいしてn」
ガゴン!と鈍い音を立てて私の右アッパーに吹き飛ばされたのは近所に住んでいるいとこの紳助。
今日もいいおっぱいしてんな〜結婚しよ〜ぜ〜までを言わせるほど昨今の私は甘くない。
「お早う諸君!お早う宮崎!やぁお早う!」
2丁目のコンビニを曲ったあたりから、野太い中年男性の声が聞こえてくる。体育主任の金原先生だ。
双頭鷹の教師は基本嫌いだが、校長先生と金原先生は別だ。
今私がギリギリのところできちんと学校に行って、生徒会の仕事を全うできているのも二人のおかげが大きい。
ただまあ今回はそういう話じゃないらしいので、私と二人の先生に関わる話はまたいつか。
本題である。
まもなく、私を珍事件が襲うのだが……。
「お早う!!て!早坂貴様なんだそのはだけた制服は!何度も言ってるように、きちんとネクタイを締めなさい。違反切符を切るぞ。」
「切るんだったらその鼻血拭いてからにしてくださいね。」
「なぁにぃ!?……やっちまったなぁ!!」
などと脈絡のないボケをかましたところで、私が教育委員会に連絡をしますと嘘ツッコミを入れるところまでがセオリー……だったのだが。この日はそうもいかなかった。
「ややっ!なんだあれは」
金原先生が遠くを見て何やら怪訝な顔をしている。
みれば、校舎へ続くグラウンドのど真ん中で何やら生徒たちが固まって騒いでいる。
「宇宙人の儀式ですかね」
「なわけあるか!お前この前よくもひっかけやがったな!二度と同じ手は食わんぞ!」
「ちなみに幼稚園児に同じことやったら引っかかりませんでしたよ先生」
「なんだお前何が言いたいんだ」
「いいえ別に、喧嘩だとまずいから止めてきますね」
「無理はするなよ。やばかったら先生呼べ」
こういう時は変な意味で信用されている。腕っ節とたらしこみスキルにおいては町内1と自負しているのもまた事実だが。
「おいてめーら、何してんだ〜?」
校庭のど真ん中で何屋らシコシコやっていた連中が振り返った。
私と目が合った瞬間顔が青くなったのはいただけないが、ネクタイが青色ということは1年生だろう。(ちなみに現在は私たち3年生が緑、2年生が赤である)
この前まで中坊だった連中には、初対面の私の威嚇は刺激が強かったらしい。
「何してんだって聞いてんだけど」
なるべく怒ってるっぽく聞こえないように、よく通る声で尋ねたのだが坊主頭の一年坊主どもは固まっている。
髪型からして野球部だろうか。いやしかし、坊主頭だからといって野球部というのは若干早計な気もする。
「あの……すいません、ちょっと話を」
「じゃあさっさと教室入んな。クーラー効いてるし、この時期にこんなとこでだべってたら熱中症になるよ。」
「はい、すいません」
ビビらせてしまったらしい。ちょっと失敗だろうか。
ところが3人の中で一段とビクついている奴がいる。
他の二人に比べて随分小柄で、私の影にすっぽり収まりきっている。
「おい」
「すいません」
なるほど予想通りかなりビビっているらしい。ヤクザものだった祖父の悪影響で挨拶をおいから入ってしまう癖がある。
父にだいぶ直されたのだがそれでもたまに出てきてしまう。
「謝んなくていいけど、朝の挨拶は何て言うの?」
あんた達2人もだよという意味を込めて3人のかごを見回すと、1年生3人はバラバラにおはようございますと返した。
「はいおはよう!呼び止めてごめんね、体壊さないように。」
3人は元気そうに押忍と返すと、そそくさと校舎の方へ走っていた。
小柄な1人が何やらモジモジと立ち止まってこちらを見ている。
まだ何か、言いそびれたことがあるのだろうか?ゆっくりと彼に近寄り、話しかけようとした時。
どさっと彼は横に倒れてしまった。
「え嘘ちょっと待って大丈夫!!?」
「勘太郎ーー!!」
さっきの坊主頭二人が何やら焦って戻ってきた。
「なんてこった。まさか今発作がでちまうなんて……!」
「は!?発作!!」
過呼吸とかだろうか。下手すりゃ心臓病とか?どっちにしても常備薬をどこかに入れてるはずだ。
「勘太郎のやつ、常備薬のダイジェスティブビスケットを置いてきちまったんだ!!」
「ダイジェスティブビスケットが常備薬の病気って聞いたことないんだけど!?」
思わず突っ込み風の何かを入れるが、彼は結構ガチ目に苦しそうである。
「あの先輩……!」
「すぐに救急車を……後先生呼んで!」
我ながらナイス時間との勝負と思いきや、坊主頭が私の手を急いで止めた。
「何すんの!こいつこのままだと死んじゃうよ!」
「こいつの病気はビタミン剤とかそういうのじゃないんです」
「どういう意味」
「こいつは……『おっぱい揉まないと死ぬ病』ですから」
苛立ちはマックスに行きそうなところをギリギリ我慢した。
この非常事態に、どういうつもりで私をからかっているのだろうか。
「あんた何言ってんの!いいから早く救急車を」
「本当なんです!!大学でもまだ研究中の病気で……」
それ以上叱りつける気になれなかったのは、その場に流れるあまりに神妙な空気のせいだった。
この子達が私に今嘘ついてるとは思えない。それにしたって、おっぱい揉まなきゃ死ぬ病なんてのが、実在するとは思えない。
どうするか迷っていた私は、とりあえず坊主頭に質問を返した。
「仮にそれが本当だとして、どうすればこの子治るわけ?」
「先輩のおっぱいを揉ませていただけませんでしょうか?」
こんな時になんだが、よくこんなしょうもないセリフを笑いもせずに言えたものだ。
しかしそれが、この状況がおふざけでないことの裏付けにもなった。
「いや……いいけどさ。なんで私なわけ?」
いいけどさの時点で坊主頭は一瞬目を丸くしたが、一息着くようにして説明した。
「やつは発作が起こる時、Dカップ以上の乳房の形をした何かを揉まないとショック死してしまうんです。先輩は見たところ、D以上。今この場で奴を救えるのは先輩だけなんです。」
土下座までされ、おふざけで片付けるには私の良心が咎めた。
私にとってこの両胸はコンプレックスの塊でしかない。
重苦しいし、風呂ときは痛いし、中学の頃からずっと航海士航海士と呼ばれて過ごしてきた。
外せるものなら外してしまいたいのだが、見たところ今の状況においてこの両乳が必要不可欠らしい。
「場所だけ換えさせて」
8時を過ぎるとどんどん人が多くなってくる。
速やかに彼の肩を担いで私は校舎の中に入った。
あまり知られていないが、保健室のスペアキーを私は常備している。授業をサボりたくなった時に立てこもるだめだ。
出張中♡の看板が下がっているということは保険のミナト先生はおそらく校内にいない。少なくとも今日1日は。
これ幸いと彼をベッドに座らせると、カーテンを閉めてから私は気をつけの姿勢で前に立った。
「ほら、揉みなよ」
「え!?でも……」
「いいから早くしなって!ここで死なれたら私も困るの!」
彼は耳まで真っ赤になっている。申し訳なさそうな表情で、何故かこっちまで恥ずかしくなってくる。
ブラウスの上から私の胸にゆっくりと彼の手のひらが当たる。
「ん……!!」
私に気を使ってるのか、それとも力が入らないのか、ずいぶん優しいタッチだ。
もみもみと効果音がつきそうなぐらいじっくり揉まれると、こちらも何か変な気分になって息が荒くなるが、彼に気づかれないように必死だ。
「あ……あの……終わりました。」
「そっか……良かった……」
恋愛的なドキドキとも性的興奮とも違う変な汗が出た。
この部屋はクーラーがついていないのだ。ミナトさんもだいぶ文句を言っていた。
もっとも、この汗は単純な暑さとは異なるように感じるが。
「気分は?」
冷蔵庫からポカリスエットを一本拝借し、彼に投げ渡す。
「だいぶ良くなりまし……た。死ぬかと思った」
「だろうね、顔色いいもん。」
お互いにペットボトルを開けて、ゴクゴクと飲み干した。彼の方が少し遅れて飲み終わった瞬間、立ち上がって頭を下げた。
「初対面の先輩にこんなことをお願いして、本当にすいませんでした!」
「やめて、変な意味じゃないんだから、謝る必要なんてない。」
なるべく怒っていると捉えないように返すが、少し彼はしょげている。
「今朝慌てて学校に来たのでダイジェスティブビスケットを忘れてしまって……僕の不注意で、先輩に恥ずかしい思いを……」
「ま、恥ずかしくないったら嘘になるけど。減るもんじゃない。君の命は減るかも知れないもんだし」
頭をわしゃわしゃ掻き回すが、やはりまだどこかビクついている。
「君は本当に苦しそうだったし、ごめんなさいもありがとうも、おはようもちゃんと言えるしね。」
「いや、でも、その……」
「それに多分初対面じゃないよ。君、朝会はちゃんと出るタイプでしょ?」
「え?あ、はい……」
「じゃあ私毎回朝礼台に立ってるから。ね?初めましてじゃないでしょ?」
「はぁ……まぁ」
「ほら、しゃきっとする!」
「すいません!会長!」
「早坂さんでいいよ。もう友達だからね。」
私が握手を求めるとそれに彼は快く答えてくれた。
そこそこロマンチックなシーンだと思ったのだが、そこに金原先生が割り込んできやがった時はしまったと思った。
「何をしている貴様ら!もうすぐホームルーム……ぅお早坂!?それに貴様は1年生の蓮乗寺勘太郎……そうだ早坂、貴様の目の前で一年生がぶっ倒れたと聞いたぞ!貴様の覇気じゃないだろうな?」
「コラその辺にしとけよ脳筋!!運営にチクられたら一発アウトだぞオラァ!!」
「それはそうと、貴様たちこの時間にこんなところで何をしていた!まさか不純異性交遊じゃあるまいな?」
「あの……それは僕が!!」
私をかばって全部ゲロしようとしたらしい蓮乗寺くん。
ここで脳筋原先生にあらぬことをふっかけられても困るので、かばい立てする事にした。
「ま、交遊については潔白ですけど」
颯爽と保健室を出る私にゆっくりついてくる蓮乗寺くん。
「じゃあ貴様交遊以外はどうなんだ!あとお前脳筋原先生はあんまりじゃね!?おい早坂!おーーい!」
腐れ脳筋を何とか撒き、発作でどうにもならなくなった時に備えて蓮乗寺君に私のメアドを渡す。
その日の授業はまるで身に入らなかった。
ドキドキしているのとも違うが、四六時中果たして蓮乗寺くんは大丈夫なのだろうか、どこかでまた苦しんではいないだろうかとそればかりが脳裏をよぎる。
「蓮乗寺勘太郎なら名前は知ってるけど?」
昼休みに紳助を呼び出した私は同学年の蓮乗寺君について聞き出すことにした。
「あんたさ、彼のことなんか知らないの?」
「別に学年でもそんな顔広くないしなぁ……名前知ってるだけで喋ったことないし……で?好きなの?俺を差し置いて?」
「ぶっ殺すわよスケベ小僧。病気持ってるとか……なんか聞いたことないわけ?」
「さぁ?でもそういうのは新聞部やってたら友達じゃなくても入ってくるはずなんだけど……」
私が期待したのはそれだった。うちの家系最大の特徴はコミュ力のお化けだが、こいつの交友関係といってもたかが知れている。
ところが我が校の新聞部は、プロの新聞記者もびっくりの行動力と規模を誇っている。
教職員間でトップシークレットとして扱われるような情報も、まれに獲得できる。
部員であり、なおかつ接触しやす紳助ならあるいは、と思ったのだが、残念ながら彼個人の収穫は0だった。
「まぁ一応部長とかにも声かけてみるわ」
「宜しく」
「でもなー……こっちもディープな仕事だから、誰だってわけにはいかない。」
「揉むなら一回10万だけど?」
威圧を込めて胸を張るが、紳助はチッチッチと指を鳴らした。
「俺がそんな古典的な要求をすると思うか?」
「じゃあ何よ」
「今年のトレンド水着の生写真1枚で手を打t」
ベランダの庭にいとこの首から下を埋めてその日は帰宅した。
携帯電話を確認すると今日はありがとうございましたと蓮乗寺君からメッセージが入っていた。
ニコちゃんマークのスタンプを返すと、そのままルンルン気分で家に帰った。奇妙な状況ではあったが人に感謝されるというのは悪い気分ではない。
「お帰りミコたんっっ!!」
帰宅した私を玄関からドスの効いた声で出迎えた父。
早坂謙介46歳。
ヤクザの親玉の跡取り娘だった母と結婚するまでは堅実な公務員だったのだが、どこの電柱に頭ぶつけたかプロレスラーへ転向。
今度は世の中が間違っていたらしく、父はそのままレスラーとして出世し、ファイトマネーで家計を支えている。
ハグの構えで飛びかかってくる父を躱すと、鞄を持ったままジャンプからの空中回転。父の頭が真下に来たところでかかと落としを炸裂させ、父の頭は地面にめり込んだ。
「ただいまパパ。晩ご飯何?」
「お母さん……が……肉じゃが……作ってる……よ」
「りょーかい」
玄関に突っ伏した父の頭上には星が回っているが、私はそれを放置してリビングに向かった。
「ママ、ただいま。」
「あ、おかえり美琴。ご飯できてるからお座りなさい」
早坂ゆかり年齢不詳。実例をばらしたら組長の渡世の子に消されるらしい。
栗色のロングヘアが似合う色白の専業主婦で。父と結婚するまでは女社長だった。パパと結婚した同期は口ひげ。ある人が陰○と聞かされたらしいがどっちにしたってろくなもんじゃない。
「それじゃみんなで一緒に!」
「いただきます」
その日も騒がしい食卓だった。
どこからか私と蓮乗寺君の話が漏れており、どこのく○ったれの仕業かと思えば当たり前のように上がりこんでで肉じゃがを摘んでいる紳助のせいと発覚。
父は発狂、母はニヤニヤ笑いながら質問攻めのカオス。
あのバカ次やったら本当に容赦しないと決めた。
家にいる時間は割と長かったのに、クタクタの状態でベッドにダイブした。
蓮乗寺君からはメールで、お礼をしたいので土曜日は空いてるかと聞かれていた。
おけまる水産と返信し、当日は学校の門の前に集合となった。
疲れ切ったのでそのまま電気を消し、タオルケットをかぶる。
暗くなった時にあったかいような、熱いような、柔らかいようなおいしいような感触になった。
いい匂いがする枕に鼻を押し付け、胸の方まで下ろしてから、目を瞑ったまま呟いた。
「おやすみ。蓮乗寺くん。」
なぜ蓮乗寺の名前を呼んだのか、未来の彼女にもきっとわからないことだろう。
けれど、この夜。妙に身体が軽かったことだけは確かだという。