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もしそうだと考えているとしたら、正直ばかばかしいとしか言えない。
確かに重い心の枷にはなるかも知れない。だが、そのためだけに自分の全てを賭ける価値がある行為かと問われれば、私は声を大にして否と言える。
というか、それならまだ自分がいじめられている瞬間の映像を残していたという話の方が理解できる。それなら、少なくとも道連れにはできるのだから。
まぁ、物理的と社会的な違いはあれど、だ。
「もし、心当たりのある生徒がいたら、名乗り出てほしい。そう切に願います」
結局、その校長先生の言葉を最後に集会は終わり、ぞろぞろと教室へと帰らされる。
教室へと足を進める途中、背後からとんとんと肩を叩かれる。振り向いた先にいたのは、緋華さんだった。
「どうしたの?」
「的場咲さんってね、なかなかの問題児だったらしいわよ」
首を傾げる。何故そんなことを私に言うのだろうか。
私と的場さんは話した事もないというのに。
「問題児って?」
「表向きは大人しくて地味な印象らしかったんだけど、人を観察することが趣味らしくてね。その過程でいろんな人の弱みを握って、いろいろ命令してたんだって」
「それはまた……でも何で私にそんなことを?」
緋華さんはその問いには答えずに、薄く笑みを浮かべて私を追い越してスタスタと歩いていく。
その後ろ姿を見送って、不快感が芽生える。
一体何なのだろう、彼女は。
入学してから約4ヵ月、同じクラスでありながらも一度も口を利いたことがないのに話しかけてきたと思ったら、訳の分からない不気味なことばかり。
1つだけはっきりしていることは、私は彼女と友好を深めようとは絶対に思わないだろう。
的場さんの訃報を聞いた翌日、急遽半日授業となったことに何とも言えない気持ちで教室の扉をくぐると、他のクラスメイトの姿はいつも通りなのに、美沙の姿がない。
珍しいな、いつも私よりも先に来てて、私が教室に入ってくると駆けてよって来るのに。まぁ、そんなこともあるのだろうと、特に気にせず自分の席に座り、ぱらぱらと本を読む。
数分経ちがらりと教室の扉が開いた音がして、そちらに視線を向けた私は思わず息を呑む。
そこにいたのは美沙だった。別にそれは問題ない。
音がした時におそらく彼女だろうと、予測もしていたのだから。
問題は彼女の状態。美沙は頭にぐるぐると包帯を巻いて、表情を歪めている。
それでも私の視線に気づいたからか、歪めていた表情を苦笑いに変えると、こちらに歩いてくる。
「おはよう、奈津美。いや~、遅くなっちゃったね~」
「いや……どうしたのよ、それ。昨日まで何ともなかったじゃない」
「あー、昨日階段から転げ落ちちゃって。頭思い切りぶつけちゃってさー。まぁ、この衝撃でちょっとでもよくなれば、ラッキーなんだけどねー」
美沙が冗談めいてそう答えると、彼女のスマホが音を立てる。
電話とかメールの音じゃない。何かの通知音?
「なんだろ?」と言って、スマホを確認する彼女の手が震えているのを、私は見逃さなかった。必死で平静を取り繕うとしているが、表情もみるみる青ざめていく。
「……なんだったの?」
「え、えっと……アプリの通知だよ。ほら、あるでしょ?ゲームアプリとかでいろいろ教えてくれるやつ。あれだよあれ」
そう答える彼女を無言で見つめる。
確かに、聞こえた通知音は短かったし、そう言った類の物だろう。でも、それなら先程確認した時の様子も、今の慌てようもおかしい。
しばらくの間、無断で見つめる私とわたわたと言葉を続ける美沙の攻防は続いたが、観念したのか俯きながら、ぽつぽつと呟き始める。
「……MOMOチャレンジって知ってる?」
「何それ?」
「都市伝説の1つでさ、あるアプリをインストールすると、MOMOって奴から画像と命令が飛んでくるの」
画像と命令……それって昨日美沙が私に見せてきたアプリのことじゃ……
私の考えを察したのか、美沙は小さく頷いて、スマホの画面を私の目の前に突き出す。
そこに映し出されていたのは、ボサボサの髪に頬まで裂け上がった口、そして眼球がほぼ飛び出しているような女性の画像……そしてその下に書かれていた一文。
『落下チャレンジ、成功。次のチャレンジは3日後に』