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「ねぇねぇ、ちょっと面白いアプリ見つけたんだけどさ」
朝、登校して席に着くと、たたたっと興奮した様子で美沙が駆け寄ってきた。
面白いアプリねぇ、この子のことだからきっと大したものでもないだろう。私も人のことを言えるほどではないと思うけど、美沙は少々幼すぎる。本当に高校生なのかとさえ思ってしまうくらいに。
「ふーん、どんなの?この前の動物の言葉が分かる奴とどっちが面白いの?」
「あー、あれも確かに面白いけど、今回の方が凄いよー。きっと奈津美もハマるって!」
そう言いながら、いそいそとスマホを取り出す美沙に内心で溜め息を吐く。正直興味なんて全くない。相手をしてあげないとしつこく絡まれたり、拗ねたりして面倒だから話に乗っただけ。
あわよくば、これで終わってくれればと思ったけど、どうやら実物を出して話を続けるつもりのようだ。本当に面倒だな……なんで私、この子と仲良くしてたんだっけ。
「これこれ!見て見て!」
ずいっと目の前に突き出された美沙のスマホの画面に写っていたのは、1枚の犬の画像で下に空白があり文字が書かれていた。
えーと、『クレーンゲームでぬいぐるみを取ってください』
何これ?
意味が分からずキョトンとする私に、美沙はどこか得意そうな表情を浮かべて口を開く。
「これね、画像の下に書いてある指示の通りのことすると、賞金が貰えるんだー」
「は?何それ?どういうこと?」
「えっとね、この指示通りのことをやってる動画を撮って、このアプリにその動画をアップすると、地図と番号が送られてきて、その地図の場所に行くとダイアル式の金庫が置いてあるんだー。で、その中にお金が入ってるの」
思わず頭を抱える。この子、いろいろ足りないとは思っていたけど、まさかここまでだなんて……そんなのどう考えてもまともじゃない。普通の人間なら、その時点で怪しいと思ってアプリを削除するだろう。
にもかかわらず、美沙のスマホにはインストールされっぱなしでいるということはそういうことだろう。
「美沙、そのアプリ消しなよ。どう考えてもヤバイじゃん」
「えー!そりゃ私だってちょっとおかしいなぁって思ったりはしたけどさー。でもその金庫、このくらい入ってたんだよ?」
美沙が両手を私の目の前で広げる。このくらいって……まさか10万?
クレーンゲームのぬいぐるみを取るだけで?
どう考えてもまともじゃないじゃない。
「美沙、絶対止めなって。ヤバイ金だって」
「うー……やっぱそうかなぁ。バイトするよりも全然楽だし、奈津美もどうかなって思ったんだけど……」
冗談じゃない。
あんたが1人で馬鹿やってどうにかなるのは知らないけど、私を巻き込まないで。
「ねぇ、ちょっといい?」
ふいに背後からかけられた声に驚いて振り返ると、左目を長い黒髪で隠したクラスメイト……名前は何て言ったっけ?この子と会話するの今日が初めての気がする。
もう半年同じクラスにいたのに名前も覚えていないのは、ばつが悪い。けど、よくよく考えたら、この子が誰かと話してるところ、見たことない気がする。
「ん?なに?どしたの、緋華さん」
美沙が彼女の名前を呼んだことで、私も思い出すことができた。そうだ、緋華さんだ。緋華 不知さん。
珍しい名前なのに、何故忘れていたのだろう?いくら話した事がないとは言え、一度聞いたら忘れそうもない名前なのに。
「いいえ、大した用じゃないのだけど。ちょっと興味深い話をしていたからね」
「興味深いって……美沙が見つけたってアプリのこと?」
「ええ、そう。長峰さん、青木さんも言ってたけど、そのアプリは消した方がいいわよ」
「えー、緋華さんもそう言うの?ってか、緋華さんは関係ないじゃん!」
少しむっとした様子で、美沙は緋華さんにそう返す。
でも、そういう言い方はないわ。いくら親しくないとは言え、クラスメイトが怪しいアプリにハマってたら、心配の1つもするだろう。
折角心配してくれているのだから、と美沙を窘めようとした瞬間、背筋にぞくりとした悪寒が走る。
見ると、緋華さんは笑っていた。口の端を吊り上げて、真紅の瞳を爛々と光らせて。
……真紅?彼女の瞳は黒だ。そう、確かに今見えている彼女の瞳は黒。
じゃあ、さっきのは私の見間違い……?
「そうね、お節介だったわ。私が言わなくても青木さんがついているんだもの。長峰さんは大丈夫ね」
「それじゃ」と言って、自分の席に戻っていく緋華さんを見て、私は首を振る。
そう、見間違いだ。瞳の色が自然に変わるわけがない。
初めて話しかけられたことや、彼女の独特の雰囲気のせいで妙な幻覚を見てしまっただけだ。そうに決まっている。